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48 ヘンリックとマリーナ
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【ヘンリックside】
夜会を途中で抜け出したヘンリックはマリーナの元へと向かった。
突然の欠席を咎めるつもりは無かったが、ヘンリックは確かめたかったのだった。
マリーナを唯一人の妃とする為に、ヘンリックは10年間も婚約関係にあったローゼリアを切り捨てた。
ローゼリアとの婚約を破棄する為に、フォレスターと敵対関係にあったヴィルタ公爵と手を結んだ。その結果、建国の時代から王家を支え続けてきたフォレスター家は潰されてしまった。
王家との関係が拗れる事でフォレスターが力を失くす事を予測はしていたが、まさか爵位返上の憂き目に遭わせる事にまでなってしまうなんて思わなかったのだった。
しかしフォレスターの事件を無かった事には出来ないし、もう引き返せない。マリーナにはそれだけの価値があるのだとあの頃は信じていたから、ヘンリックは自分が変えてしまった道の先へと進むしかなかった。
今日は大切な日だったが、体調を崩してしまう事は仕方がない。寝込んでしまうほどの頭痛なのだ、決まり事の多い王家に嫁いで疲れや気鬱が溜まっていたのかもしれない。
夜会に出れずに落ち込んでいるであろう彼女の頭を撫でて慰める事が出来ればそれでいい。結婚する前のようにかわいく甘えてくれれば自分は彼女を選んで良かったとそう思えるはずなのだから。
しかし、今夜の夜会で見たローゼリアの姿が頭から離れてくれない。
偶然街で出会って気になっていた女性が自分の元婚約者だなんて思わなかった。
彼女は以前とは比べ物にならないくらい美しく変わった。
でもそれよりもヘンリックの心を掴んだのは、彼女の表情が生き生きとしていたところだった。
大きなサファイアのような瞳をキラキラと輝かせ、少女とも大人の女性ともいえない絶妙な雰囲気を漂わせながら見せるあんな表情、自分の前では一度だって見せた事がなかった。
先ほどの会話で自分に嫌味を言ってきた冷めた表情さえ美しいと思ってしまった。
ヘンリックはマリーナの顔を見る事で、自分の頭の中に残るローゼリアの姿を消したかった。
色々な事を考えながらヘンリックはマリーナの部屋の前まで辿り着いた。マリーナの部屋の前には安全のため、常に近衛騎士を二人ほど置いている。
マリーナの部屋の前を守る二人の騎士は、先触れも無くヘンリックがやってきた事にひどく驚いた表情を浮かべて、焦った様子でヘンリックの入室を止めようとしたのだった。
「ひ、妃殿下はただ今お休み仲でして……」
「体調を崩しているとは聞いている。ひと目顔を見たらすぐに夜会に戻る」
そんな騎士たちの様子には気が付かないヘンリックは一応は小さくノックをしたが、寝ている事も考慮して返事を待たずに、マリーナの部屋のドアを開けてしまった。
マリーナは確かに部屋の中にいた。応接セットの二人掛けのソファーに座る彼女の隣には見知らぬ男がいてドアが開いた瞬間、お互いに握り合っていた手がぱっと離れたのをヘンリックは見てしまったのだった。
「何をしている?」
部屋に入ってきたのがヘンリックだと分かると、マリーナはすぐに男から距離を取るように離れたが、その行動は二人がただならぬ関係ではないのかと疑わせる証拠のように思えてしまう。
「商人を呼んでいましたのよ」
「こんな時間に?人払いまでして?それに商人の出入りは禁止したはずだ」
確かにソファーの前に置かれたローテーブルの上には、いくつもアクセサリーが置かれていた。しかし部屋の中を見回しても侍女も護衛もいない。そしてドアはしっかり閉じられていた。
事が起ころうが起こらなかろうが、二人は完全な密室にいたのだった。
青い顔をしてガクガクと震えている商人らしき男とは対照的に、マリーナは落ち着いた様子だった。何も無かったのだから問題はない、きっとそう思っているのだろう。
「私が個人の資産で何をしようともヘンリック様には関係ありませんわ」
「どうして夜会を休んだ?頭痛がしていたのではないのか?」
「ヘンリック様があのネックレスをキャンセルしたからですわ。滅多に手に入らない貴重なものでしたのに……。それに王太子妃が古いアクセサリーで夜会に出れるわけがないでしょう」
商人の出入りを禁止した時、今目の前にいる商人と名乗る男とは別の商人が今日の夜会の為にと、大粒のルビーを使ったネックレスを持ってきていたが、ヘンリックの独断でキャンセルをした。その代わりとして王家の女性たちに受け継がれてきたダイヤモンドのネックレスとイヤリングを渡したのだが、それが気に入らなかったらしい。
マリーナが夜会を欠席した本当の理由を知ったヘンリックは、ふつふつと怒りの感情が湧いてくるのを感じていた。
「……キミに渡したあれらの品々は、代々王族の女性たちを飾っていた歴史ある価値の高い宝飾品だ」
「あらそうでしたのね。まあ価値のあるものかもしれませんが、流行りのデザインではありませんわ。私は着けませんのでお返ししますわ」
「分かった。――誰か、部屋に入ってこい!」
ヘンリックが声を張り上げると、ドアの外にいた近衛騎士が部屋に入ってきた。
「王太子妃は離宮にて謹慎させる。そこの商人と申している者は取り調べをした後に二度と王宮に入らせないようにしろ」
騎士がマリーナに退室を促そうとするのだが、彼女は納得していなかったようでヘンリックに噛みつくような態度を見せる。
「なっ……、私は何も悪い事はしていないわ!」
「密室に男と二人でいたというのは不義密通の嫌疑をかけられても文句は言えないと教わらなかったのか?」
不貞が無かったとしても、そう思われる状況に置かれる事でさえも不味いのに、マリーナは自らそのような状況を作っていた。
未遂であったようなのと、結婚したばかりで王太子妃による不貞の噂は王家としても望んでいないので、今回は公にはしないがやはりマリーナには教育が必要だとヘンリックは考えていた。
「ああっ!もうっ!貴方と結婚してからは我慢ばかりだわっ!もう嫌!こんな生活っ!」
マリーナは淑女とは言えない様子でダンダン!と激しく地団駄を踏むが、もうヘンリックは何も感じる事は無かった。
「すぐに連れて行け」
「はっ」
マリーナと商人は別々に連れて行かれた。
妻の部屋に一人で残されたヘンリックは誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。
「……私は物心がついた頃から我慢ばかりしていたよ。妻をキミにしたのは私の初めての我儘だったんだ」
ヘンリックは窓から空を見上げる。窓の外には暗い空が広がっていただけだった。
そしてヘンリックの頭の中には生き生きとした表情でダンスを踊るローゼリアの姿が浮かんでいた。
王太子妃となる事も、自分の妻となる事も、彼女が望んでいるのだとずっと思ってきた。
婚約破棄をしてからの彼女と顔を合わせたのは僅かだが、会う度に彼女は自分に違う表情を見せる。堂々とした態度でヘンリックの誘いを拒絶する。
彼女は自分が思うよりもずっと表情が豊かな女性だった。しかし彼女は自分と向き合う時だけ婚約者時代のように表情を消してしまう。
婚約者時代、彼女はずっとヘンリックに対してはにこやかに接していた。何も表情を乗せていない笑顔は何を考えているのか分からなくて、一度だけその笑顔が嫌いだと言った事もあった。
それでも彼女は変わらなかった。ヘンリックは益々彼女の事が分からなくなっていった。
しかしヘンリックは彼女も自分と同じように幼い頃から我慢を強いられてきたのだと今さらながらに気が付いてしまった。
あれだけ表情が豊かな彼女が表情を消すと言うのは、厳しい訓練の賜物だったのだろう。
もしかしたら彼女が笑顔の下に隠していたのは好意ではなく嫌悪なのかもしれない。
ヘンリックはもう一度だけローゼリアと話がしたい、そう強く思った。
夜会を途中で抜け出したヘンリックはマリーナの元へと向かった。
突然の欠席を咎めるつもりは無かったが、ヘンリックは確かめたかったのだった。
マリーナを唯一人の妃とする為に、ヘンリックは10年間も婚約関係にあったローゼリアを切り捨てた。
ローゼリアとの婚約を破棄する為に、フォレスターと敵対関係にあったヴィルタ公爵と手を結んだ。その結果、建国の時代から王家を支え続けてきたフォレスター家は潰されてしまった。
王家との関係が拗れる事でフォレスターが力を失くす事を予測はしていたが、まさか爵位返上の憂き目に遭わせる事にまでなってしまうなんて思わなかったのだった。
しかしフォレスターの事件を無かった事には出来ないし、もう引き返せない。マリーナにはそれだけの価値があるのだとあの頃は信じていたから、ヘンリックは自分が変えてしまった道の先へと進むしかなかった。
今日は大切な日だったが、体調を崩してしまう事は仕方がない。寝込んでしまうほどの頭痛なのだ、決まり事の多い王家に嫁いで疲れや気鬱が溜まっていたのかもしれない。
夜会に出れずに落ち込んでいるであろう彼女の頭を撫でて慰める事が出来ればそれでいい。結婚する前のようにかわいく甘えてくれれば自分は彼女を選んで良かったとそう思えるはずなのだから。
しかし、今夜の夜会で見たローゼリアの姿が頭から離れてくれない。
偶然街で出会って気になっていた女性が自分の元婚約者だなんて思わなかった。
彼女は以前とは比べ物にならないくらい美しく変わった。
でもそれよりもヘンリックの心を掴んだのは、彼女の表情が生き生きとしていたところだった。
大きなサファイアのような瞳をキラキラと輝かせ、少女とも大人の女性ともいえない絶妙な雰囲気を漂わせながら見せるあんな表情、自分の前では一度だって見せた事がなかった。
先ほどの会話で自分に嫌味を言ってきた冷めた表情さえ美しいと思ってしまった。
ヘンリックはマリーナの顔を見る事で、自分の頭の中に残るローゼリアの姿を消したかった。
色々な事を考えながらヘンリックはマリーナの部屋の前まで辿り着いた。マリーナの部屋の前には安全のため、常に近衛騎士を二人ほど置いている。
マリーナの部屋の前を守る二人の騎士は、先触れも無くヘンリックがやってきた事にひどく驚いた表情を浮かべて、焦った様子でヘンリックの入室を止めようとしたのだった。
「ひ、妃殿下はただ今お休み仲でして……」
「体調を崩しているとは聞いている。ひと目顔を見たらすぐに夜会に戻る」
そんな騎士たちの様子には気が付かないヘンリックは一応は小さくノックをしたが、寝ている事も考慮して返事を待たずに、マリーナの部屋のドアを開けてしまった。
マリーナは確かに部屋の中にいた。応接セットの二人掛けのソファーに座る彼女の隣には見知らぬ男がいてドアが開いた瞬間、お互いに握り合っていた手がぱっと離れたのをヘンリックは見てしまったのだった。
「何をしている?」
部屋に入ってきたのがヘンリックだと分かると、マリーナはすぐに男から距離を取るように離れたが、その行動は二人がただならぬ関係ではないのかと疑わせる証拠のように思えてしまう。
「商人を呼んでいましたのよ」
「こんな時間に?人払いまでして?それに商人の出入りは禁止したはずだ」
確かにソファーの前に置かれたローテーブルの上には、いくつもアクセサリーが置かれていた。しかし部屋の中を見回しても侍女も護衛もいない。そしてドアはしっかり閉じられていた。
事が起ころうが起こらなかろうが、二人は完全な密室にいたのだった。
青い顔をしてガクガクと震えている商人らしき男とは対照的に、マリーナは落ち着いた様子だった。何も無かったのだから問題はない、きっとそう思っているのだろう。
「私が個人の資産で何をしようともヘンリック様には関係ありませんわ」
「どうして夜会を休んだ?頭痛がしていたのではないのか?」
「ヘンリック様があのネックレスをキャンセルしたからですわ。滅多に手に入らない貴重なものでしたのに……。それに王太子妃が古いアクセサリーで夜会に出れるわけがないでしょう」
商人の出入りを禁止した時、今目の前にいる商人と名乗る男とは別の商人が今日の夜会の為にと、大粒のルビーを使ったネックレスを持ってきていたが、ヘンリックの独断でキャンセルをした。その代わりとして王家の女性たちに受け継がれてきたダイヤモンドのネックレスとイヤリングを渡したのだが、それが気に入らなかったらしい。
マリーナが夜会を欠席した本当の理由を知ったヘンリックは、ふつふつと怒りの感情が湧いてくるのを感じていた。
「……キミに渡したあれらの品々は、代々王族の女性たちを飾っていた歴史ある価値の高い宝飾品だ」
「あらそうでしたのね。まあ価値のあるものかもしれませんが、流行りのデザインではありませんわ。私は着けませんのでお返ししますわ」
「分かった。――誰か、部屋に入ってこい!」
ヘンリックが声を張り上げると、ドアの外にいた近衛騎士が部屋に入ってきた。
「王太子妃は離宮にて謹慎させる。そこの商人と申している者は取り調べをした後に二度と王宮に入らせないようにしろ」
騎士がマリーナに退室を促そうとするのだが、彼女は納得していなかったようでヘンリックに噛みつくような態度を見せる。
「なっ……、私は何も悪い事はしていないわ!」
「密室に男と二人でいたというのは不義密通の嫌疑をかけられても文句は言えないと教わらなかったのか?」
不貞が無かったとしても、そう思われる状況に置かれる事でさえも不味いのに、マリーナは自らそのような状況を作っていた。
未遂であったようなのと、結婚したばかりで王太子妃による不貞の噂は王家としても望んでいないので、今回は公にはしないがやはりマリーナには教育が必要だとヘンリックは考えていた。
「ああっ!もうっ!貴方と結婚してからは我慢ばかりだわっ!もう嫌!こんな生活っ!」
マリーナは淑女とは言えない様子でダンダン!と激しく地団駄を踏むが、もうヘンリックは何も感じる事は無かった。
「すぐに連れて行け」
「はっ」
マリーナと商人は別々に連れて行かれた。
妻の部屋に一人で残されたヘンリックは誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。
「……私は物心がついた頃から我慢ばかりしていたよ。妻をキミにしたのは私の初めての我儘だったんだ」
ヘンリックは窓から空を見上げる。窓の外には暗い空が広がっていただけだった。
そしてヘンリックの頭の中には生き生きとした表情でダンスを踊るローゼリアの姿が浮かんでいた。
王太子妃となる事も、自分の妻となる事も、彼女が望んでいるのだとずっと思ってきた。
婚約破棄をしてからの彼女と顔を合わせたのは僅かだが、会う度に彼女は自分に違う表情を見せる。堂々とした態度でヘンリックの誘いを拒絶する。
彼女は自分が思うよりもずっと表情が豊かな女性だった。しかし彼女は自分と向き合う時だけ婚約者時代のように表情を消してしまう。
婚約者時代、彼女はずっとヘンリックに対してはにこやかに接していた。何も表情を乗せていない笑顔は何を考えているのか分からなくて、一度だけその笑顔が嫌いだと言った事もあった。
それでも彼女は変わらなかった。ヘンリックは益々彼女の事が分からなくなっていった。
しかしヘンリックは彼女も自分と同じように幼い頃から我慢を強いられてきたのだと今さらながらに気が付いてしまった。
あれだけ表情が豊かな彼女が表情を消すと言うのは、厳しい訓練の賜物だったのだろう。
もしかしたら彼女が笑顔の下に隠していたのは好意ではなく嫌悪なのかもしれない。
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