結婚式の前日に婚約者が「他に愛する人がいる」と言いに来ました

四折 柊

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1.結婚式の前日に

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「ロニー。どうしたの? 明日は朝から忙しいのにわざわざ訪ねてくるなんて」

 結婚式を翌日に控えているが準備は恙なく整っている。急な来訪をした婚約者に私は首を傾げた。愛し合う者同士なら「君の顔が見たかったんだ」とでもいうのだろうか。だが、甘い言葉を期待するには彼の顔色は酷かった。そうでないことは予想がついた。

「セリーナ。すまない。私には……愛する人がいる。僕は一生、その人を想い続けるだろう。だが、彼女とは二度と会わないし、もちろん愛人にするつもりもない」

 信じられない言葉に頭の中が真っ白になる。婚約者がいながら愛する人がいると告げる彼の真意が分からない。

「それで?……結婚を……取り止めるの?」

「いいや。セリーナとは結婚する。キャンセルなんて醜聞になってしまうからね。ただ、結婚して僕の愛情をセリーナが期待していたら申し訳なくて。それを伝えたかった」

「っ…………」

 私は蒼白になり絶句した。ロニーは沈痛な面持ちで私に語りかける。黙っている私に何かを乞うような、縋るような視線を向ける。

(この謝罪に何の意味があるの?)
(別の人を愛し続けることを伝えて私にどうしろというの?)
(本当に申し訳ないと思っているの?)

 私たちは明日結婚式を挙げる。前日に伝えるような言葉ではない。その配慮のなさは私をどれほど軽んじているかが窺える。悔しさに唇を噛みしめたが意地でも涙は流さなかった。

 ロニーは酷い人だ。自分のためだけの誠実さで私の心を切り裂く。

 私はロニーが他の女性を愛しているのを知っていた。その人はヘレンと言う子爵令嬢で私が親友だと思っていた女性だ。それほど愛しているなら私との婚約を解消すればよかったのだ。だが彼の家にも事情があった。私の父から多額のお金を借りている。だから解消したいと言えないのは分かる。でも、少しでも私を思いやる気持ちがあるのならば、もっと早く相談するとか敢えて言わずに私を愛している振りくらいしてくれればいいのに、それすらもしてくれないのか……。

 私はロニーのことが初めて会った時からずっと好きだった。ヘレンをロニーに紹介するまでは私たちの仲は順調だった。いつの間にかすれ違ってしまったが、最後は私との結婚を決めてくれた。それはヘレンではなく私を選んだからだと思っていたが家のために決めたに過ぎなかったらしい。結婚すれば改めてお互いの気持ちを育めると期待していた。ゆっくりと本当の夫婦になればいい、その私の気持ちを彼は一瞬で砕きそして踏み躙った。

 これほど酷いことを言われたのに私はロニーが結婚をやめると言わなかったことに安堵している。愚かな女に成り下がっている自覚はあったが、まだ私は彼が好きだった。

 彼を責める言葉を呑み込めば頭の中をぐるぐると回り弾けた。
 私はこの時、きっと間違えたのだろう。彼を詰って結婚を止めるかせめて両親に相談するべきだったのだ。でもプライドもあった。愛されていない自分が恥ずかしくてそれを両親に知られたくなかった。世間に結婚式を直前でキャンセルされた憐れな女と嘲笑されたくなかった。なによりも彼への未練があり自分から別れを切り出せなかった。

「……ロニーの気持ちは分かったわ。それでも結婚するなら私たちは歩み寄るべきではないかしら?」

 動揺を抑えられず声が震える。私はまだ彼からの愛情を求めている。貴族であれば愛のない結婚はよくある話だ。そこから先に愛情を見出すことが出来れば幸せになれる。私は期待を込めて彼の返事を待った。
 ロニーは眉間を寄せ逡巡した。

「……そうだね。セリーナとは幼馴染だ。だから今までのように家族として大事にしていきたいと思う」

 それは私が望む愛情ではない。一言、妻として愛する努力をすると言って欲しかった。でも彼はどうあっても私を妻として愛せないという。

「そう、家族としてなのね……。それならば、ロニーが私を妻として愛する日が来るまで白い結婚でお願いします。絶対に私に触れないで。ロニーだって愛してもいない女に触れたくないでしょう? そうね、期限を設けましょう。侯爵家の借金の返済が終わってもロニーが私を愛せないなら、そのときは離婚しましょう」

 彼は目を見開き「白い結婚?……」そう呟くと酷く傷ついた顔をする。彼は愛していなくても触れ合うことに抵抗がないらしい。私にはそれが汚らわしく感じ酷くショックだった。愛されてその時を迎えたいと望んではいけないの?

「セリーナ。我が家には跡継ぎが必要だ……。それに金を返したからすぐに離婚をなどと不誠実な真似をしたらファーマー伯爵に……君の父上に申し訳が立たない」

 矛盾している。父は私を愛してくれている。だから本当に父の気持ちを慮るなら私を蔑ろにした今の言動こそが不誠実だろう。それなのにロニーにはその自覚がない。悲しくて私の頭の中も心の中もグチャグチャだ。

「私を愛せなくても結婚さえすれば誠実なのですか? 私を愛していないのに子供は産め、ですか? そんなことお互いに不幸だわ。借金を返済して離婚すればロニーは愛する人と再婚できる。跡継ぎはその人に産んでもらえばいい。この提案はロニーにとっていいことばかりでしょう?」

「もう、彼女とは終わっている。だから離婚までする必要はないだろう? 家族愛では駄目なのか? 貴族ならよくあることだろう。それに離婚となれば君の瑕疵になってしまう」

「私のことは気にしないで。離婚してしまえば、もうロニーには関係のないことでしょう。もちろんあなたに迷惑はかけないわ」

「だが」

「提案を呑めないなら結婚はキャンセルしましょう」

「……分かった」

 彼は嘘でも妻として私を愛するとは言わなかった。ずっと彼を慕っていたのに今更、家族愛だけで満足しろと言われても納得できなかった。女としての愛情を望む私は我儘なのだろうか。
 結婚しても彼の気持ちは変わらないかもしれない。この契約は無意味なもので終わる可能性の方が大きい。それでも、「もしかしたら」に縋らずにはいられない。
 
 こうして未練を捨てられない愚かな女と、自分勝手な男の契約が成された。

 その夜、私は美しいウエディングドレスを眺めながら涙を流した。愛されないと分かっているのになんて馬鹿な契約をしたのだろう……。こんなのお互いに不幸になるだけだ。
 私はずっと彼のお嫁さんになるのが夢だった。酷い言葉に失望しながらも、私の心にはまだ彼への愛情が残っている。
 だから、結婚を止めたいと思えなかった。もしかしたら彼の気持ちも変わるかもしれない。
 私たちは翌日、予定通りに結婚式を挙げた。周りの人たちの祝福の言葉を寂しい気持ちで聞きながら取り繕った笑顔を浮かべた。
 
 教会の鐘が響く。それはまるで私の恋の弔いに聞こえた。




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