妖怪奇譚【一話完結短編集】

だんぞう

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砂町富士

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 富士山を模した富士塚は古くから信仰の対象として人々に愛されてきた。
 本物の富士山は遠いしなかなか詣でることもできないが、富士塚ならば気軽に訪れることができる。
 都内だけでもそこそこの数が現存している富士塚は、当時はいわば会いに行ける富士山というやつだった。
 実際、富士塚は、富士山の本物の溶岩をわざわざ運んできて塚の一部として使用していたりもする。
 本物とは段違いの標高とはいえ一合目から十合目まで標が立ててある富士塚もあり、なかなかに侮れない霊験あらたかな場所なのである。
 そんな富士塚の中には七月一日、本物の富士山の山開きに合わせて富士塚の山開きを行うところもある。

 砂町は富賀岡八幡宮の境内、末社の富士浅間神社の傍らにも富士塚があるのだが、ここは山開き以外にもう一つ「開き」イベントが存在する。
 それは「蓋開き」と呼ばれているらしい。
 何の蓋かというと、いわゆる地獄の釜の蓋というやつだ。
 危険なので詳しい日時は教えられないが、その日だけは「不死塚」と呼ばれる砂町富士の頂きから、大勢の亡者が現れるという。
 私はそれを地元のご老人から教えていただいた。

 砂町がまだ砂村と呼ばれていた頃な、ここいら一帯は南瓜の名産地だったんだよ――と、話が始まった。
 昔は今みてぇに「見張り役」が居らんかったから、「蓋開き」の日にゃぁ出てきた亡者がその辺を歩き回って、南瓜に混ざって生首が転がっていたりもしたもんよ。
 でもなぁ、亡者の側に悪気があるわけじゃねぇんだ。
 江戸時代はちょっと遡れば戦国時代だ。先祖に武士や、農民ながらに武器持って戦った者たちが居りゃぁ、そりゃ自分の生首を持って出てくるのも居るだろうよ。
 自分の頭を小脇に抱え、そろりそろりと不死塚を降りてくるんだ。
 まだ灯りも少ねぇ江戸時代、しかもあの急勾配だ。うっかりつまづいて、自分の頭を転がしちゃう奴も居てなぁ。
 南瓜畑をうろついて自分の頭かと南瓜を抱えたそいつらは、そりゃあ化け物に見えちまっても仕方がねぇ。
 え? 知らねぇのかい?
 浮世絵にもなっているんだがね。砂村の怨霊って呼ばれてなぁ――そこでご老人は空を見上げた。
 私も一緒に空を見上げる。
 星がいっぱい。
 その夜は都内にしては珍しく星がたくさん見えた。

 ふぅ、と溜め息を一つついた老人は、再び話し始める。

 時代が変わるってのは、こういうことなんかねぇ。
 最近は見ねぇもんなぁ。
 皆、消えちまってねぇ。

「幽霊って、消えるもんじゃないんですか?」

 思わず合いの手を入れてしまった。

 いや、そういうんと違ぇんだ。
 なんつうか「自分」を保てなくなるのさ。
 自分と世界との境界が曖昧になってな、人の姿のままじゃいられなくなるんだ。

「……天国へ行くんですか?」

 ああ、極楽のことだな。
 残念ながらそうじゃない。
 この世に残っている連中は、あの世へ行きそこねた連中なのさ。
 何かしら未練があったんだろうよ。
 そいつにしかわからねぇ未練さ。
 他のやつらにゃどうでもよくても、そいつにとっては死んでも死にきれねぇ程度のよ。
 ただな。
 そのうち、その未練の元まであの世に行っちまったら、本当に何のために残っているんかわからなくなってな……消えたくもならぁな。

 ご老人はそこで咳払い。

 あんなぁ。
 「見張り役」の役目は二つあるんだ。
 一つぁ、霊と人とが出会わねぇよう気ぃつけるこった。
 まあ、そりゃうまくいかないときもあらぁな。
 そんでも霊ってのは、脅かしてぇわけじゃねぇ。
 呪いてぇわけでもねぇ。
 今日は出れる日かいっつって出てきたら、こんちはってことになっちまっただけでな。
 「見張り役」はそういうことを……害はねぇ連中だよっつぅことをお知らせすんのさ。
 驚かしちまって勘弁なっつって。
 もう一つぁ――ご老人は初めて私の方を見た。
 消えた連中のことを誰かが語り継いでってやれたらなっつう、まあ互助会みてぇなもんだな。

 その途端、ご老人は消えた。
 たった今まで話していたのに、ずっとその横顔を見つめていたはずなのに、そのご老人の顔を全く覚えていない。
 浴衣みたいなのを着ていたことだけはおぼろげに残っているんだけど。

 私は暗闇のなか、ひっそりと佇む砂町の富士塚を見上げた。
 もう星は見えにくくなっていた。
 語り継ぐ、か。
 私はそこでスマホを開く。
 この話を書いたのは、そういう理由から。



<終>
砂村の怨霊
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