社畜の異世界再出発

U65

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第19話 迷子の夜

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帰り道、ほのかに夕焼け色に染まりはじめた空を見上げながら、俺は鼻歌まじりに家へ向かった。今日も一日、よく動いた。訓練もばっちり。

(ちょい本気コースはもう卒業済み。今は……そう、地味に本気コース進行中って感じかな)

ネーミングのわりに地味じゃないメニューが多くて、ちょっと詐欺っぽいけど。

家に近づくと、窓からいい匂いが流れてきた。おお、これは――

「今日の晩ごはん、肉じゃがだ!」

勝利を確信して玄関を開けると、キッチンから母さんの声が飛んできた。

「あら、帰ったわね。おかえりなさい、ユーリ!」

「ただいまー!」

「お、ユーリ。訓練どうだった?」

テーブルの前にいた父さんが、鍋から湯気が立ち上るのを見ながら声をかけてきた。

「うん、ロープもばっちりだったし、模擬戦もいい勝負ができたよ!」

「おお、すごいじゃないか!」

「……ちょっと前までは、ロープに抱きついて“助けて~”って顔してたのにねぇ」

「そ、それは初回の話だよ! あれは滑ってただけだもん!」

母さんがくすくす笑いながら、鍋のふたを開ける。ぐつぐつ煮えた肉じゃがの匂いが、部屋中に広がっていった。

「ふふ、頑張ったご褒美に、お肉多めに入れておいたわよ」

「わーい!」

「ってことは……俺の分、減ってるんじゃ……?」

父さんが目を細めると、母さんがにっこりと笑って答える。

「ちゃんと、お野菜たっぷりにしてあるから安心して」

「野菜でカサ増しは勘弁してくれぇ……」

そんな会話をしながら、俺たちはいつものようにテーブルを囲んだ。湯気の向こうに笑顔が並ぶだけで、胸の奥がふわっとあったかくなる。

湯気の向こうに並ぶ顔も、匂いも、喋っている声も、全部が心地いい。

(……ふふ、こういうのって、やっぱりいいな)

ほくほくのじゃがいもをぱくりと食べて、思わず笑みがこぼれた。


食事が終わり、父さんが新聞みたいな紙束を読んでいる間、俺は母さんと一緒に食器を片づけた。

「お皿、洗うの手伝うね」

「ありがとう。ほんとに助かるわ、ユーリってば」

「洗い物も腕の筋トレになるからさ」

「うふふ……じゃあ今度から、大鍋のほうもお願いしようかしら」

「う……や、やれるけどね?」

そんな会話をしていると、表からどたばたと足音が聞こえてきた。村の子どもが玄関に駆け込んできて、息を切らしながら叫んだ。

「おばさーん! たいへんだよ! ルッカがまだ帰ってきてないの!」

「えっ……?」

ルッカは、俺と同い年の男の子。元気で走り回るのが大好きで、よく木登りとかしてるけど……今の時間に帰ってないのは、たしかにちょっとおかしい。

「ルッカの家の人が探してるんだって! どこにもいないって、すごく心配してた!」

そう叫ぶと、子どもはまた慌ただしく飛び出していった。どうやら、村中を駆け回って伝えているらしい。あちこちで「ルッカがいないってよ!」「えっ、ほんとに!?」と、声が上がるのが聞こえてくる。

そのうち、大人たちの足音や、戸を開ける音も混ざりはじめた。ざわざわと、村の空気が騒がしくなっていく。ちょうど父さんも家の奥から出てきた。

「どうした? なんだか騒がしいな」

「ルッカが帰ってきてないって! 村中探してるみたい!」

「……そうか。ルッカが? それは放っておけんな……」

少しだけ眉をひそめてから、父さんは俺の顔を見て言った。

「じゃあ、俺は東側を探してみる。お前も行くんだろ? くれぐれも無理するなよ。心配だから、暗いところは絶対に1人で入るな」

父さんはそう言うと、懐中灯代わりのランタンを手にして、静かに駆け出していった。

「まぁ……!」

母さんが顔を強ばらせた。俺も、ぞわっと背中が冷える。

(……まさか、何かに巻き込まれた?)

「ユーリ、ちょっと行って様子を見てきてくれる?」

「うん、すぐ行ってくる!」

玄関で靴を履き、外へ飛び出した。辺りはもう夕闇が広がっていて、提灯の灯りがぽつぽつとついている。急ぎ足で広場へ向かうと、すでに何人かの大人たちが集まって騒ぎ始めていた。

「ルッカがいないって!? ええ、また木の上に登って降りられなくなったんじゃ……?」

「この前も秘密基地作る!って言って木の根元に穴掘ってたしなぁ」

「まったくあの子は……って笑ってる場合じゃないよね!?」

「リノアー! ルッカ見てない!?」

声をかけると、すぐにリノアが顔を出した。

「え、ルッカ? ううん、今日は見てない……って、ちょっと待って、さっき探検ごっこするって言ってたかも!」

「探検ごっこ?」

「うん、いつもとちがう道を行くんだ!って張り切ってて……」

「えぇ……それ、大丈夫かな……?」

俺とリノアは顔を見合わせ、広場から駆け出した。


ルッカのいつもとちがう道候補をしらみつぶしに探すことになり、広場、畑、家と家の間の路地、川のほとり、納屋の裏……と走り回った。

「リノア、そっち見た?」

「うん、でもいなかった! そっちは!?」

「ちっちゃい足跡はあったけど、途中で消えてた!」

「それ、余計にこわいやつだよ!?」

あたりはすっかり暗くなってきて、リノアも焦り気味。俺も内心ドキドキしてる。

(くそ、なんでルッカ、わざわざいつもと違うルートとか言い出したんだよ……!)

そのとき。

「ユーリー! リノアー!」

遠くからロイの声が響いた。振り返ると、自警団の数人が提灯を手に駆け寄ってくる。

「ルッカのやつ、いたぞー!」

「ほんと!?」

「納屋の裏の木箱の中に入って、寝てた! 探検の休憩中だったらしい!」

「……ええぇぇぇぇっ!?」

全員、膝から崩れ落ちた。
そもそも、あの木箱の中なんて誰も覗かない。というか、人が入れるサイズだと思ってなかった。どうやら中には毛布が突っ込まれていて、それがちょうどいい寝床に見えたらしい。

(いやいやいや、そこ隠れ場所というより、収納スペースだから!)

思わずツッコミを入れたくなるような状況に、もう笑うしかなかった。


その日の夜、村ではルッカ救出祝いという名目で、なぜか軽い宴が開かれた。自警団の人たちがパンやスープを持ち寄って、広場でちょっとした集まりに。

当のルッカはというと――

「ふわぁぁぁ……ねむい……探検つかれた……」

父親に抱っこされながら、ぐずぐずと眠そうな顔をしていた。

「お前なぁ! この騒ぎ、全部お前のせいなんだからな! 今度から冒険するときは、必ず言ってから行け!」

「うん……言う……たぶん……」

「たぶんじゃなーい!」

笑い声が一斉に広がって、場の空気が一気にゆるんだ。リノアはふぅっと息を吐いて、その場にぺたんと腰を下ろした。

「はぁ……もう、心臓に悪いんだから……」

「こっちはもう、どこかで迷子になったとか森に入っちゃったんじゃとか、本気で心配してたんだから!」

「それは考えすぎ!」

「いや、ルッカだよ? あり得なくは……」

「うーん、ちょっとわかるかも……」

またどっと笑いが起きる。

提灯の明かりがふわっと揺れて、子どもたちの笑い声と、大人たちの安堵した顔が広場に広がっていた。

(……ふふ。なんだかんだで、今日も楽しかったな)

湯気の立つスープをひと口すすってから、静かな夜空を見上げた。
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