裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都

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50 久し振りのお茶会

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 決して彼が冗談だと言っているように見えない真剣な表情に、ヘンリックが本気でこの馬鹿げた事を考えているのだとローゼリアは理解して脱力した。

(お兄様、この方はやはり大馬鹿者ですわ)

 こういう時はお茶を口にしたいところだが、彼らが用意したお茶を飲みたくなかったローゼリアは意識して呼吸を落ち着かせることで、怒鳴りたくなる気持ちを抑えた。

「私を側妃にしたいとおっしゃっていますの?」

「最初は側妃でも数年待ってもらえれば正妃に出来る。マリーナには病気療養を理由に王都から遠い離宮に移ってもらい、将来的には正妃から退いてもらう」

 ローゼリアにはヘンリックの案が絵空事のように思えてしまう。そうそう簡単に世の中は回ってはくれない事を彼は知らないのだろうか?

「王太子妃様のご実家であられるヴィルタ公爵様はご存知ですの?」

「……いや、今はまだ。だが、とてもではないがマリーナに妃は務まらない」

 ローゼリアは分かりやすく大きなため息を吐いた。

 妃としての適性があるかどうかを確かめもせずに感情のままに婚姻まで結んでおいて今さら王太子妃が務まらないという事はあってはならない。

 廃妃にするにしてもマリーナにはヴィルタ公爵という大きな後ろ盾があるのだ。根回しをせずに動けば手痛いしっぺ返しが待っているというのは火を見るより明らかな事なのに、どうして目の前に座る次期国王はそんな簡単な事にも思い至らないのだろうか。

「全てをフォレスターが公爵位を失う前に戻して下さい。それが出来れば考えます」

 ローゼリアはヘンリックの杜撰な案に乗って巻き込まれるのはご免だった。

「そんな事は無理に決まっているだろう!」

 ヘンリックは幾分語気を強めたが、ローゼリアは動じない。

「私が殿下の側妃になるというのはそれだけ難しいという事なのです」

「そんな事はやってみないと分からない」

「熱意だけではどうにもならない事はこの世には多いのです。妃を代えたいのでしたらヴィルタ公爵様にご相談を。うまくいけば公爵様がお認めになられる令嬢を紹介してもらえるかもしれません。それが出来ないのでしたら王太子妃様が男の御子をお産みになってからにして下さい。そうしないと誰が側妃になっても突然の病死か不慮の事故死コースですわ」

「……うっ」

「王宮の官吏も今はヴィルタ公爵様の手の者が多いのでしょう?このようなお話は本来ならば王宮に呼び出してされるものなのに、少人数の共を連れて隠れるようにこの場所でされるのはそういった理由があるからでは?」

「……キミは、はっきりと物事をいう人だったんだな」

 言い返す事が出来ないヘンリックにローゼリアは止めとばかりに更に言葉を続けた。

「ええ、私もこの数年で強くなりましたもの。ヴィルタ公爵様の件が無かったとしても私は王家にはもう嫁げませんわ。既婚歴のある身で王家に嫁ぐなど恐れ多い事ですもの」

「いや、何事にも例外はある。王家に嫁げる資格を変えればキミが王家に嫁ぐ事も充分に可能な事だ」

 ヘンリックの返答を聞いてローゼリアは少し安心した。彼はまだローゼリアと伯爵が白い結婚だという事を知らない。もしも知られてしまったら王命を出されて婚姻の無効と同時に強引に嫁がされてしまうかもしれない。

「王室綱紀を変えるなんて御冗談はおっしゃらないで。仮に殿下のお望みの通りにしようとした場合ですが、まず私が伯爵様と離縁しましたら私の身分はこの国では平民になってしまいますの。平民では側妃にはなれませんものね。それに愛妾では公務は行ってはいけない決まりになっておりますし、後ろ盾も何も実家の無い愛妾では何のお役にも立てませんわ。愛があれば大丈夫だなんて言葉はおっしゃらないでください。そんなもの王宮の中では何の守りにもなりませんもの。それに私を貴族の養子にするような事も考えないで下さい。そのような事をされたら国際問題に発展してしまいますから」

「国際問題?」

「殿下がご存知か分かりませんが、私の母は生家の従属爵位を受け継ぎ、今はエルランドの女子爵となっていますの。母の生家の家名はもちろんご存知かと思いますが、母の生家でありますピオシュ公爵家は先代の時、つまり私の祖父の代でエルランド王家より王女が降嫁しておりますの。私の祖母に当たる方ですわね。私がオルコットに嫁いだ時はまだフォレスターがありましたから伯父も何も言ってきませんが、今の私は離縁しましたらエルランドの母に帰属する事になりますから、離縁後の身の振り方は母と伯父の許可がいりますの。この国ではよく混血児や外国人だと言われてきましたが、フォレスターが無い今の私が離縁されたら、エルランドにしか生きる場所がありませんのよ。皆さまがおっしゃる通り私は本当に外国人でしたのね」

 ヘンリックは驚いた表情を浮かべている。ローゼリアの母であるナタリーの実家の事までは思い至っていなかった様子だ。

「……私は、フォレスターを潰そうとは思っていなかった」

「フォレスターには地位と土地と血筋がありましたから、これまで政局の波に攫われるような事はありませんでしたが、表裏一体であった王家に拒絶されてしまえばあのように簡単に潰されてしまいますの。憂き目を見た事で私も家族も大きく環境を変えさせられてしまいました。でもあのままでいるよりも今の自分の方が私は好きですわ。今の私は自分自身の為に生きておりますの。自分の為だけに時間を使っていますし、生きている事が楽しいですわ」

 ヘンリックはローゼリアの言葉に納得せざるを得なかった。今の彼女は以前の彼女とは違い、強烈な個性を隠さずに見せてくる。

「ああそうだ、今のキミは生き生きとしている。どうして以前はあんなにランゲル人になる事にこだわっていたんだ?」

「まあ、そのように見えていましたのね。ランゲル人らしくあれと教えたのは王家ですのに。今は不敬罪に問わないとの事なので申し上げますが、あの頃の私は全てを王家に管理されていましたの。全ては私がランゲル人らしくないからと言われ容姿もそう見られるようにされていましたわ。お茶会での話題も決められていましたのよ」

「まさか、そこまで王家がするはずがないだろう?」

「信じられないのでしたらそれも結構ですわ。そういえば殿下とこんなにお喋りをするのも、自分の言葉でお話しをする事も初めてですわね」

「……キミがもっと早く自分を見せてくれていたら私も変わったかもしれない」

 ヘンリックは愚痴のようにぽつりと零した。

「あら、私は殿下の婚約者としてふさわしくある為に決められた事以外を話す事を禁止されていましたのよ。ですから殿下が私に興味を持って下さる事をずっと待っていましたの。もちろん好意なんて期待はしていませんでしたわ。でも不自然な髪型や化粧にいつか気付いて下さるのかは楽しみにしていましたのに、ついぞ気付いてもらえませんでしたわね」

 そう言ってローゼリアはふふふと笑う。

 どうして以前はあんなにローゼリアを拒絶していたのかもう覚えていなかったが、誰も彼女を褒める者はいなかった。大人しい彼女を見て、血筋だけの婚約者だと思っていた。

 どんな相手であろうと、自分はもっと婚約者を気に掛けるべきだったのだ。

「私が、………愚かだったのか」

 ヘンリックは肩を落とし、それ以上は何も言わなかった。
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