あなたの瞳に私を映してほしい ~この願いは我儘ですか?~

四折 柊

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11.あなたが好き

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 サイラスと壁側に移動した。家族から見えるが声は聞こえない位置だ。

「サイラス様。何のお話でしょうか?」

「シャルロッテ。その、以前はすまなかった。謝りたくて……。あの頃の私は失礼な態度を取っていたことに気付いていなかった」

 一応、婚約者の隣で別の女性に見惚れていたことを悪かったと思ってくれたようだ。それにしてもサイラスが頭を下げたことに驚きを隠せない。彼はプライドが高く自分の意志を曲げないところがあった。それなのに反省して謝ってくれた。その言葉はじわりと胸に滲みる。でも自分にも至らないところがあったからとシャルロッテもサイラスに対し腰を折って頭を下げた。

「そのお気持ちに感謝します。私こそ申し訳ございませんでした。最近ようやく気付いたのです。私はサイラス様に伝えなければいけないことを嫌われたくなくて言葉にしていませんでした。傲慢にも伝えずに自分の気持ちを理解して欲しいと思っていたのです。言わなければ分かるはずがないのに言わないまま終わらせてしまいました。実は私、サイラス様に学園で助けて頂いた時からお慕いしていました。でも――」

 サイラスは目を輝かせ期待に満ちた顔になる。

「ああ、ありがとう。そうかなとは思っていたんだ。私もようやく自分の気持ちに気付いたんだ。あっ! その前にお礼を言わなければいけなかった。シャルロッテが私のロケットペンダントを届けてくれたそうだね。あれは私にとってお守りだった。本当に感謝している。ありがとう。最初から知っていれば私たちはすれ違うこともなかったはずだが、今それを正すことが出来そうだ。シャルロッテ。私ともう一度婚約して欲しい。今度はあなたを大切にする!」

「えっ?!」

(お慕いしていました。でも、その気持ちもいい思い出になりました)と言おうとしたらサイラスが遮って捲し立ててきた。(すれ違い? 婚約?) シャルロッテは困惑しどう返事をすればいいのか悩んだ。まさか彼が復縁を口にするとは思っていなかったので、気持ちを伝えるタイミングを完全に間違えてしまった。自分の中では完全に終わっていることだしサイラスにとってもそうだと思っていたが余計なことを言ってしまった。
 もしジョシュアの存在がなかったとしても、あの時の苦しみを思い出すと彼とやり直すことはあり得ない。
 サイラスはシャルロッテがいい返事をすると思い込んでいる。今のシャルロッテの心はジョシュアにだけ向いている。上手く断ることが出来るだろうか……。でも適当にはぐらかすよりもはっきり伝えるべきだろう。

「サイラス様。あのお気持ちは有難いのですが私たちのことはすでに終わったことです。私も気持ちの整理がつきサイラス様のこともいい思い出となりました」

「思い出? ……」

 予想外の返事だったようでぽかんとしている。

「はい。申し訳ありません」

 サイラスは顔を歪ませ信じたくないと首を振る。

「待ってくれ! もう一度だけチャンスが欲しい。そうすれば絶対に私を好きになってもらえるはずだ」

 自信をもって言われてしまったが、シャルロッテこそ自信をもって好きにならないと言える。だってもっと好きな人がいる。

「サイラス様。私には今、心からお慕いしている人がいるのです。その人から求婚もしてもらっています。ですからサイラス様のお気持ちには応えられません。私たちには縁がなかったのです」

「誰だ? その男の家格は? 私より優れた男なのか?」

 サイラスの質問に気持ちが急速に冷えていく。ジョシュアは家格も高いし見目も麗しい。でもそれで好きになったわけじゃない。彼の優しさや真っ直ぐな想いに心を打たれたのだ。それなのに外側ばかりを重視するような発言に憤りを感じ、ついキツイ口調になる。

「そうです! 全てにおいてとびっきり素敵な男性です。だからサイラス様ともう一度婚約することはあり得ません」

「………。もう、好きな男がいるのか。シャルロッテは随分と移り気な女だったのだな。ガッカリしたよ。分かった。今の話は聞かなかったことにしてくれ」

 サイラス以上の男だという言葉に苛立たし気な表情になるとシャルロッテを睨みつけ踵を返して行った。サイラスは反省したと言って謝ってきたが、以前と全く変わっていないような気がする。最後は非難されてしまった。やっぱり彼との縁はなかった。これでサイラスとのことは完全に終わった。ホッと息を吐き出しシャルロッテは家族の元へと戻る。

「お話は終わりました。もう関わることはなさそうですから安心してくださいね」

 心配そうなお父様と不安そうなジョシュアに笑顔で報告した。

「本当に大丈夫なんだね」

「はい」

「ロッティ。本当に?」

 捨てられた子犬のような目をしたジョシュアがたまらなく愛おしい。シャルロッテはジョシュアに手を差し出した。

「ダンスをお願いできますか?」

「えっ。あ、はい」

 困惑しながらもジョシュアは手を取りホールへ連れて行ってくれた。曲に合わせ踊り出す。
 シャルロッテはジョシュアを見上げた。海のような青色がまっすぐに自分を見ている。ジョシュアはいつだってシャルロッテだけを見つめてくれる。目が合うと嬉しそうに目を細め口元に笑みを浮かべる。

 サイラスの時のように「私を見て」そう願う必要はない。それに気づいたらなんだか泣きそうになってしまった。
 ジョシュアが目を見開き心配そうにシャルロッテの顔を覗き込む。

「ジョシュ。好き。あなたが大好きよ」

 その瞬間ジョシュアの目が真ん丸になる。言葉の意味を理解すると破顔する。そして足を止めシャルロッテを抱き締めた。

「私もロッティが好きだ。愛している。シャルロッテ、私と結婚して下さい」

「はい。お受けします」

 ああ、ジョシュアが好きだ。まっすぐに気持ちをぶつけてくるところも、それでいて決して押し付けないところも。シャルロッテを守ろうと心を砕き求愛してくれる。こんな素敵な人は他にいない。

 フィンレー公爵夫妻が賛成してくれていてもシャルロッテがジョシュアの伴侶となるのは大変だろう。フィンレー公爵家はしがらみも多い。もしかしたら茨の道が待っているかもしれない。それでもジョシュアの隣にいたいと思う。その為の努力はきっと楽しいはずだ。何よりもジョシュアという味方がいる限り自分は負けない自信がある。

 ジョシュアは抱きしめていた腕を離すと再びダンスの為のポーズを取る。目を合わせ曲に合わせてステップを踏み出した。私たちは息がぴったりだ。ジョシュアが顔を近づけ囁いた。

「ロッティ。三曲続けて踊ろうか?」

「婚約者として?」

「そう、婚約者として!」

 ジョシュアは嬉しくてたまらないという表情だ。ダンスの間中、二人は目を逸らすことなく見つめ合い頬を綻ばせていた。
 シャルロッテはきっとこの日を忘れない。幸せな人生の始まりの瞬間を――――。




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