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2.大好きな婚約者
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ファーマー伯爵令嬢のセリーナとパーカー侯爵子息のロニーは幼馴染だった。父親同士が親友でよく二人で遊んだ。
ある時期、パーカー侯爵は事業で多額の負債を出した。それを肩代わりしたのがセリーナの父親だった。恩を感じたパーカー侯爵は父に「何かできることはないか」と聞いた。父は「じゃあ、セリーナをロニーの嫁にしてやってくれ」と酒の上の冗談で言ったのだが、パーカー侯爵は「分かった」とすぐさま婚約を結ぶ手続きをした。父は内気な娘が変な家に嫁ぐよりも気心知れた友人の家に嫁ぐ方がいいと頷いた。
パーカー侯爵はロニーが爵位を継ぐ前に必ず借金を返済し終え、事業を軌道に乗せると言い切り、それこそ一生懸命働いている。
婚約を正式に結んだのは12歳の頃だった。私は穏やかなパーカー侯爵も優しい夫人も大好きだった。何よりロニーに恋していたのでこの婚約に大喜びをした。
「私、ロニーのお嫁さんになれるの?」
「そうだよ。セリーナのことは僕がずっと守ってあげるよ」
ロニーのこの言葉は私にとってプロポーズ同然だと感じどれほど嬉しかったか。
私は子供の頃は人見知りも強く酷く気の弱い内気な子だった。自分の気持ちを上手く言葉に出来なかった。ロニーと最初に会った時も恥ずかしさもあり、更に上手く話せないことを馬鹿にされるかもしれないと怯えて父の後ろに隠れてもじもじしていた。ロニーはおば様に似てとても綺麗な顔をしていてその雰囲気にも気後れした。
ロニーは私の反応を気にすることなく笑顔で手を差し出し「花を見に行こう」と侯爵家自慢の花壇の前まで手を繋いで連れて行ってくれた。
「ここは母上の自慢の花壇なんだ」
「うん……」
ニコニコと話しかけるロニーにセリーナはいつものようにやはり満足な返事が出来なかった。それでも彼は馬鹿にすることもなく、不機嫌になることもなく花の説明をしてくれた。
「この黄色い薔薇は母上の一番好きな花なんだ」
「うん……」
今まで会った同じ年頃の貴族令嬢たちはセリーナの反応が薄くてつまらないと敬遠した。
「セリーナってちっともお話ししなくて変な子!」
ある令嬢の放ったその言葉がセリーナの心を委縮させ人と話すことを恐れさせた。
後に分かったのだが父は塞ぎ込むセリーナを心配しそれをパーカー侯爵に相談したそうだ。それでうちの息子と話すことで人と話すことに慣れる練習をしてはどうかと誘ってくれた。二人の交流はそんな風に始まった。
ロニーは幼いころから快活で読書好きで物知りだった。2歳年上の彼は「僕はセリーナよりお兄さんだから」とよく面倒を見てくれた。彼はいつだって無口なセリーナの表情を読み取って笑顔でいろいろな話をしてくれた。
彼と居る時は心に鎧をつけることなく過ごせる。気付けばいつのまにか家族と同じように自然に話せるようになった。私はすぐにロニーに恋心を抱くようになった。彼とずっと一緒にいたい。そしてその願いが叶い婚約が結ばれた。長く一緒にいたがお互いの気持ちを言葉にしたことはない。それでも私はロニーも自分を好いてくれていると勝手に思い込んでいた。
「ロニーは経済科を専攻しなかったの?」
ロニーが一足先に王立学園に入学する。パーカー侯爵家を継ぐ彼は領地経営のために経済科を専攻すると思っていた。
「ああ、騎士科にした。体を鍛えて強い男になりたいからね」
「そうなんだ」
彼は普段から家庭教師に学び、護衛騎士からも剣術を習っていた。今の実力で充分のように思えたが彼がそう思うなら応援したい。
「頑張ってね。でも怪我はしないように気を付けてね」
学園は全寮制で長期休暇がなければ会うことは出来ない。特に騎士科は他の科より厳しい。寂しかったがそれでも彼は手紙を送ってくれていたのでそれを心待ちに過ごした。2年遅れてセリーナも入学した。男性は5年通学するが女性は結婚や家の事情で1年から5年の間の希望する年数を学ぶ。
入学後に寮で同室になった子と上手くやっていけるか不安だったが杞憂に終わりホッとした。
その子はタナー子爵令嬢のヘレンだ。彼女は気さくで誰とでも打ち解ける。初対面で緊張するセリーナにも屈託なく話しかけてくれた。一緒に過ごすことが多くなると自然と親友になった。
「セリーナは婚約者がいるの?」
「ええ、幼馴染で騎士科にいるわ」
「素敵な人?」
「とっても優しくて格好良くて勉強もできるのに騎士科で頑張っているの!」
「あはは、セリーナってば彼が大好きなのね? べた褒めしてるわ。今度紹介してね?」
「もちろん。ロニーは明るい人だからヘレンときっと気が合うわ」
この時私は無邪気にその時を楽しみにしていた。親友が出来たとロニーに自慢したかったしヘレンにはこんな素敵な人が婚約者だと言いたかったのかもしれない。
「ロニー、紹介するわ。寮の同室で親友のヘレン。ヘレン、彼が婚約者のロニーよ」
ヘレンはロニーを見て頬を赤くした。ロニーはすっかり身長が伸び鍛えた体は厚みを増し頼もしさがある。そしておば様似の顔は更に美しくなって凄みがあった。彼を見る令嬢のこの反応はいつものことなので特に気にはならなかった。ロニーは目を瞠ると嬉しそうに破顔した。
「そうか、セリーナに親友が出来たんだな。嬉しいよ。ヘレン嬢、これからもセリーナをよろしく」
「ロニー様、もちろんです。私にとってもセリーナは大事な親友なんですもの」
私は大好きな二人が仲良くしてくれたらいいなと純粋にそう思っていた。
ある時期、パーカー侯爵は事業で多額の負債を出した。それを肩代わりしたのがセリーナの父親だった。恩を感じたパーカー侯爵は父に「何かできることはないか」と聞いた。父は「じゃあ、セリーナをロニーの嫁にしてやってくれ」と酒の上の冗談で言ったのだが、パーカー侯爵は「分かった」とすぐさま婚約を結ぶ手続きをした。父は内気な娘が変な家に嫁ぐよりも気心知れた友人の家に嫁ぐ方がいいと頷いた。
パーカー侯爵はロニーが爵位を継ぐ前に必ず借金を返済し終え、事業を軌道に乗せると言い切り、それこそ一生懸命働いている。
婚約を正式に結んだのは12歳の頃だった。私は穏やかなパーカー侯爵も優しい夫人も大好きだった。何よりロニーに恋していたのでこの婚約に大喜びをした。
「私、ロニーのお嫁さんになれるの?」
「そうだよ。セリーナのことは僕がずっと守ってあげるよ」
ロニーのこの言葉は私にとってプロポーズ同然だと感じどれほど嬉しかったか。
私は子供の頃は人見知りも強く酷く気の弱い内気な子だった。自分の気持ちを上手く言葉に出来なかった。ロニーと最初に会った時も恥ずかしさもあり、更に上手く話せないことを馬鹿にされるかもしれないと怯えて父の後ろに隠れてもじもじしていた。ロニーはおば様に似てとても綺麗な顔をしていてその雰囲気にも気後れした。
ロニーは私の反応を気にすることなく笑顔で手を差し出し「花を見に行こう」と侯爵家自慢の花壇の前まで手を繋いで連れて行ってくれた。
「ここは母上の自慢の花壇なんだ」
「うん……」
ニコニコと話しかけるロニーにセリーナはいつものようにやはり満足な返事が出来なかった。それでも彼は馬鹿にすることもなく、不機嫌になることもなく花の説明をしてくれた。
「この黄色い薔薇は母上の一番好きな花なんだ」
「うん……」
今まで会った同じ年頃の貴族令嬢たちはセリーナの反応が薄くてつまらないと敬遠した。
「セリーナってちっともお話ししなくて変な子!」
ある令嬢の放ったその言葉がセリーナの心を委縮させ人と話すことを恐れさせた。
後に分かったのだが父は塞ぎ込むセリーナを心配しそれをパーカー侯爵に相談したそうだ。それでうちの息子と話すことで人と話すことに慣れる練習をしてはどうかと誘ってくれた。二人の交流はそんな風に始まった。
ロニーは幼いころから快活で読書好きで物知りだった。2歳年上の彼は「僕はセリーナよりお兄さんだから」とよく面倒を見てくれた。彼はいつだって無口なセリーナの表情を読み取って笑顔でいろいろな話をしてくれた。
彼と居る時は心に鎧をつけることなく過ごせる。気付けばいつのまにか家族と同じように自然に話せるようになった。私はすぐにロニーに恋心を抱くようになった。彼とずっと一緒にいたい。そしてその願いが叶い婚約が結ばれた。長く一緒にいたがお互いの気持ちを言葉にしたことはない。それでも私はロニーも自分を好いてくれていると勝手に思い込んでいた。
「ロニーは経済科を専攻しなかったの?」
ロニーが一足先に王立学園に入学する。パーカー侯爵家を継ぐ彼は領地経営のために経済科を専攻すると思っていた。
「ああ、騎士科にした。体を鍛えて強い男になりたいからね」
「そうなんだ」
彼は普段から家庭教師に学び、護衛騎士からも剣術を習っていた。今の実力で充分のように思えたが彼がそう思うなら応援したい。
「頑張ってね。でも怪我はしないように気を付けてね」
学園は全寮制で長期休暇がなければ会うことは出来ない。特に騎士科は他の科より厳しい。寂しかったがそれでも彼は手紙を送ってくれていたのでそれを心待ちに過ごした。2年遅れてセリーナも入学した。男性は5年通学するが女性は結婚や家の事情で1年から5年の間の希望する年数を学ぶ。
入学後に寮で同室になった子と上手くやっていけるか不安だったが杞憂に終わりホッとした。
その子はタナー子爵令嬢のヘレンだ。彼女は気さくで誰とでも打ち解ける。初対面で緊張するセリーナにも屈託なく話しかけてくれた。一緒に過ごすことが多くなると自然と親友になった。
「セリーナは婚約者がいるの?」
「ええ、幼馴染で騎士科にいるわ」
「素敵な人?」
「とっても優しくて格好良くて勉強もできるのに騎士科で頑張っているの!」
「あはは、セリーナってば彼が大好きなのね? べた褒めしてるわ。今度紹介してね?」
「もちろん。ロニーは明るい人だからヘレンときっと気が合うわ」
この時私は無邪気にその時を楽しみにしていた。親友が出来たとロニーに自慢したかったしヘレンにはこんな素敵な人が婚約者だと言いたかったのかもしれない。
「ロニー、紹介するわ。寮の同室で親友のヘレン。ヘレン、彼が婚約者のロニーよ」
ヘレンはロニーを見て頬を赤くした。ロニーはすっかり身長が伸び鍛えた体は厚みを増し頼もしさがある。そしておば様似の顔は更に美しくなって凄みがあった。彼を見る令嬢のこの反応はいつものことなので特に気にはならなかった。ロニーは目を瞠ると嬉しそうに破顔した。
「そうか、セリーナに親友が出来たんだな。嬉しいよ。ヘレン嬢、これからもセリーナをよろしく」
「ロニー様、もちろんです。私にとってもセリーナは大事な親友なんですもの」
私は大好きな二人が仲良くしてくれたらいいなと純粋にそう思っていた。
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