妖怪奇譚【一話完結短編集】

だんぞう

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雨桜

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「女将、ここいらで傘を買えるところはあるかい?」

「旅館名の入った傘でよろしければお貸しできますが」

「いや、折り畳みのが欲しいんだ。軽いやつがいい。これから先もこういうことがあるだろうからね」

 そういえばお客様は、桜前線と共に花見旅行をしているのだとおっしゃっていた。
 ふと思い立って仕事を休んで九州を縦断中で、明日は大分、明後日には本州へ渡るとも。
 そういうことならばと折り畳み傘の買える店をご紹介した。

「助かるよ。こんな天気だからね、昨晩も結局窓を開けようって気にはならなかったし、やっぱりあの部屋でも大丈夫だったよ」

 こんな天気、という言葉に引っかかった。
 昨日も今日も快晴で、天気予報でもここしばらく晴れ続き。降水確率もずっとゼロパーセントだから。
 お客様のお名前をお聞きした際、念のためにと御札守りのお部屋へご案内したのも、思い過ごしではなく正解だったのかもしれない。

「失礼ですが鍋島様、こんなお天気というのはどのような……」

「遠雷だよ。昨晩、こっちに着いてからずっとゴロゴロ響いてる。見た感じよく晴れてはいるが、いつ降り出すかわかったもんじゃない。何なら今も聞こえているんだ。今日は唐津城の桜を見に行こうと思っててね、まあ雨と桜というのも風流だろうけどさ」

 耳を澄ましてみる。
 しかし私の耳には穏やかな春の朝の音しか聞こえない。雷めいた音など欠片も。

「あの、鍋島様……お話しは変わりますが、鍋島というご苗字ということは、もしやご出身はこの近くでございますか?」

「そう……らしいね。父方を辿ればこのあたり、というのは聞いたことがある。もっとも祖父が小さい頃に何かあったらしくてね、今の実家は北海道なんだ。曾祖父以前のお墓はこっちにあるらしいが、ご先祖様のお墓参りをしたくとも場所を教えてもらえなくてね」

 これは間違いない。

「あの、鍋島様。悪いことは申しません。本日は外出をお控えなさるか、さもなくば次の目的地へと早々に立たれることをオススメいたします」

「変なことを言いだすね。遠いご先祖様の見た唐津城の桜はこの旅でも特に楽しみにしていたんだ」

 鍋島様は眉をしかめるでもなくお笑いになる。
 ご気分を害されなかったのは何よりだけど、冗談だと取られてしまったようだ。
 私だって冗談で済ませられるのであればそれに越したことはない――けれども。
 なぜ当旅館に「御札守りのお部屋」があるのかと言えば、遠い昔にも似たようなことがあったと聞いているから。
 鍋島という名の客は必ずそこへ泊めろと、他にも障りを抱えていそうな客もそこへと。
 部屋に御札と言えば「何か出るから」と気にされるお客様は少なくない。
 でもここは「何も出ないように」と作られた部屋。
 はめ殺しの小さな窓、壁は防音――実は二重で、間の壁に御札を貼ってある、いわば結界に守られた部屋。

「いえ、」

 と言いかけた言葉を思わず呑み込んだ。
 私にもゴロゴロが聞こえたから。
 遠い昔に、鍋島のお殿様がかつて仕えていた主君を理不尽に亡き者にして領地を奪った事件――あの騒動にアレが絡む話は今では創作とされているが、地元では違う。
 それに言及すると、それに絡むと、巻き込まれる――だから、なかったものとしているだけ。
 心の中で唱える。先代女将より伝えられたまじない言葉を――かつぶし、かつぶし、私は関係ありません。

「では、いってらっしゃいませ」

 精一杯の笑顔でお客様を見送り、目立たぬ場所に盛り塩ならぬ盛り削り節を用意する。
 きっとあのお客様の所にだけ雨が降るのだろう。
 その雨に濡れた桜は赤みを増してとても綺麗だとも伝わるけれど、私は絶対に見に行かない。



<終>
化け猫
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