裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都

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60 追われるローゼリア

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「義母上、こっちです」

「はあ、はあ、はあっ…」

 イアンに手を引かれ、ローゼリアは王都の平民街を息を切らしながら走っていた。足の速さには少し自信があったが、長時間走り続けるには体力が足りない。



 ◆◆◆



 事の起こりはオルコット商会での仕事を終わらせた後、ローゼリアの念願だったカフェでお茶をする為にイアンと貴族街を歩いていた時に始まる。

 どのカフェに入るのかは街を歩きながら決めたいとローゼリアが言い、イアンもそれに付き合うと言うので二人でふらふらと街を歩いていた。

「……視線を動かさないまま聞いて下さい。多分俺たちは何者かにつけられています」

 突然イアンがローゼリアの耳元でそう囁いた。

「それは確かですの?」

「ええ、先ほどから俺たちは何カ所も同じ道を引き返して店を探していますが、俺たちに付いてきている奴らがいます。後ろは絶対に見ないで下さい。馬車を停めたオルコット商会からは離れてしまいましたので、このまま平民街まで行って相手を撒きましょう」

 そう言うとイアンは平民街へ向けて歩き出したのだが、平民街へ入ったところで前方から数人連れの平民と思わしき男たちが歩いているのが目に入った。自分たちを尾行している者たちではなかったが、彼らを見た途端イアンはローゼリアの手を引いて急いで路地裏へと入り走り出した。後ろの方で「待ちやがれっ!」という怒鳴り声が聞こえた。

 少し走ったところでイアンが建物と建物の間に滑り込み、建物の壁に立てかけられていた木材の影にローゼリアと共にしゃがむ事で隠れることができた。

「おいっ、見失っちまったぞ!」

「くそっ!女を渡さねえと金が貰えなくなっちまう」

「いや、女連れだからそうそう遠くには行けねえはずだ」

 男たちはローゼリアを追っている、それを知ったローゼリアは固い壁に背を預けたまま、体がカタカタと震えしまうのを止められなかった。

 ここで音を出したらまずい、そう分かっているのに体の震えは止まらない。

 その時ローゼリアの隣に座ったイアンが、腕を動かしてそっとローゼリアの肩を抱いて自分の胸に引き寄せてきたのだった。

(……えっ?)

 イアンは落ち着かせるようにローゼリアの背を優しく撫でる。そうされているうちに自然とローゼリアの震えは収まってきたのだった。

 男たちの声はどんどん遠くなっていき、会話が聞き取れないところまで離れたと思ったところで突然、ドタドタッと走る足音と刃物同士をぶつけあうような金属音と共に男たちの怒鳴り声がまた近づいてきてしまった。

「くそっ!」

「待てっ!!」

「ふざけんなっ!俺たちは何もしていなっていって言ってるだろうっ!」

「お前らの仲間がすぐそこの家で金髪の女を探しているって住人に聞いていただろうっ!」

「何かの聞き違いだろうっ!お前ら、散れっ!」

「おい、こらっ!待つんだ!」

 そしてまたドタドタと走る音がしたと思ったら、音はやがて小さくなって静かになった。

「……ふう、いなくなったようですね」

 イアンがローゼリアから身体を離すと、イアンは安心したように息を吐いた。

「さっき正面から歩いてきていたヤツらは街のゴロツキ共で、人を攫って売り飛ばす噂がずっとあるヤツらなのです。いつも街に繰り出す時は夜なのに今日は珍しく昼間の街に集団でいたので嫌な予感がしてあいつらを避けたのですが、逃げて正解でしたね」

「わ、私が狙われていたのでしょうか?」

「詳しい事は分かりませんが、早く屋敷へ戻りましょう。暗くなるとこの辺りの治安は悪くなりますから時間が経つほど動きにくくなります。立てますか?」

 そう言ってイアンはローゼリアを安心させるように笑う。

 ローゼリアはイアンの笑顔に温かさと頼もしさを感じた。

(イアン様はこんな時でもお優しいのね)

 ローゼリアは何とか気力を振り絞って立ち上がると、自分からイアンの手を握った。

 何故かローゼリアの胸はドキドキと強く波打っていた。
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