裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都

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49 会いたくない人②

 オルコット商会で打ち合わせをした後の帰り道にローゼリアは書店に立ち寄った。

 もう何度も来ているので慣れた足取りで階段を上がり、いつもと同じく一階に侍女を待たせて一人で二階の外国語の置かれた棚へ向かう。

 この書店は月の初めにエルランドからの本を仕入れる。ローゼリアの目的は仕入れたばかりの本の中から掘り出し物を探す事だった。欲しい作家の本は事前に注文をかけるのだが、知らない作家が書いた本との出会いはこうやって地道に探すしかない。

(ここがエルランドでしたら読書サロンを開いて情報を集められますのに)

 先日の夜会の後、エルランド大使の夫人であるソレンヌからエルランド贔屓の貴族や商人の夫人たちを紹介してもらっていた。

 そして彼女たちをサロンに呼んだ事で絵皿が売れたのだった。彼女たちとエルランドの話題で盛り上がった時は楽しかったが、エルランドの文字を読む事には慣れていない彼女たちは恋愛小説を読む事が出来ない点だけが残念なところだった。

 しかし彼女たちのお陰で絵皿は売れて、ローゼリアの懐具合も温かくなってくれた。

 ローゼリアは今日は予算の許す限り恋愛小説を買うつもりで来ていたのだった。

 二階のフロアに入った時、ローゼリアはいつもと様子が違っている事にすぐに気が付いた。

 いつもなら人の少ない二階でも数人は客がいるのだが、今日は見える範囲に客が一人もいない。

 一階は普段通りだったのでうっかり一人で来てしまった。ローゼリアは一階に待たせている侍女と合流すべく、今登ってきたばかりの階段を降りようとしたら、書棚の奥から声を掛けられてしまった。

「待ってくれ」

 よく知っているその声の主はツカツカとローゼリアの元へとやって来ようとしていたが、彼がローゼリアの前に辿り着く前に背を向ける。

「キミが私の事を嫌っているのは分かっているが、少しだけ話がしたいんだ」

 今までとは違う彼の態度と言葉にローゼリアは振り返り、ヘンリックの顔を見る。

 幾分疲れている様子の彼は、振り返った事でローゼリアが階下へ降りるのを止めたのだと安心したのか、ホッとした表情を浮かべる。

「ここは公式の場ではありませんし、私が何を話しても不敬罪に問わないと約束をして下さるのでしたら良いですわ」

「ああ、約束をしよう」

 せっかく時間を作って来たというのに、本日の一番の楽しみであった新しく入荷した本のチェックがお預けになってしまった事にローゼリアはため息をついた。

 ヘンリックが窓辺へと向かうので後に付いて行くと、小さな窓辺にはそれに似合った小さな丸テーブルがひとつとイスが二脚置かれていた。まるでカフェのようにお茶も既に置かれている。もちろん普段はこのようなテーブルも椅子も置かれてはいない。

 さらにテーブルの上には読みかけのようにページが開かれた本が置かれていた。おそらくヘンリックは本を読みながらローゼリアを待っていたのだろう。

 ヘンリックに促されて椅子に座る。少し見回せば部屋の隅には護衛騎士と思わしき大柄な男性が2人と側近が1人距離を取ってこちらの様子を伺っていた。

 婚約者時代にはもちろん、彼からこのようなサプライズはされた事が無かった。誕生日に贈られていたプレゼントも彼が選んだものでない可能性が高い事を考えると、ヘンリックが自らローゼリアの為に何か行動を起こしたのは今回が初めてだろう。

「キミは本が好きなようだね。息抜きをするために私も時々ここには来るんだ。オルコット商会が出している小説はキミも関わっているのだろう?」

「殿下は人妻と世間話をするためにこのような手の込んだ事をされたのでしょうか?」

 お茶には手を出さず、ローゼリアは本題を話せと促す。一階には侍女を待たせているし、もう本は買わないのだからさっさと帰りたかった。

「ああ、こうして改めて見るとキミは姿勢も完璧なんだな。マリーナは何度指摘しても猫背気味なのが直らないんだ」

「お褒め頂きありがとうございます」

 ローゼリアはいつもヘンリックがそうしていたように幾分瞳を伏せる。瞳が大きなローゼリアがそうすると長い睫毛が際立ち、憂いを帯びた雰囲気を出すのだが本人はまだ気付いていない。

「今日はこれまでの事を謝りたいと思ったんだ。今まで済まなかった」

 そう言って椅子に座ったままヘンリックは頭を下げる。以前のローゼリアだったら王族が簡単に頭を下げるものではないと諭しただろうが、もう彼の婚約者兼教育係の役目は降ろされている。

(この程度の謝罪で済まされるような事ではないでしょうに…)

「もう終わってしまった事ですわ。お顔をお上げになって下さい」

 これまでローゼリアを冷遇してきた分の謝罪としても全く足りていないし、建国から続いていた公爵家を潰した事については彼の命で贖っても足りないだろう。

 ローゼリアは決して許すつもりは無いが、早くこの場を去りたかったので胸の内をさらけ出すつもりは無かった。

「私が頭を下げただけでは侘びとして足らない事は分かっているのだが、私はキミとやり直したいんだ」

 突然の復縁要請に、ローゼリアはそれまで伏し目がちだった瞳を大きく見開いてヘンリックを見るのだった。
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