【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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第6章 変化

4 心を弱くしたらやられる

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 弓削ゆげが鳥居の中に足を一歩踏み入れようとした時、

「フーミーン!こっちこっち!」

 後ろから急に声をかけられてビクッとする。振り向くと、六甲道ろっこうみち朱実あけみが駅前の石段を降りながらこちらに手を振っていた。

「あれ?朱実ちゃん?どうしてここに?」

 まるで待ち合わせわをしていたような朱実の登場の仕方に、弓削は首を傾げる。朱実は鳥居の前まで急ぎ足で駆けてきて、あっついねーと手に持ったうちわを仰いだ。弓削の隣りに立ち、弓削の顔にも風を当ててくれる。

「え、どうしてあたしがここにいると分かったの?」

 その質問に、朱実はへへ~といたずらっ子のように笑う。

天冥てんめいさんがさあ、迎えに行ってやれって」
「え、天冥さんが?」

 質問の答えにはなっていない。弓削が聞きたいのはどうして自分がここにいるか分かったか、だ。怪訝な顔の弓削に気づき、朱実が言葉を足す。

「ああ、天冥さんってさあ、たまに予知ができるんだよね。虫の知らせっていうの?たぶん、フーミンがここに来るって分かったんじゃない?」

 いや、普通人の虫の知らせを信じてここまで来るかなあ?そんな不信感は拭えないが、ニコニコ顔の朱実を見てると、きっと過去にも似たようなことが何度もあって二人の間の信頼感が生まれたのだろうと推察した。さっきまで一人で異世界に来たような感覚でいたので、正直知った顔に出会えてホッとはした。

「あ、ねえ、ここって見渡した限り石碑がズラッと並んでるだけで何にも無いんだけど、何でこんなに大きな鳥居だけドーンってあるの?」
「石碑…ああ、ここに並んでるのは道祖神どうそしんっていってね、土地の厄除けに建てられてるんだよ。んーと、あたしも昔の歴史のことはあんまし詳しくないんだけどね、まだ平安時代だった頃にはこの辺りにも源氏の屋敷とか神社があったらしいよ。今はね、ほら、このローカル線の終着駅って妙見山みょうけんさんの登山口になってるでしょ?その山頂には妙見宮があるんだけど、ここがその妙見参りの最初の鳥居ってことになってるのよ。だからこの鳥居だけは残されてるらしいよ」

 なるほど、だから周囲には何もないのか。弓削はもう一度鳥居の奥に目を凝らす。さっきは蛍のような光が浮遊していたはずだが、今はもう消えて見えなくなっていた。

 「それよりさあ、久遠寺くおんじに来てくれるんでしょ?ちょうど手が足りなかったのよ。手伝ってくれたら助かる」

 そう言って駅への道へ踵を返す朱実の後ろ姿を見て、ふと、違和感を覚えた。彼女はノワールでの惨劇をまだ知らないのだろうか?だとしたらこれから、自分はそれを彼女に告げるという嫌な役目を負うことになる。弓削は慌てて朱実を追いかけ、彼女の隣りに付けでその横顔を覗いた。

「え?何?」

 朱実は目線だけ弓削に向ける。

「あ、あの、とても言いにくいんだけど…」
「え、何何い?ひょっとしてあたし、目ヤニとか付いてる?」
「え、違うわよ。えーとね、今朝のノワールでのことなんだけど……」

 朱実は弓削が何を言いたいのか気づいたのか、眉根を下げて目線を前に戻し、そしてポツンと言う。

「アキさん、死んじゃったね」

 そっきまでとは違う低いトーンでそう言ったが、それはまるでずっと観ていたドラマでお気に入りの登場人物が死んじゃった、それくらいのテンションにしか弓削には受け取れなかった。どれくらい一緒に暮らしていたのか弓削には分からないが、少なくとも一晩酒を酌み交わしただけの自分とは違う。あたしでもこんなに胸が痛いのに、と、朱実の言い方はあまりにも薄情に思えた。

「え、それだけ?」

 思わずそう言ってしまった弓削の顔を、朱実はまた横目で見る。

「それだけ、て?」
「あ、いや、普通もうちょっと悲しむんじゃないかなあって…」
「悲しいよ、十分。でもさ、人っていつかは死ぬじゃん?それがきのうだったってだけでしょ?」
「いやいやいや」

 あっけらかんとした朱実の言葉に、弓削は大きく頭を振った。

「あたし、実は亡くなった三国さんの姿見たんだけど、三国さん、首を何者かに噛まれて息絶えてたのよ?事故とか病気じゃないの!そんなことがなかったら、三国さん、もっと元気に生きてたはずなのよ?それをいつかは死ぬからって、そんなの割り切り過ぎじゃない?」

 朱実だって本当は悲しいのを必死で隠して元気にしているだけかもしれない。その可能性を考慮せず、感情のままに口走ってしまったと、弓削は言ってから口を手で抑えた。自分は朱実と友達じゃない。刑事としてここにいるのだ。なのにこちらが感情的になってどうする。相手のありのままの言葉を引き出すのが自分の役目なのに、一体何をやっているんだろう?朱実はそんな思いでいる弓削に優しく微笑みかけてきた。

「アキさんのこと、思ってくれるんだね。ありがとね、フーミンは優しいね」

 朱実の手が弓削の頭上に伸び、頭をなでなでする。おそらく朱実の方が自分より十歳ほど歳下だろう。そんな彼女に、なぜか慰められている。だがそれが妙に収まりが良かった。

「あ、ごめんなさい。あたしなんかより、朱実ちゃんの方が悲しいよね。悲しみ方は人それぞれなのに、あたしったら余計なこと言って」

 それを聞き、朱実は首を振る。そして弓削の目を心配そうに覗き込む。

「いいのよ。でもねフーミン、自分のこと責めちゃダメよ。この町ではね、心を弱くした人からやられていくから。気をしっかり持って」

 この町では心を弱くした人からやられていく……

 その言葉が妙に引っ掛かった。

「それって、どういう…?」

 朱実はまつ毛を伏せ、大きな翳りが目を覆う。口元から笑みも消えた。

「これからね、もっと、人が死ぬよ。もっともっとたくさん。あたしはね、フーミンにはそこに入って欲しくないって思うんだ」

 朱実の口にした内容に、背筋から悪寒が走った。山を超えてシャツは汗で湿っていたが、その湿りが一気に凍った気がした。弓削は朱実の腕を掴み、下から顔を覗き込む。

「何か知ってるのね?この町で起こってること!知ってるなら教えて!ねえ、この町では一体、何が起こってるの!?」

 弓削が朱実の腕をゆすり、朱実の張りのあるほっぺがふるふると揺れる。朱実はその弓削の手を掴み、ゆっくりと口角を上げた。

「あたしってさ、そういうの、説明すんの下手だからさ。今から久遠寺くおんじに行くじゃん?詳しいことはそこでさ、天冥さんか住職に聞いてくれる?」

 そして駅の方向を向き、スタスタと駅の改札前を通り抜けていく。弓削はその後を急いで追いかけた。駅の西側のロータリーには白い軽トラが停まっていて、朱実はそのトラックのドアを開けて運転席に乗り込む。弓削も助手席に乗り込んだ。

「え?この軽トラって、朱実ちゃんの?」

 朱実はエンジンをかけ、アヒル口で弓削を睨む。

「そのさ、朱実ちゃんってまどろっこしいからやめにしない?朱実でいいよ。それか、アメノヤスハカノアケボノ姫か」 
「じゃあ…これって朱実のトラック?」
「お、もう一つの名前はキレイにスルーしたねえ」
「アメノなんちゃらって何よ、そっちの方がまどろっこしいじゃない」
「確かに!」

 笑いながら、発進した。駅前を真っ直ぐ西へ行けば鮫島さめじま家の事件現場になるが、トラックは線路を北に沿って走り、途中から田んぼの畦道へと入っていく。

「この軽トラはさ、天冥さんがセフィロトから借りてきたのよ」

 セフィロト、という名前が出て弓削の眉がピクつく。

「ねえ、天冥さんって、セフィロトとはどういう関係なの?」
「ええ?うーん…それもあたしの口から言うと誤解させちゃうかもだから、本人に直接聞いて?」

 朱実の口ぶりから、やはり天冥はセフィロトと何らかの関わりがあることが伺える。そんな黙考顔の弓削を横目に、朱実が言葉を足す。

「刑事さんたちはさあ、セフィロトのことを何か変な勘違いしてるみたいだけどさあ、別に怪しい人たちじゃないよ?あの人たちはね、ただ土地の恩恵を受けて暮らしているだけ。宗教とか、何とか団体とか、そんな何かを世の中に広めて自分たちの利益にしようなんてこと考えてないから」
「土地の恩恵…て、その土地で採れた作物だけで生きるみたいな?」
「うん、そういうのもしてるよ。たまにね、作り過ぎた作物を安く売りに来てくれるんだ。ほら、この軽トラに積んでね」

 朱実の話を聞いているだけだと、最近流行りの、都会からリタイアして農村で暮らす集落という感じがする。そういう素朴な暮らしが年寄りだけでなく若者にも浸透し出してきているというドキュメンタリーをテレビで観た気がする。だが本当にそれだけなら朝霧たちのような公安調査庁が特命調査チームを組んでまで目をつけるだろうか?まずは天冥からより詳しい話を聞かなければいけない。舗装されていない道にガタゴトと揺られながら、弓削はこれからの自分の目標を再認識した。
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