裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都

文字の大きさ
61 / 70

61 無自覚な嫉妬心

 辺りの様子を慎重に伺いながらイアンは狭い建物の間を抜け出して路地裏へと出る。

 このまま路地裏に潜んでいたいところだったが、こちらもこちらで奥へ行けば危険な場所もあるので、通りに出るしか方法が無かった。

「俺が着ていた服で申し訳ありませんが、これを頭に被っていて下さい」

 そう言ってイアンは自分が着ていた紺色の上着をローゼリアに差し出す。先ほどから男達は“金髪の女”と何度も話していた。エルランドではそうそう珍しくはない髪色だが、ランゲルの平民街では特にローゼリアの白金の髪色は目立つのだ。

「……ありがとうございます」

 ローゼリアは恥ずかしそうにそう答えると、大人しくイアンの上着を頭に被る。

 歩きながらもイアンは周囲の様子を伺う事を怠らなかった。

 ひと言も話さないまま平民街の大通りを歩くイアンとローゼリアだったが、イアンの足がふと止まった。イアンの様子に気付いたローゼリアが前方を見ると、往来している人々に混ざって、以前平民街でイアンに声を掛けてきた女が歩いてくるのが目に入ってきた。

 たとえ暑くても肌をあまり見せない服装を心がける貴族とは違い、暑いからとすぐに薄着になるのは平民にとって当たり前の事だった。季節的に暑さが厳しいせいか平民である彼女の着ているワンピースの袖と裾は前会った時よりも短く、胸元も大きく開いていていて彼女の自慢であろう胸の大きさを強調している。周りを歩く他の平民女性よりも彼女が肌を出している面積は明らかに大きい。以前会ったのは冬だったので、寒さ対策のためにあれでも露出を控えていたのだろう。あの時よりも肌を出している女は、手の平で自分の顔を扇ぎながら歩いている。彼女はローゼリアとイアンに気が付くと足を止めた。

「あら、久し振りね。さっきチェーリオと手下たちが人を探していたけれど、アンタたちの事だったのね」

 以前会った時にイアンが冷たくあしらったので、女の口調に親しさは無く冷たかった。

「アイーダ、俺たちの事をあいつらに言うのか?」

「さあ、どうしようかしらねえ?」

「お前、チェーリオに話したら後で覚えてろよ」

「ふふふ、あんまり口が悪いと大きな声を出しちゃおっかなあ」

「くっ……」

 アイーダは値踏みでもするようにイアンとローゼリアをゆっくりと眺める。

「決いめたっ。イアン、財布を出しなさい」

 アイーダはそう言ってイアンに手を差し出す。

 イアンは懐から財布にしている革袋を取り出して無言でアイーダに渡す。

「あら、お貴族様ってツケで買い物をするって聞いていたけれど、イアンは現金主義なのね。意外と持っているじゃない」

 そう言いながらアイーダは金貨を二枚取り出して自分の懐に入れて、残りは財布ごとイアンに返した。

「おいっ、金貨二枚は取り過ぎだろうっ」

「だって、貴族の命ってすごく高いのでしょう?それに比べたらねえ、金貨一枚なんて安いものよ。それともう一枚は前に私に冷たくした慰謝料よ。これでチャラにしてあげるのだから私ってば心がひろいわぁ」

「くそっ、しっかりしてやがる」

「そういえば、さっきそこでロイドを見つけたから呼んできてあげるわ。巡回騎士と一緒ならアンタたちも安心でしょう?」

「お前、ロイドとは別れたんだろう?」

「いちいちそんな事を気にしてたらやってられないわよ。だからアンタは顔がいいくせにすぐに女に振られるのよ」

 そう言ってアイーダはイアンの額を指でピンと弾くと、来た道を掛けて行った。

 ローゼリアは黙って二人のやり取りを見ていたが、気安い態度の二人を見ているうちに、胸の中でモヤモヤとした何とも言い難い感情が湧き上がるのを感じていた。

「イアン様、アイーダさんでしたっけ?仲がよろしいですのね。よくお会いになられるのかしら?」

「アイーダとは昨年義母上と一緒にここで会って以来ですよ。俺が忙しくしているのは義母上もご存知でしょう?」

「義母上、義母上って私は貴方のお母様ではなくてよ!」

 ローゼリアの急な変わりように、イアンは驚きの表情を浮かべる。

「えっ、今更それですか?」

「ええ、突然嫌になりましたのっ!もう私の事は母と呼ばないで下さいまし!」

「急にどうしたんですか?今がどういう状況か分かってます?」

 こんなところで言い合いの喧嘩なんて始めたら目立つ。せっかく金貨二枚と交換でアイーダが見逃してくれたのにこれではまずいとイアンは焦り始めた。

「くそっ、……何なんだよ」

 下を向いてそう小さく言うと、イアンは自分の黒い髪をくしゃくしゃと掻いた。

「おいイアン、道端で痴話喧嘩かよ?アイーダにイアンがいるって聞いて来てみたらコレかよ」

 イアンが振り返ると護衛騎士の制服を来た男が人の良さそうな笑みを浮かべて立っていた。

「久し振りだなロイド。巡回の仕事か?」

「あ、ああ。休みだったんだがちょっと呼び出された」

 二人のやり取りを見ていたローゼリアが突然一歩前へ出る。

「私決めましたわ!この方に守ってもらいます。イアン様はお一人で帰って下さい」

「はぁ?何を言ってるんですか?ロイド、俺たちは大丈夫だから仕事に戻ってくれ」

「これもお返し致しますわ。ありがとうございました」

 そう言ってローゼリアはイアンに借りていた上着を突き返すのだった。

「まあまあ、お嬢さんも落ち着いて下さい。イアンが何をしたのか知りませんが、貴族街に戻りたいのでしたら俺がお伴をいたしますから、こんなヤツは置いていきましょう」

 ロイドが日に焼けた顔に笑顔を浮かべたままローゼリアの腕を取ろうと動いた時、イアンが素早く動き、ローゼリアとロイドの間に入ると、ローゼリアを背に庇うようにしてロイドと対峙した。

「テメエ、何しやがるんだよっ」

「ロイド、お前本当に今日は仕事か?」

 イアンは噛みつかんばかりにロイドを鋭く睨みつけながらそう言った。
感想 7

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」 新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。 それもそのはず。 2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。 でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。 美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。 だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。 どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。 すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?  焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

『「ママは我慢してればいいんでしょ?」と娘に言われた日、私は妻をやめた』~我慢をやめた母と、崩れていく家族、そして再生~

まさき
恋愛
私はずっと「いい妻」でいようとしてきた。 夫に逆らわず、空気を読み、波風を立てないように生きる。 それが、この家を守る唯一の方法だと思っていた。 娘にも、そうであってほしかった。 けれど── その願いは、静かに歪んでいく。 夫の言葉をなぞるように、娘は私を軽んじるようになった。 そしてある日、夕食の後片付けをしていた私に、娘は言った。 「ママはさ、我慢してればいいんでしょ?」 その一言で、何かが壊れた。 我慢することが、母である証だと思っていた。 だがそれは、私自身をすり減らすだけの“呪い”だった。 ──もう、我慢するのはやめる。 妻であることをやめ、母として生き直すために。 私は、自分の人生を取り戻す決意をした。 その選択は、家族を大きく揺るがしていく。 崩れていく夫婦関係。 離れていく娘の心。 そして、待ち受ける“ざまぁ”の行方。 それでも私は問い続ける。 母とは何か。 家族とは何か。 そして──私は、どう生きるべきなのか。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。