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第2部
5 父と子の対立
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「いや、もとより恥を気にする方でもなかったか」
露骨な侮蔑を声色にのせ、アラン様が嘲る。
前カドガン伯爵はアラン様の挑発にのり、ぐっと身を乗り出した。それをアボット侯爵家の衛兵が押しとどめる。
人々はひそひそと好奇の視線を寄せている。
「ううん、なかなか言うじゃないか。さすが伯爵様」
アスコット子爵は口笛でも吹きそうなくらい、ご機嫌がよさそう。
お母様も見たことのない、悪いお顔をされている。
「あの、わたし少々失礼いたしますわ。アボット侯爵ご夫妻に謝罪に行かなくては……」
アスコット子爵とお母様に礼をしようとすると、背後から聞き覚えのある声がする。
「なあに。気にするでないぞ。妾が先んじて、侯爵には話を通してあるからな」
振り返ると、アンジーがエインズワース様にエスコートされ、にんまりと笑っていた。
「アン……第二王女殿下」
わたしがカーテシーをすると、アンジーは思い切り顔を顰めた。
「むう。アンジーと呼べと言うに……。いや、この場では難しいか」
アンジーががっくりと肩を落とすと、エインズワース様が嬉しそうにアンジーの腰を寄せる。
「僕がアンジーと呼ぶから、それでいいでしょ?」
「……ルドは今更面白くもなんともない」
「では私も殿下とお呼びいたしましょうか?」
「…………ルド」
じっとりとした目つきでアンジーがエインズワース様を睨め上げると、エインズワース様はアンジーが可愛くてたまらない、といった具合に頬を綻ばせた。
そして額に口づけされる。
やはりアラン様はエインズワース様の影響を多大にお受けになったようだわ。
いたたまれないくらいに、空気が甘ったるい……。
アスコット子爵とお母様を振り返ってみると、お二人とも奇妙なお顔付をされている。
まあ第二王女殿下とファルマス公爵令息様を前に、何も口を挟めるわけがないし、まじまじとそのご様子を眺めることもできないわよね……。
「嘘だよ、アンジー。そんなのは僕だって寂しい」
エインズワース様はぐるりとわたし達に視線を巡らせると、すっと表情を引き締め、紫苑色の瞳を細められた。
学園でお見かけする、ファルマス公爵令息としてのお顔。口元に笑みを浮かべられる。
「さあ、皆でコールリッジの舞台を応援しようか」
エインズワース様のお言葉に一同頷くと、前カドガン伯爵が衛兵に押さえつけられながら、アラン様に食ってかかっているところだった。
「貴様……! 言うに事欠いて、父親に向かって何ということを!」
「貴方を父だとは思っていませんが……まあいいでしょう」
アラン様の冷え切ったお声に、こちらまで薄ら寒くなる。
思わず腕をさすると、お母様がそっとわたしの腕に手を添わせてくださった。
アラン様と同じ銀色の瞳が、わたしを安心させようと柔らかに細められる。わたしは頷き、また前を向いた。
「だいたい貴方は招待されていないでしょう? なぜこちらに?」
「なぜだと? 今日は目出度くも私達の娘が社交デビューを飾るのだ。その姿を見たいと思って何が悪い?」
もしかして、その娘というのはわたしのことでしょうか。
いつあの人達の娘になったのだろうか。
扇子で口元を覆い、眉を顰めると、お母様がぼそりと呟いた。
「あの男……殺してやりたい」
そのお声がこれまで聞いたことのないくらい低くドスが利いていて、また憤怒に満ちていたので、驚いて振り返る。
お母様は底冷えするような冷気を瞳に宿し、口角をあげ、凍えるような笑みを浮かべていらした。
「同感じゃな」
アンジーまで感情を排した色のない声色で、素っ気なく言い放つ。
たった一言に、王族特有の尊大な威圧感を感じる。
どこか似たような気質に思える、エインズワース様とアスコット子爵はお二方とも愉しそうに静観していらした。
エインズワース様は、静かに憤るアンジーの頭をよしよし、と宥めていたけれど。
お二人のやり取りを微笑ましく眺めていると、唸り声のような、地を這うように低いアラン様のお声が響いた。
「誰が、誰の娘だと?」
アラン様の語気がこれまでになく強く、お顔は見えないものの、そのお背中には怒気と呼ぶには易しい殺気のようなものが立ち上っている。
前カドガン伯爵は、多少思うところがあるのか、怒り一色だった様子が落ち着き、言い淀むように眉根を寄せ、アラン様から視線を逸した。
「……メアリー嬢は私達の娘になるだろう」
視線を泳がせていた前カドガン伯爵と、目が合う。
前カドガン伯爵は眉尻を下げ、その蒼い瞳が縋るようにわたしを見る。
この方はいつも、わたしの機嫌を取ろうとなされていた。アラン様との初めての顔合わせで、あれほど無礼に糾弾したにも関わらず。
ぶつけられたわたしの怒りに戸惑っているようではあったけれど。
お会いするときは、遠慮がちにお声をかけてきて、欲しいもの、足りないものはないかとか。一緒に食事をしようとか。連れて行ってほしいところはないかとか。
好きなもの、興味を寄せているものが何か、ぎこちない様子で尋ねてこられた。
美しいだけの微笑みを浮かべた真珠姫を背に、一度思い切った様子で問われたことがある。「君は、ウォールデンの家を出たいかい?」と。
わたしは何と答えたのだったか。
露骨な侮蔑を声色にのせ、アラン様が嘲る。
前カドガン伯爵はアラン様の挑発にのり、ぐっと身を乗り出した。それをアボット侯爵家の衛兵が押しとどめる。
人々はひそひそと好奇の視線を寄せている。
「ううん、なかなか言うじゃないか。さすが伯爵様」
アスコット子爵は口笛でも吹きそうなくらい、ご機嫌がよさそう。
お母様も見たことのない、悪いお顔をされている。
「あの、わたし少々失礼いたしますわ。アボット侯爵ご夫妻に謝罪に行かなくては……」
アスコット子爵とお母様に礼をしようとすると、背後から聞き覚えのある声がする。
「なあに。気にするでないぞ。妾が先んじて、侯爵には話を通してあるからな」
振り返ると、アンジーがエインズワース様にエスコートされ、にんまりと笑っていた。
「アン……第二王女殿下」
わたしがカーテシーをすると、アンジーは思い切り顔を顰めた。
「むう。アンジーと呼べと言うに……。いや、この場では難しいか」
アンジーががっくりと肩を落とすと、エインズワース様が嬉しそうにアンジーの腰を寄せる。
「僕がアンジーと呼ぶから、それでいいでしょ?」
「……ルドは今更面白くもなんともない」
「では私も殿下とお呼びいたしましょうか?」
「…………ルド」
じっとりとした目つきでアンジーがエインズワース様を睨め上げると、エインズワース様はアンジーが可愛くてたまらない、といった具合に頬を綻ばせた。
そして額に口づけされる。
やはりアラン様はエインズワース様の影響を多大にお受けになったようだわ。
いたたまれないくらいに、空気が甘ったるい……。
アスコット子爵とお母様を振り返ってみると、お二人とも奇妙なお顔付をされている。
まあ第二王女殿下とファルマス公爵令息様を前に、何も口を挟めるわけがないし、まじまじとそのご様子を眺めることもできないわよね……。
「嘘だよ、アンジー。そんなのは僕だって寂しい」
エインズワース様はぐるりとわたし達に視線を巡らせると、すっと表情を引き締め、紫苑色の瞳を細められた。
学園でお見かけする、ファルマス公爵令息としてのお顔。口元に笑みを浮かべられる。
「さあ、皆でコールリッジの舞台を応援しようか」
エインズワース様のお言葉に一同頷くと、前カドガン伯爵が衛兵に押さえつけられながら、アラン様に食ってかかっているところだった。
「貴様……! 言うに事欠いて、父親に向かって何ということを!」
「貴方を父だとは思っていませんが……まあいいでしょう」
アラン様の冷え切ったお声に、こちらまで薄ら寒くなる。
思わず腕をさすると、お母様がそっとわたしの腕に手を添わせてくださった。
アラン様と同じ銀色の瞳が、わたしを安心させようと柔らかに細められる。わたしは頷き、また前を向いた。
「だいたい貴方は招待されていないでしょう? なぜこちらに?」
「なぜだと? 今日は目出度くも私達の娘が社交デビューを飾るのだ。その姿を見たいと思って何が悪い?」
もしかして、その娘というのはわたしのことでしょうか。
いつあの人達の娘になったのだろうか。
扇子で口元を覆い、眉を顰めると、お母様がぼそりと呟いた。
「あの男……殺してやりたい」
そのお声がこれまで聞いたことのないくらい低くドスが利いていて、また憤怒に満ちていたので、驚いて振り返る。
お母様は底冷えするような冷気を瞳に宿し、口角をあげ、凍えるような笑みを浮かべていらした。
「同感じゃな」
アンジーまで感情を排した色のない声色で、素っ気なく言い放つ。
たった一言に、王族特有の尊大な威圧感を感じる。
どこか似たような気質に思える、エインズワース様とアスコット子爵はお二方とも愉しそうに静観していらした。
エインズワース様は、静かに憤るアンジーの頭をよしよし、と宥めていたけれど。
お二人のやり取りを微笑ましく眺めていると、唸り声のような、地を這うように低いアラン様のお声が響いた。
「誰が、誰の娘だと?」
アラン様の語気がこれまでになく強く、お顔は見えないものの、そのお背中には怒気と呼ぶには易しい殺気のようなものが立ち上っている。
前カドガン伯爵は、多少思うところがあるのか、怒り一色だった様子が落ち着き、言い淀むように眉根を寄せ、アラン様から視線を逸した。
「……メアリー嬢は私達の娘になるだろう」
視線を泳がせていた前カドガン伯爵と、目が合う。
前カドガン伯爵は眉尻を下げ、その蒼い瞳が縋るようにわたしを見る。
この方はいつも、わたしの機嫌を取ろうとなされていた。アラン様との初めての顔合わせで、あれほど無礼に糾弾したにも関わらず。
ぶつけられたわたしの怒りに戸惑っているようではあったけれど。
お会いするときは、遠慮がちにお声をかけてきて、欲しいもの、足りないものはないかとか。一緒に食事をしようとか。連れて行ってほしいところはないかとか。
好きなもの、興味を寄せているものが何か、ぎこちない様子で尋ねてこられた。
美しいだけの微笑みを浮かべた真珠姫を背に、一度思い切った様子で問われたことがある。「君は、ウォールデンの家を出たいかい?」と。
わたしは何と答えたのだったか。
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