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第1部
7 望まれたから、婚約解消を受け入れたのに
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「婚約解消して、メアリーは結婚しないのか? 恋愛は? そもそもお前の好む男とはなんだ?」
幾度目かのお茶会から、アラン様はこうしてわたしの行く末を案じるようになった。
当初は、結婚する気はない、で通していたものの、いい加減鬱陶しくなってきたので、適当に嘯くことにした。
「そうですわね。以前も申した通り、結婚はするつもりはございませんの。ですからアラン様がお気になさる必要はございません。そして恋愛ですか。それも特別、必要なものとは思えませんが……」
むしろお母様を見ていれば、恋愛などしたくなくなるものだろう。
「万が一火遊びを楽しむとして、その時は軽薄なお方を選びますわ。後腐れなく愉しんで、その場限りで別れる。まさに貴族的でしょう? まぁ、わたしは平民ですが。恋愛の真似事をするならば、それで十分ですわ」
思いつくまま、軽薄な様を言葉にすると、アラン様は苦虫を噛み潰したようなお顔をなさった。
「それで都合がいいのは男だけだ。お前は傷つくだけだぞ」
アラン様の仰ることか全く理解出来ない。
勝手気ままに振る舞うと言っているのに、なぜわたしが傷つくのか。
それともアラン様は、わたしが男女の秘事も知らぬ深窓のお嬢様だと、貴族のご令嬢達と同じだと思われているのか。
あまり巫山戯ないでほしい。
「傷つくなど、アラン様こそわたしを軽視しすぎていますわ。わたしは貴族のご令嬢とは違います。商いをする上で、男女のやり取りはある程度知識にございます。実践するかは別として、知識を蓄えるのは商人として必要不可欠。文字を追う知識だけで、足らぬようであれば、この身を晒すまでのこと」
扇子で顔下半分を覆い、ツンと言い捨てると、アラン様はお顔を真っ赤にされた。
「メアリー……! お前、自分が何を言っているか、わかっているのか!」
いずれ婚約を解消しようという者のことを、こうまで案じるとは。
アラン様のお優しさには頭が下がる。けれど、放っておいて欲しい。
これ以上、捨てゆく者に施しなどしないで欲しい。優しくしないで。気を配らないで。
わたしは恋愛など真っ平なのだから。
「勿論存じております。アラン様と婚約中の間は、男遊びなど致しません。そんなことをしてしまえば、すぐさまウォールデン家から叱責が飛び、自由を奪われるでしょうし、アラン様が爵位をお継ぎになる前に婚姻を早められてしまうでしょう。
けれど、婚約解消後は? アラン様が咎める筋合いがございまして? わたし達の婚約は、いずれ解消するものです。婚約解消後にわたしがどのように生きようと、アラン様には関わりのないことですわ」
吐き捨てるように胸の内を唾棄すると、アラン様はまるで傷ついたように息を呑んだ。
何を今更、と思う。
アラン様はご母堂のことを気遣うあまり、強く逞しく生き汚いわたしのことは、楽観視している。
それをただ、こうして意地悪く突いてやっただけだ。
想像力がないのではない。
ただ、アラン様の人より優秀な頭を、わたしに傾けないだけ。そしてそのことをアラン様がご存知ないだけ。
アラン様の申し出た婚約解消。
それがいつなされようとも、アラン様がわたしを見捨てることに変わりはない。
わたしが行き遅れる?
そのために早くに婚約を解消する?
そんなことは、アラン様が早々にわたしを見捨てたいだけ。わたしと縁を切りたいだけ。
綺麗事を連ねないで欲しい。
結局アラン様はわたしを捨てるのだから。
「……俺を恨んでいるのか」
「いいえ」
嘘。少し恨んでいる。アラン様がもっと酷い人だったならよかったのに。
「ならばなぜ。なぜ今になって、当て付けるようなことを口にする? これまで交わしてきた付き合いで、お前のことを俺が知らないとでも思うのか?
俺の知る限り、メアリーは他の誰より賢く貞淑な質だと知っている。そのような軽薄なことを望んでいるとはとても思えない。俺を傷つけたいだけなんだろう?」
あまりに的確にわたしを抉る言葉で、わたしは息が止まる思いだった。
どうして。
どうしてアラン様はわたしをここまで追い詰め、苦しめるのか。
わたしはただ、アラン様が望むから、この婚約の解消を受け入れただけ。
そしてアラン様がしつこく婚約解消後のことを問うから、少し意趣返しをしたかっただけ。
それだって、他愛のないこと。そもそもアラン様がしつこく問い質さなければ済んたこと。
何もかも、アラン様の望むように振る舞っているのに、これ以上わたしに何を求めるのか。
もうわたしには、差し出すものなどないのに。
ただ静かに、アラン様の前から消えていきたいだけなのに。
「いいえ? ただわたしは、アラン様に軽薄だと罵られようが、恋愛の上澄みだけを楽しみたいだけです。あの二人のように、周囲を巻き込んで悲劇の大恋愛に興じるなんて、真っ平なの。女性は貞淑であるべきなんて、そんなのはそれこそ殿方の都合のいい幻想だわ」
だからお願い。もうわたしのことは構わないで。婚約解消まで、ちゃんと婚約者として振る舞うから。
「……そうか」
そしてその日を機に、アラン様は変わった。
幾度目かのお茶会から、アラン様はこうしてわたしの行く末を案じるようになった。
当初は、結婚する気はない、で通していたものの、いい加減鬱陶しくなってきたので、適当に嘯くことにした。
「そうですわね。以前も申した通り、結婚はするつもりはございませんの。ですからアラン様がお気になさる必要はございません。そして恋愛ですか。それも特別、必要なものとは思えませんが……」
むしろお母様を見ていれば、恋愛などしたくなくなるものだろう。
「万が一火遊びを楽しむとして、その時は軽薄なお方を選びますわ。後腐れなく愉しんで、その場限りで別れる。まさに貴族的でしょう? まぁ、わたしは平民ですが。恋愛の真似事をするならば、それで十分ですわ」
思いつくまま、軽薄な様を言葉にすると、アラン様は苦虫を噛み潰したようなお顔をなさった。
「それで都合がいいのは男だけだ。お前は傷つくだけだぞ」
アラン様の仰ることか全く理解出来ない。
勝手気ままに振る舞うと言っているのに、なぜわたしが傷つくのか。
それともアラン様は、わたしが男女の秘事も知らぬ深窓のお嬢様だと、貴族のご令嬢達と同じだと思われているのか。
あまり巫山戯ないでほしい。
「傷つくなど、アラン様こそわたしを軽視しすぎていますわ。わたしは貴族のご令嬢とは違います。商いをする上で、男女のやり取りはある程度知識にございます。実践するかは別として、知識を蓄えるのは商人として必要不可欠。文字を追う知識だけで、足らぬようであれば、この身を晒すまでのこと」
扇子で顔下半分を覆い、ツンと言い捨てると、アラン様はお顔を真っ赤にされた。
「メアリー……! お前、自分が何を言っているか、わかっているのか!」
いずれ婚約を解消しようという者のことを、こうまで案じるとは。
アラン様のお優しさには頭が下がる。けれど、放っておいて欲しい。
これ以上、捨てゆく者に施しなどしないで欲しい。優しくしないで。気を配らないで。
わたしは恋愛など真っ平なのだから。
「勿論存じております。アラン様と婚約中の間は、男遊びなど致しません。そんなことをしてしまえば、すぐさまウォールデン家から叱責が飛び、自由を奪われるでしょうし、アラン様が爵位をお継ぎになる前に婚姻を早められてしまうでしょう。
けれど、婚約解消後は? アラン様が咎める筋合いがございまして? わたし達の婚約は、いずれ解消するものです。婚約解消後にわたしがどのように生きようと、アラン様には関わりのないことですわ」
吐き捨てるように胸の内を唾棄すると、アラン様はまるで傷ついたように息を呑んだ。
何を今更、と思う。
アラン様はご母堂のことを気遣うあまり、強く逞しく生き汚いわたしのことは、楽観視している。
それをただ、こうして意地悪く突いてやっただけだ。
想像力がないのではない。
ただ、アラン様の人より優秀な頭を、わたしに傾けないだけ。そしてそのことをアラン様がご存知ないだけ。
アラン様の申し出た婚約解消。
それがいつなされようとも、アラン様がわたしを見捨てることに変わりはない。
わたしが行き遅れる?
そのために早くに婚約を解消する?
そんなことは、アラン様が早々にわたしを見捨てたいだけ。わたしと縁を切りたいだけ。
綺麗事を連ねないで欲しい。
結局アラン様はわたしを捨てるのだから。
「……俺を恨んでいるのか」
「いいえ」
嘘。少し恨んでいる。アラン様がもっと酷い人だったならよかったのに。
「ならばなぜ。なぜ今になって、当て付けるようなことを口にする? これまで交わしてきた付き合いで、お前のことを俺が知らないとでも思うのか?
俺の知る限り、メアリーは他の誰より賢く貞淑な質だと知っている。そのような軽薄なことを望んでいるとはとても思えない。俺を傷つけたいだけなんだろう?」
あまりに的確にわたしを抉る言葉で、わたしは息が止まる思いだった。
どうして。
どうしてアラン様はわたしをここまで追い詰め、苦しめるのか。
わたしはただ、アラン様が望むから、この婚約の解消を受け入れただけ。
そしてアラン様がしつこく婚約解消後のことを問うから、少し意趣返しをしたかっただけ。
それだって、他愛のないこと。そもそもアラン様がしつこく問い質さなければ済んたこと。
何もかも、アラン様の望むように振る舞っているのに、これ以上わたしに何を求めるのか。
もうわたしには、差し出すものなどないのに。
ただ静かに、アラン様の前から消えていきたいだけなのに。
「いいえ? ただわたしは、アラン様に軽薄だと罵られようが、恋愛の上澄みだけを楽しみたいだけです。あの二人のように、周囲を巻き込んで悲劇の大恋愛に興じるなんて、真っ平なの。女性は貞淑であるべきなんて、そんなのはそれこそ殿方の都合のいい幻想だわ」
だからお願い。もうわたしのことは構わないで。婚約解消まで、ちゃんと婚約者として振る舞うから。
「……そうか」
そしてその日を機に、アラン様は変わった。
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