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10.夜会で

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 夜会当日、会場で両親と一緒にいるとジョシュアが笑顔で側までやって来た。

「ロッティ! とても綺麗だ。ドレス、似合っているよ」

「ジョシュも素敵よ」

 張り切って選んだドレスは海のように鮮やかな青い色、そしてネックレスはアクアマリンを選んだ。たまたまジョシュアの瞳と同じになってしまったが、たまたまである。
 ジョシュアの誉め言葉に頬が緩む。お世辞だったとしても嬉しい。テールコートを着こなすジョシュアはいつも以上に格好いい。特に足の長さが際立ちスタイルの良さがよく分かる。

「ロッティ。一曲お願いします」

「はい。お願いします」

 畏まって手を差し出すジョシュアに自分の手を預ける。そしてフロアで曲に合わせてステップを踏み出す。シャルロッテが背の高いジョシュアを見上げれば彼の瞳は真っすぐに自分を見ていた。目が合った瞬間、囚われた様に目が離せない。

「ああ、やっとロッティと踊ることが出来た。ずっと楽しみにしていたんだ。ロッティ、大好きだよ」

「あ……ありがとう。ねえ、ジョシュ。会うたびに好きだよって言ってくれるのは嬉しいけどちょっと恥ずかしいわ。ジョシュは抵抗がないの?」

 男性は愛の言葉を口にするべきじゃないという考えの人もいるが、ジョシュアはまったく気にした様子もない。なんなら照れることもなく「好きだよ」と伝える。今まで男性にそんな言葉をもらったことがないので免疫がない。恥ずかしくてなんて返せばいいのか分からなくなる。

「どうして? 言葉にしないと伝わらないよ。ロッティには私がどれだけ君を好きか知って欲しい。子供の頃も言っていたのに伝わっていなかったみたいだからね。だから私は遠慮しないよ。誰にもロッティを取られたくないから。恥ずかしがって言葉を惜しんで後悔したくないんだ」

「ジョシュ……」

 確かに子供の頃も「大好き」とは言われていたけど、姉を慕うような想いだと思っていた。それなのに留学中に仮とはいえシャルロッテはサイラスと婚約してしまった。きっと傷ついたのだろう。自分はジョシュアの気持ちにまったく気づいていなかった。ジョシュアは今、真摯な思いを言葉を尽くして伝えてくれている。そのひたむきな気持ちがこれほど自分の心を温めてくれる。

 自分たちはまだ婚約をしていない。二曲続けて踊ることは出来ない。名残惜しそうなジョシュアを宥めながらホールから出た。シャルロッテとのダンスが終わると他の令嬢がジョシュアと踊ろうと近づいてくる。声をかけられてもジョシュアはすげなく断ってしまった。

「いいの? 断ってしまって。誰か踊りたい人はいない?」

 ジョシュアは半目でシャルロッテを見る。

「これだからロッティは。私にはロッティだけだよ。必要がなければ他の令嬢と踊るつもりはない。それだけ私はロッティを大切に思っているんだ。分かった?」

「ごめんなさい。分かったわ」

「本当かな~?」

 苦笑いをするジョシュアに申し訳なくなって目を逸らした。
 自分に好意を示してくれている人に他の女性と踊らないのかと聞くのは無神経だったと反省した。ジョシュアは言葉だけでなく行動でも示してくれる。
 もう、シャルロッテは気付いていた。向日葵のように明るい笑顔を自分に向けてくれるジョシュアに対する気持ちが弟に対するようなものではなくなっていることに。夏の太陽みたいに火傷しそうなほどの強い思いを絶え間なく注いでくれる彼を失いたくないと思っていることにも。

 ジョシュアと初めて過ごした夜会は楽しくとても満たされた。帰宅し湯浴みを終えベッドの上で枕を抱え転がりながら思い返す。

 ジョシュアの「言葉にしないと伝わらない」その言葉にハッとした。

 自分はいろいろな言い訳をしてサイラスに自分の気持ちを一度も伝えていなかった。何故そのまま諦めてしまったのだろう。お父様に婚約を白紙にしてもらう前に、砕ける覚悟でずっと好きだったと言えばよかった。ジョシュアの言う通り言わなければ伝わらない。サイラスとやり直したい気持ちはもう微塵もないが、何も行動を起こさなかったことを悔やんだ。伝えることで何かが変わったかもしれないし、変わらなかったかもしれない。でも、伝えるべきだったことは確かだ。サイラスが自分をどう思っていたかも聞いたことがなかった。自分は臆病過ぎた。傷つきたくなくて逃げて、最後まで逃げてしまった。

 ジョシュアに対してはそんな後悔はしたくない。でも、家族みたいに思っていた彼を急に男性として意識してしまうとやっぱり言葉にするのは恥ずかしくなってしまう。
 今のシャルロッテはサイラスへの気持ちは完全に消えた。思い出しても胸が締め付けられないし悲しくなることもなくなった。これはジョシュアのおかげだと思う。彼の「好きだよ」の言葉は魔法のようにシャルロッテに自信をくれる。
 いつまでもジョシュアに甘えてばかりではいられない。もう、自分はジョシュアを好きだと知っている。彼を見習って言葉にして伝えたい。次の夜会で勇気を出して自分の気持ちを伝えよう。そう、決心をした。

 そして夜会当日。朝からシャルロッテは緊張していた。ジョシュアに自分の気持ちを伝えるというミッションがある。

 オフホワイトのドレスにアクアマリンのイヤリングとネックレスを付けている。ジョシュアの瞳の色のアクセサリーに勇気をもらう。
 会場に入るなりジョシュアが笑顔でシャルロッテに手を振っている。シャルロッテも胸元で小さく手を振り返した。

「ロッティ」

「ジョシュ」

 ニコニコと名前を呼び合えば、フィンレー公爵夫妻とシャルロッテの両親から温い視線が向けられる。いいけどちょっとだけ気まずい。

「シャルロッテ!」

 後から名前を呼ばれ振り向く。そこには少し面やつれをしているサイラスがいた。お父様がサイラスと自分の間にスッと体を滑り込ませた。

「サイラス君。クラーク侯爵から聞いていないかな。シャルロッテとの接触は遠慮してもらうことになっているはずだ」

 笑顔なのに物凄い低い声で怖い。お父様は自分を思い怒ってくれていたようだ。

「ディアス伯爵。お願いです。シャルロッテと話をさせて下さい」

 どこか必死なサイラスが意外に思えた。彼はシャルロッテといる時は明確に自分の立場が上だという態度だった。実際に爵位が上なので特に気にしなかったが今の様子はなりふり構わない雰囲気だ。それほど大事な用があるのだろうか。

「駄目だ。約束を――」

「お父様。私、お話しします」

 このままだと内容が気になってしまうし、押し問答をして消えかけた私たちの噂が再燃しても困る。シャルロッテの言葉にサイラスは嬉しそうに顔を明るくした。

「だが……」

「サイラス様。その代わりお父様たちから姿が見える位置でもいいですか?」

 サイラスは眉を寄せた。不満なのだろうがお父様に心配をかけたくない。何よりもジョシュアを不安にさせたくない。ジョシュアを見れば表情は曇り、唇をきゅっと引き結んでいる。そんな顔をさせたかった訳ではないが申し訳なくなる。シャルロッテは安心させるようにジョシュアの手を一度ぎゅっと握って微笑んだ。 






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