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2.愛しいあなたを支えたい
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私はこの国の公爵令嬢シエナ。ダヤン王国の王太子殿下の婚約者である。
国王夫妻にはお子が一人いる。アドリアン王太子殿下だ。だが彼は生まれつき体が弱かった。すぐに熱を出し咳き込む。一度寝付くとなかなか床上げできない。高名な医者も原因が分からないと首を振るばかりで完治の兆しは見えない。貴族たちは彼は長く生きられないだろうと距離を置いた。そして現大公である王弟殿下の子息の顔色を窺った。アドリアン様に何かあれば王位継承権がそちらに移るのだ。
そんな事情からアドリアン様の婚約者はなかなか決まらなかった。
白羽の矢が立ったのはランドロー公爵家の娘である私シエナだった。父はそれを受け入れた。父は権力よりも商いが好きな変わり者だった。その分財力があり国内での力もそれに比例した。そして父は病弱な王太子殿下に同情的だった。殿下を公爵家の力でお支えしてあげたいと思ったようだ。
初めての顔合わせでシエナはアドリアン様に一目で恋をした。美しい碧い瞳が印象的だった。ほとんどを室内で過ごす彼は青白く体も細い。端正な顔は儚げな雰囲気を際立たせる。私はこの人の力になって差し上げたいと思った。
婚約後の定期的なお茶会や勉強会で彼の博識さや思慮深さに驚いた。彼はベッドの中で過ごすことが多い分、本を読み知識を豊富に蓄えていた。また人の話に誠実に耳を傾け受け止める。自由にならない体を持て余し癇癪を起してもおかしくないのに彼はいつだって静かだった。諦観がそうさせている気もしたが投げやりな態度を見たことがない。彼は王太子であることを弁えて行動していた。国を思い民を守ろうという高潔な姿に尊敬の念を抱いた。
「シエナ。すまない。私がこんな体だからいつも顔合わせは部屋の中だ。たまには外に連れて行ってやりたいのにそれも儘ならない」
春になり体調が良かったので城下を散策しようと約束していたがアドリアン様の発熱で中止になってしまった。彼はそれを気に病んでいるのだろう。
「いいえ。私はリアン様と過ごせるのならば場所はどこでもいいのです」
本心だった。穏やかな彼との会話は静かな幸福をもたらす。
普段貴族たちとの腹の探り合いをしていると心が鬱屈としてしまう。彼と過ごすひと時は清涼な空気を吸うような安らぎを感じる。この時間が私にとって至福の時だった。
次期王としての器を持つ賢く聡明な王太子殿下に貴族たちは「体さえ丈夫ならば」と言う。アドリアン様は何も言い返さず困った様に微笑む。私はその表情を見るのが苦しかった。そんなことは他人に言われなくてもアドリアン様自身が思っている事なのに、わざわざ本人に告げて何になるというのか。彼の美しい碧い瞳が悲しみに揺れても私にできることはなかった。彼が安易な気休めを望んでいないことは知っている。だからせめて私に出来る公務を手伝うことで役に立とうとした。
「ありがとう。シエナ。君が婚約者で私は果報者だ。愛しているよ」
「リアン様の婚約者になれた私こそ果報者です」
アドリアン様はいつだって感謝の言葉も愛の言葉も惜しまずに伝えてくれる。この国で私以上に幸せな女性がいるだろうか? 彼の言葉に心が満たされ、一層仕事に励むことが出来た。
彼の18歳の誕生日に私はそれを渡すことにした。
「シエナ。これは? 誕生日プレゼントならさきほど貰っているが……」
アドリアン様は差し出したリングケースを困惑しながら受け取った。
「これは私にとって特別なものなのです。我が公爵家に伝わるもので男性に贈る指輪です。『刻の指輪』という名前で願いを叶えてくれると言われています。私は殿下の健康を願いお祈りしました。気休めですがどうかつけて下さいませんか?」
金のリングには小さなホワイトダイアモンドが嵌め込まれている。邪魔にはならないだろう。これは父から生涯を共にしたいと思う男性に贈るようにと頂いたものだ。私はどうしてもこれをアドリアン様に持っていてほしかった。
「シエナの想いが込められているんだね。それは嬉しいな。ありがとう。これはお守りにするよ。いつでも肌身離さずにいると約束する」
アドリアン様は迷うことなく指に嵌めて下さった。私は胸がいっぱいになった。祈りが届いて健康になった彼と老いるまでともに歩んでいきたい。それこそが私の願いだった。
その日、国境沿いの視察には私が行くはずだった。ところが珍しく体調を崩してしまい起き上がることすら難しい。
「シエナ。たまにはゆっくり休んでいてくれ。今回の視察には私が行ってこよう」
「ですが……」
「君も知っているだろう。最近は調子が良くて熱も咳も出ていない。大丈夫だ。予定通り済ませてすぐに帰ってくるよ。そもそもこれは私の仕事だ。それをいつも君に負担させて申し訳ないと思っていた。だから私に行かせてほしい」
彼は私の代わりに視察に行くことにした。出発前に報告のために公爵邸に寄ってくれたのだ。私は熱で臥せったままで見送らせてもらった。彼は私の額にそっと口付けて笑顔で出かけて行った。私は気怠いながらも幸福に包まれて眠りについた。もともと健康優良児だった私は3日後にはすっかり元気になった。
アドリアン様は1週間後に戻る予定だったが、体調を崩したので遅れるとの知らせが届いた。私は心配で今すぐ彼のもとへ行きたいと思ったが、手紙には戻るまでの公務の代行を願うと書かれていたので出来なかった。真面目な彼らしいが私は気持ちもそぞろに彼を待つしかなかった。
国王夫妻にはお子が一人いる。アドリアン王太子殿下だ。だが彼は生まれつき体が弱かった。すぐに熱を出し咳き込む。一度寝付くとなかなか床上げできない。高名な医者も原因が分からないと首を振るばかりで完治の兆しは見えない。貴族たちは彼は長く生きられないだろうと距離を置いた。そして現大公である王弟殿下の子息の顔色を窺った。アドリアン様に何かあれば王位継承権がそちらに移るのだ。
そんな事情からアドリアン様の婚約者はなかなか決まらなかった。
白羽の矢が立ったのはランドロー公爵家の娘である私シエナだった。父はそれを受け入れた。父は権力よりも商いが好きな変わり者だった。その分財力があり国内での力もそれに比例した。そして父は病弱な王太子殿下に同情的だった。殿下を公爵家の力でお支えしてあげたいと思ったようだ。
初めての顔合わせでシエナはアドリアン様に一目で恋をした。美しい碧い瞳が印象的だった。ほとんどを室内で過ごす彼は青白く体も細い。端正な顔は儚げな雰囲気を際立たせる。私はこの人の力になって差し上げたいと思った。
婚約後の定期的なお茶会や勉強会で彼の博識さや思慮深さに驚いた。彼はベッドの中で過ごすことが多い分、本を読み知識を豊富に蓄えていた。また人の話に誠実に耳を傾け受け止める。自由にならない体を持て余し癇癪を起してもおかしくないのに彼はいつだって静かだった。諦観がそうさせている気もしたが投げやりな態度を見たことがない。彼は王太子であることを弁えて行動していた。国を思い民を守ろうという高潔な姿に尊敬の念を抱いた。
「シエナ。すまない。私がこんな体だからいつも顔合わせは部屋の中だ。たまには外に連れて行ってやりたいのにそれも儘ならない」
春になり体調が良かったので城下を散策しようと約束していたがアドリアン様の発熱で中止になってしまった。彼はそれを気に病んでいるのだろう。
「いいえ。私はリアン様と過ごせるのならば場所はどこでもいいのです」
本心だった。穏やかな彼との会話は静かな幸福をもたらす。
普段貴族たちとの腹の探り合いをしていると心が鬱屈としてしまう。彼と過ごすひと時は清涼な空気を吸うような安らぎを感じる。この時間が私にとって至福の時だった。
次期王としての器を持つ賢く聡明な王太子殿下に貴族たちは「体さえ丈夫ならば」と言う。アドリアン様は何も言い返さず困った様に微笑む。私はその表情を見るのが苦しかった。そんなことは他人に言われなくてもアドリアン様自身が思っている事なのに、わざわざ本人に告げて何になるというのか。彼の美しい碧い瞳が悲しみに揺れても私にできることはなかった。彼が安易な気休めを望んでいないことは知っている。だからせめて私に出来る公務を手伝うことで役に立とうとした。
「ありがとう。シエナ。君が婚約者で私は果報者だ。愛しているよ」
「リアン様の婚約者になれた私こそ果報者です」
アドリアン様はいつだって感謝の言葉も愛の言葉も惜しまずに伝えてくれる。この国で私以上に幸せな女性がいるだろうか? 彼の言葉に心が満たされ、一層仕事に励むことが出来た。
彼の18歳の誕生日に私はそれを渡すことにした。
「シエナ。これは? 誕生日プレゼントならさきほど貰っているが……」
アドリアン様は差し出したリングケースを困惑しながら受け取った。
「これは私にとって特別なものなのです。我が公爵家に伝わるもので男性に贈る指輪です。『刻の指輪』という名前で願いを叶えてくれると言われています。私は殿下の健康を願いお祈りしました。気休めですがどうかつけて下さいませんか?」
金のリングには小さなホワイトダイアモンドが嵌め込まれている。邪魔にはならないだろう。これは父から生涯を共にしたいと思う男性に贈るようにと頂いたものだ。私はどうしてもこれをアドリアン様に持っていてほしかった。
「シエナの想いが込められているんだね。それは嬉しいな。ありがとう。これはお守りにするよ。いつでも肌身離さずにいると約束する」
アドリアン様は迷うことなく指に嵌めて下さった。私は胸がいっぱいになった。祈りが届いて健康になった彼と老いるまでともに歩んでいきたい。それこそが私の願いだった。
その日、国境沿いの視察には私が行くはずだった。ところが珍しく体調を崩してしまい起き上がることすら難しい。
「シエナ。たまにはゆっくり休んでいてくれ。今回の視察には私が行ってこよう」
「ですが……」
「君も知っているだろう。最近は調子が良くて熱も咳も出ていない。大丈夫だ。予定通り済ませてすぐに帰ってくるよ。そもそもこれは私の仕事だ。それをいつも君に負担させて申し訳ないと思っていた。だから私に行かせてほしい」
彼は私の代わりに視察に行くことにした。出発前に報告のために公爵邸に寄ってくれたのだ。私は熱で臥せったままで見送らせてもらった。彼は私の額にそっと口付けて笑顔で出かけて行った。私は気怠いながらも幸福に包まれて眠りについた。もともと健康優良児だった私は3日後にはすっかり元気になった。
アドリアン様は1週間後に戻る予定だったが、体調を崩したので遅れるとの知らせが届いた。私は心配で今すぐ彼のもとへ行きたいと思ったが、手紙には戻るまでの公務の代行を願うと書かれていたので出来なかった。真面目な彼らしいが私は気持ちもそぞろに彼を待つしかなかった。
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