社畜の異世界再出発

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第20話 憧れが力になる

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翌朝。俺は目を覚ますと、思わず「ふっ」と笑ってしまった。

(……ルッカ、木箱の中で寝てたんだよな)

 あの後、広場でのちょっとした宴は楽しくて、スープもパンも美味しかった。ルッカはぐずぐずしながら抱っこされてたけど、すごく満足そうな顔してた。

(……全力で探したこっちの立場は!?)

でも、見つかってよかった。ほんとに。
そして、朝ごはんを平らげ、いつものように訓練に向かう。

「母さん、訓練行ってくるねー!」

「はーい、今日も転がされないようにね~!」

「もうそれ定型文になってる!?」


広場に着くと、朝の空気の中に、すでに元気な声が響いていた。

「せーのっ、いち、にー、いち、にー!」

「背筋伸ばしてー! 腰が曲がってるぞー!」

号令をかけていたのはロイ。そしてその横には、見慣れた子どもたちがずらりと並んでいた。

子ども組の子たちだ。俺も時々補助で入っていて、顔を覚えている子も多い。中には「足踏みだけやって帰る~」みたいな子もいたけど。

(……うん、いつも通りだな)

列は少し斜めになってるし、号令に声がついてきてない子もちらほら。でも、そういうのも含めて子ども組の日常。なんだかんだで、元気にやってるのが一番だ。

ちなみに、こう見えてけっこうちゃんとやってる。毎日の動きの積み重ねで、少しずつ体力がついてきた子もいて、そういう子には最近、剣の基礎――握り方や構え、簡単な足運びなんかも教えられるようになったらしい。

俺も、剣を披露して以来、たまに基礎を教えるようになった。最初はちょっと照れくさかったけど、説明することで自分の動きも見直せるし、結果的に自分のためにもなってる気がする。

(……まだまだ未熟だけど、それでも教える側になる日が来るなんて)

それもあってか、「剣を持ってみたい!」って言い出す子も増えてきてる。……まあ、それはそれで、ちょっと誇らしい。

そしてその中に、柔らかなラベンダー色の髪を肩で揺らしながら、にこっと笑って手を振ってくる女の子がいた。

「ユーリくーん! おはよー!」

「あっ、おはよ!」

元気な声に押されて、思わず手を振り返す。その子――メアリは、以前から子ども組に来ていた子だ。見た目は大人しそうだけど、根は負けず嫌いで、毎回黙々と汗をかいていたのを俺は知っている。

けど、そういえば――

(……前から、なんか視線を感じること多かったんだよな)

ふとしたときに目が合ったり、向こうが慌ててそらしたり。気のせいかと思ってたけど、今思えば……いや、あれ、けっこう見られてたのかも?

そう思ったら、なんとなくそわそわしてきた。

そこへ、隣からリノアがこっそりとひと言。

「ねえ、メアリちゃんのこと、もちろん知ってるよね?」

「うん、たまに一緒に訓練してるから。話すよ」

「メアリちゃんってさ、前から地味に努力家なんだよね。こっそり走ったり、早起きしてたり」

「そうなの?」

「……ユーリに追いつきたいのかもよ? ほら、わかりやすいでしょ?」

「へえ、すごいな……」

素直にそう思って口にしたけど、すぐに自分の頬がほんのり熱くなってるのに気づいた。

(……俺のこと、そんなふうに見て頑張ってたのか?)

なんだかむずがゆくなって、思わず視線をそらす。

「――ユーリのこと、かなり見てるよ。たぶん」

そこでリノアは、意味ありげに俺を見上げた。その目が、どこかじっとり……いや、じとっと……いやいや、たぶん気のせい。

「……まあ、けっこう特別に見てる感じはあるけどね」

「えっ」

言われてから急にメアリと目が合って、向こうがにっこり笑ったもんだから、俺は思わず視線を逸らした。

(えっ……そういう感じ!? いや、えっ……?)

そのとき、隣でリノアが小さく、ふーん……とつぶやいた。表情は変わってなかったけど、なんとなく「ふーん」の濁点が多かった気がした。気のせい……だといいな?


朝の準備運動が終わると、子ども組の訓練が始まった。まだ武器は持たず、走ったり、跳ねたり、木の棒でバランスを取ったりと、ほんとうに基礎の基礎。

体の使い方や動きの基本が身についてきた子は少しずつ木剣を使った簡単な動きも教え始めている。剣の握り方とか、踏み込みの姿勢とか、本当に最初のステップだけど、みんな目を輝かせて取り組んでいた。

「ユーリ坊、今日はお前もこっちの補助頼むぞ!」

「うん、任せて!」

ロイに言われて、俺も一緒に動き始めた。メアリをはじめ、同年代の子だけじゃなく、少し年上の子や、逆にまだ小さくてふらふらしてる子まで、いろんな子が混ざって並んでいる。

年齢も体格もばらばらだけど、それぞれが一生懸命なのが伝わってきて、見てるこっちも気が引き締まる。

「今日はね、でんぐり返しと棒の上を歩くことをやるんだって!」

どうやら今日は、体幹を鍛える日らしい。転んでも自分で起き上がる力とか、ふらつかずに立つ感覚とか――地味だけど、ちゃんと積み重ねると全然違うんだよな、こういうの。

「うん、落ち着いて、慌てなければ大丈夫だから!」

子どもたちの中には緊張してる子もいて、「え、回るの!?」「こわい!」と声があがっている。そんな中、メアリがちょっと顔を赤くしながら手を挙げた。

「……ユーリくん、やって見せてくれる?」

あの目――きらきらしてて、真っ直ぐで、期待と憧れが混ざってる。完全に見本お願いしますなんだけど、それ以上に「あなたを見ていたい」という気持ちがにじんでるような。

「う、うん! じゃあ行くよー!」

ぴょいっと前転して、くるんっと起き上がる。

「おお~!」

拍手が起きて、ちょっとだけ照れた。でも、みんなの顔が「やってみたい!」になってたから、まぁよし!

中でもメアリの目は、どこかキラキラしすぎてて、少しだけ目をそらしたくなるほどだった。


それからの訓練は、終始にぎやかだった。

「いたたた! 頭ごっつんした~!」

「わあああ! 棒から落ちた~!」

失敗しても誰かが笑って、誰かが助けて、自然とまた立ち上がる。

メアリも、最初こそおっかなびっくりだったけど――

「ほらっ、見ててね!」

どてん。

「いた……でも! もう一回!」

負けずに何度も挑戦していた。その姿はまさに努力のかたまりって感じで、見てるこっちが元気をもらうくらいだった。

「メアリ、無理しないでね!」

「大丈夫! だって……ユーリくんが毎日頑張ってるの、知ってるから!」

(あ、またストレートなやつ来た……!)

いや、そんな真っすぐ見つめて言われたら、普通に照れるから! なんかこう、背中がムズムズする……!


休憩中。木陰に座って水を飲んでいると、メアリが隣にとことこと歩いてきた。ちょっとだけ顔が赤いのは、日差しのせいじゃない……かもしれない。

「ねえ、ユーリくんって、剣も魔法も興味あるんでしょ?」

「うん、あるよ。どっちも強くなれたら、みんなを守れるかなって思っててさ」

「……やっぱり、かっこいいね」

「へっ!?」

不意打ちのひと言に、うっかり水を吹きそうになった。

「ごめん、急に。でも……ほんとにそう思ってるの。ユーリくん、すごくかっこよくて、前からずっと目で追っちゃってたから」

(うわあ……これ、もしかしなくても尊敬のまなざしってやつ……!?)

「わたし、ドジしたりすぐ転んだりするけど……でも、今日こうして近くで一緒に動けて、すごく嬉しい」

そう言って、メアリは指先で水筒をくるくる回しながら、照れたように笑った。


午後の訓練は、バランスと反応を鍛える遊びまじりのメニュー。

「さあさあ、丸太の上で押しくらまんじゅうだー!」

とロイが声を張ると、子どもたちがわーっと集まってくる。地面に置かれた太めの丸太の上に立って、軽く押し合いながら、誰が最後まで落ちずに立っていられるか――という、わかりやすくて大人気な遊び訓練。

「メアリ! いってみる?」

「い、いく! でも……ちょっと怖いかも」

「最初は俺が相手するよ。力入れすぎないようにするから」

「……え、ほんとに?」

ぱっとメアリの顔が明るくなる。その一瞬の笑顔が、なんというか、こう――妙に目に残る。

丸太の上に立ち、向かい合う。メアリの手が、ほんの少しだけ震えてた。

「大丈夫。最初は体を揺らすだけでいいよ。俺、押さないから」

「……ありがとう」

そう言って、メアリはちょっとだけ視線を下げた。頬が、ほんのり赤くなっているように見えるのは――気のせいじゃない、たぶん。

(……うわ、こういう時、どんな顔すればいいんだ俺)

考えてるうちにバランスを崩して、ずるっと足が滑った。

「わっ」

「きゃっ!」

二人まとめて、どてん、と落下。

土煙を上げながら起き上がると、周りから「ユーリくん負けたー!」「きゃー! 仲良し転がりー!」とか冷やかしが飛んできた。

(くそ……俺、何やってんだ)

訓練中なのに、気を抜いてた。集中してなかったせいで、メアリにケガさせかけたなんて――

「ごめん、メアリ……痛くなかった? 大丈夫?」

思わず、焦って声をかける。
真剣な声が出たのは、自分でも意識するより早かった。

けれどメアリは、ほんの少し目を丸くしたあと、ふわっと笑って――

「うん、大丈夫。びっくりしたけど、なんか……うれしかった」

……そう言われると、逆にこっちがびっくりする。さっきまでの焦りが、変な方向に飛んでいった気がした。


ひとしきり遊んだあとは、軽い走り込み。

「よーし、広場の外周を三周いくぞー!」

「うわー!」「えー!」「三周はキツいー!」

「文句言わない! 足腰は地味に鍛えるもんなんだからな!」

ガルドが腕組みしながらニヤッと笑って見守っている。俺とメアリも、それぞれ子どもたちの列に加わってスタートした。

走り出すと、メアリがすぐ横に並んでくる。

「ねえ、ユーリくん」

「なに?」

「さっき一緒に落ちたとき……ちょっと、ドキドキした」

「えっ!?」

突然すぎて、足がもつれかけた。ていうかこの子、直球すぎない!? 

「……ご、ごめんね! 変なこと言った!」

「いや、変じゃないけど……急にくるからビックリするって!」

「ふふっ、でもユーリくんって、びっくりしてるときも、なんかかわいいね」

(……なんか、今日はいつもより近い気がする)

立ち位置の話じゃなくて、もっとこう、気持ち的に。メアリの視線とか言葉とかが、まっすぐ胸に届いてくる感じがして、ちょっとドキッとする。べつに悪い意味じゃないけど……なんだろうな、このそわそわする感じ。

(俺、ちゃんと訓練に集中できてるか?)


広場の端では、カイがいつものようにメモを取りながらつぶやいていた。

「……メアリさん、ユーリくんに対して攻撃力高め……というか、明確な好意が……わかりやすいなぁ……」

「何メモしてるの!?」

「えっ、いや、ほら……記録、記録」

ニヤけたカイの顔を見て、こっちの頬も熱くなる。

(絶対変なこと書いてる……青春の芽生えとか……)


その日の最後は、全員で円になって座り、今日の感想を言い合う時間。

「でんぐり返し、最初はこわかったけど、楽しかった!」

「丸太のやつ、またやりたいー!」

「わたし、ちょっとだけ強くなれた気がする!」

それぞれが思い思いに話すなか、メアリがちょっとだけ恥ずかしそうに手を上げた。

「わたしは……今日、ユーリくんと一緒に訓練できて、すごくうれしかったです。もっと頑張りたいって思えたし……また、よろしくお願いします!」

素直な言葉に、周りがわっと沸いた。

「おおー!」「仲良しだー!」「次は手つなぎ訓練だー!」

「誰がそんな訓練やるかー!」

俺の声が響く中、メアリはにこにこ笑っていた。

(……ま、こういうのも、悪くないか)

スープを飲む夜もいいけど、こうして一緒に汗をかいて笑うのも、すごくいい。
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