社畜の異世界再出発

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第18話 やる気全開

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その日も俺は、いつものように朝ごはんを食べ終えると、食器を片づけてテーブルを拭いてから、玄関に向かった。もちろん、できる範囲の家のことはちゃんと手伝ってる。訓練に行くのはそのあとだ。

「母さん、訓練行ってくるね!」

「はーい、気をつけてねー。転がされすぎないように!」

「もうそんなに転がされてないよ!」

――いや、昨日ちょっとだけエマに“ごろーん”ってされたけど。しかも半笑いで「ふふっ、力入れてないよ~?」って言われたけど。あれで力入ってなかったら、全力のときはきっと空を飛ぶ。

靴を履いて外に出ると、すでに広場から元気な声が聞こえてきた。

「せーのっ、いち、にー、いち、にー!」

朝の訓練は、まず体操と足踏みから。俺はいつもの定位置に駆け寄って、列に加わった。

「おはよう!」

「お、ユーリ坊。今日も元気だな!」

号令をかけていたボリスがにこっと笑ってくれる。よし、まずは足踏み。背筋を伸ばして、膝をしっかり上げて――

(……ふふっ、最初はグラグラしてたのに、今じゃ足踏みなら任せとけって感じだ!)

“ちょい本気コース”は、この前クリアした。たとえば「重い棒を持って5歩歩く」とか、「ゆっくりロープを登ってみる」とか、「エマさんの突進を避けろ!」とか、まあ色々あったけど……今ではちょっとした自信がある。

特に最後のやつ、避けきれた時は感動した。避けたあと、なぜかエマが「うふふ……成長したね……」って怖い笑顔になってたけど。

(……あれ、嬉しかったってことでいいんだよね? たぶん。うん……深く考えるのはやめておこう。エマの笑顔、たまにホラー入ってるし)


体操が終わると、俺はロープのところへ移動した。両手でしっかりと掴み、ぐっと体を持ち上げる。前はプルプルして、せいぜい5秒が限界だった。でも今は――

(……よし、いける!)

腕と腹に力を込めて、しっかりとぶら下がる。余計なブレも少ない。下から見ていたボリスが「おっ、安定してきたな」と驚いた顔をしてるのがわかる。

「十秒! まだいけるな!」

(ふふん、見よこれが努力の成果だ! 子どもだからってナメちゃいけない!)

「おいおいユーリ坊、今日のロープすごかったなぁ。俺、本気で感心したぞ」

「ほんと? でもボリスさんにはまだ敵わないよ」

「いやいや、今日の動き見てたらそうも言ってられないって。ぶら下がりながらあんなに安定してるなんて、なかなかできないぞ。体の使い方、ちゃんと身についてきてる証拠だ」

「なによりいいのはな、やってやるぞって気持ちがちゃんと見えるとこ。そういうの、大人になっても忘れちゃいけないやつだぞ」

その言葉を聞いた瞬間、心の奥に、少しだけ冷たい風が吹いた気がした。

(……そういえば、前の人生では……)

“やる気”なんて口にする余裕、いつからなくなってたっけ。朝から終電まで働いて、休みは寝るだけ。やりたいこと? それ、利益になるんですか?――そんな世界だった。

気づいた時には、何をするにも「効率」と「損得」ばっかり考えるようになってて……それを“大人になるってこと”だと思ってた。

(でも今は、なんか、違う)

ちゃんと頑張って、できたら褒めてもらえて、また次もやってみようって思える。小さいけど、ちゃんと“やる気”が息をしてる。

「うん、忘れないよ!」

胸を張ってそう言ったら、ボリスが「よし、頼もしいぞ!」と笑ってくれた。

横で見ていたカイが、そっと手帳に「ユーリくんはやる気+技術=成長著しい」と書き加えていた。見てないふりして、ちゃんと見てるな、あの人。


その日のお昼前――広場の端で休憩していた俺のもとに、ガルドがやってきた。

「よっ、ユーリ坊。調子はどうだ?」

「ガルドさん! うん、今日はロープで十秒ぶら下がったよ!」

「おお、それはすごいな。最初のころは、腕ぷるぷるしてたのにな」

「ふふ、見てた?」

「見てたとも。お前、ほんとに真面目によくやってる。ちょい本気コースも、ちゃんとクリアしたんだろ?」

「うんっ!」

胸を張ったら、ガルドがにかっと笑って、わしゃっと頭をくしゃっと撫でてくれた。

(あー、これこれ。最近けっこう色んな人に撫でられてるから、もう慣れっこなんだけど――)

ガルドの手は大きくて、力加減もちょうどよくて、なんかこう……ちゃんと“認めてもらった”感じがする。ぐっと胸にくるやつだ。

(……うん、やっぱ撫でられるのって、案外悪くないかも)

思わずにやっとなりそうになるのを必死でこらえる。前世じゃ無表情でエナジードリンク飲んでた俺が、今じゃ撫でられてニヤけるとか……落差ひどすぎだろ。

「体が小さいうちは、動かし方を覚えるのが一番大事だからな。しっかり土台作っとけよ。……そういや、魔法にも興味あるんだったな?」

「うん!」

即答。最近は家でも“火よ灯れ!”って言ってる。たまに母さんが“台所魔法”とかふざけて返してくるし、父さんはその横で「お、今日は火属性か」なんて乗っかってくる。

「実はな……昔の知り合いで、魔法が使える上に教え方もうまいやつがいるんだ。あくまで“心当たり”ってだけだけど……運が良けりゃ、お前に魔法の資質があるかどうかも見てくれるかもしれん」

「えっ!? 本当に!?」

(そっか……魔法って、“がんばれば誰でもできる!”ってものじゃないのか)

ずっと「修行すればなんとかなる」みたいなノリで考えてたけど、そうか、才能とか適性とか、そういうのがいるのか。冷静に考えれば、そりゃそうか。空飛んだり火出したり、努力だけでできるなら村中魔法使いだらけになってるわ。

(……よし、とりあえず今後のために“資質”って言葉にビビらないメンタルトレーニングから始めよう)

「うん。ただ、すぐにってわけじゃない。今は連絡もとれてないし、あっちはちょっと気難しい奴でな」

「……気難しい魔法使いって、なんか強そうだね……」

「まあ、あくまで可能性ってだけだ。期待しすぎないで待ってろ」

そう言って、ガルドはぽんっと俺の肩を叩いた。

(気難しい魔法使い……って、いきなり「貴様に魔法を教える価値があるかどうか」って言い出すタイプじゃないよな?)

(で、もし俺に資質があったら――「……ほう、この少年……恐ろしい才能だ」って目を見開いて、急に土下座とか始めたりして)

(いや、さすがにそれは盛りすぎか……でもワンチャン、あるかもしれん……)

1人で想像が暴走してたら、ロイが後ろから「妄想中?」と声をかけてきた。ちょっと恥ずかしい。


午後は、軽い“反応訓練”。ミレイナが投げる小さな木の玉を、タイミングよく避けたり、キャッチしたりする。

「いくよ、ユーリくん。――それっ」

「はっ!」

ぽんっと避けてから、もう一球をぎりぎりでキャッチ! 成功!

「おお、やるじゃない」

油断してたら、三球目が頭にこつんと当たった。くうう、してやられた!

「いい反応だったよ。ちゃんと前見て、全体を読む。そっちのほうが大事」

「うん!」

ミレイナって、普段は静かで目つきも鋭いからちょっとビビるんだけど……たまに優しいこと言われると、そのギャップでこっちのメンタルがやられる。これは罠では……?


反応訓練が終わるころには、広場の空気がすこしだけピリッとしていた。毎週何度か行われる“軽い模擬戦”の日。

「ユーリ坊、今日は俺と一本勝負だ。気を抜くなよ?」

木剣を構えて言ってきたのは、自警団の男の1人。名前は……ごめん、まだちゃんと覚えてない。でも、いつも面倒見がよくて、受け止め方が優しい人だ。

「はい、お願いします!」

深呼吸して、木剣を握り直す。始めの合図がかかると同時に、前へ出た。相手の剣が動く――それを横にかわして、すかさず足元へ一撃を送る!

「っと、お見事!」

木剣が地面に落ちる音。先に体勢を崩したのは、相手の方だった。

「一本、ユーリ!」

見ていた団員たちが笑顔で声をかけてくれる。俺は、木剣を下げて深く頭を下げた。

「ありがとうございました!」

「いやあ、普通にやられたなあ。反応、鋭くなってるぞ」

静かに息を吐きながら、木剣をそっと置いた。
そのまま水を飲もうとしたところで、後ろから声が聞こえた。

「……おい、ガルド。あれ、そろそろ訓練のレベル、上げていいんじゃねぇか?」

その声に振り返ると、広場の端で腕を組んでいたガルドが、ふむ……と小さく唸っていた。

「まったくだ。あれで“ちょい本気コース”までしかやってないのが信じられん」

「な? これもう“けっこう本気コース”でしょ」

「いや、むしろ“地味に本気コース”くらいにはなってるな……」

2人の会話がだんだん訳のわからない名前のコースになっていくのを聞きながら、俺はちょっとだけ背筋がぞくっとした。

(……え? これ、次の訓練、めっちゃキツくなるやつじゃ……?)


夕方、訓練が終わる頃には、腕も足もほどよくだるくて、でも気持ちはすっきりしていた。
今日も模擬戦で一本を取れた。それを見ていた子どもたちが、広場の隅でこそこそと話していたのが耳に入った。

「ねえ、ユーリくん強かったよね!」「あれって本物の剣士みたいだった!」

そんな声が聞こえてきて、ちょっとだけ背中がむずがゆくなる。そのまま帰り道を歩いていると、ちょうどリノアに出くわした。

「おかえりー!ユーリ!さっきの模擬戦、見てたよ!」

「えっ、ほんと?」

「うん!かっこよかった!一本取ったとき、みんな静かに“おお……”ってなってたもん!」

「ふふ、ちょい本気コースはもう卒業したからね!」

「こりゃあ私も本気出さないとね……あー、はやく私も剣、習いたいなぁ」

「リノアなんて、この前畑の段差ひょいって飛んでたじゃん。僕、真似して足ひねったからね?」

リノアの目は、どこか本気だった。子どもたちの中にも、「剣術を始めたい」と言い出す子が少しずつ増えてきたらしい。もしかしたら、これから仲間がもっと増えるかもしれない。

それって、なんだかちょっと嬉しいかも。

リノアは、最近になって自警団の人に体づくりを習い始めたらしい。明るくてよく喋るし、意外と負けず嫌いなところもある。
それに最近はなぜか、お姉さんぶってくることが増えた。「ユーリはまだ子どもだから」とか言いながら頭をぽんぽんしてきたりするけど――いや、年はそんなに違わないんだけどな。

「じゃあ、またね。明日はどんな訓練?」

「うーん、反応訓練の続きかな?」

「がんばってね!」

そう言って手を振ってくれるリノアの後ろ姿を見送りながら、俺は家路を急いだ。

今日も、なんだかいい一日だった。
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