塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

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第一部

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 国境警備軍の砦の奥にある白い石塔。そこには一人の哀れな姫が幽閉されている。
 先代国王の遺児にして金色の髪と紺碧の海を映した瞳を持つ美しきカミーユ姫。
 暗い塔の一室で姫は父の罪を償うために毎日神への懺悔の祈りを捧げている。

 ……なんて噂を世間の人は信じてるんだろうか。

 白い塔の最上階でカミーユ・セルジュ・ド・ブラシェは溜め息をつきながら刺繍の課題に励んでいた。
 石造りの部屋は物々しい鉄格子が填まった小さな窓があるだけで昼間でも全体的に薄暗いが、魔法具のランプを手元に置いているので不自由はない。
 紺色のシンプルなドレスから見える白い肌のあちこちは青あざだらけで、おでこには大きな湿布が当てられている。
「あのババア……ホント容赦ないんだから。大人げないっていうかババアげないっていうか……。絶対次はやっつける……ボコボコにするんだから」
 物騒なことを言いながらもカミーユの手は正確に四角い枠に張られた布の上で見事な薔薇を刺繍で描き出す。淑女教育の一環で叩き込まれたからすっかり手慣れたものだ。
「ああもう。こんなに毎日刺繍だのお作法だのやってたら完璧な淑女になってしまう。わたしがこんなことを身につけたって、何の役にも立たないのに」
 そう呟きながらも手は粛々と動く。

 ……わたしはここで朽ち果てるまで、塔から出ることはないんだから。

 カミーユの父、先代国王マルクの評価は「色欲に溺れた愚か者」だ。
 彼は父親の急逝により若くして即位することになった。美貌の持ち主で凜とした姿はそれはそれは当時の民を熱狂させたのだそうだ。けれどその熱が冷めるのも早かった。
 権力のおこぼれを得たい貴族たちは未熟な国王を煽ててそそのかし、贅沢と酒色に溺れさせていった。次第に王は傲慢さが目立ち、王宮は腐敗した愚者の楽園となった。
 王は貴族たちに言われるまま民を省みない政策を打ち出し、意味の無い争乱を引き起こした。その中で最悪とされるものが亜人の街を一つ滅ぼした「ディマンシュの虐殺」と呼ばれる事件だった。
 それをきっかけに、民の不満は一気に膨れ上がって叛乱の引き金となった。古い考えの貴族たちは亜人をケダモノだと蔑んでいたけれど市民にとっては頼もしい友人だったのだ。それに亜人であれ人族であれこの国の民なのは間違いない。
 民を軽んじて虐殺するような王を神が選ぶはずはない、あれは偽物の王だ。と声を上げた。
 その旗頭になったのが王弟ドミニク。彼は軍を率いて王宮を掌握し兄マルクを退位に追い込んだ。
 ドミニクはその後即位し、国王ドミニク三世となった。
 先代国王夫妻と二人の王子は処刑された。三人の王女には王位継承権がないことから処刑は免れたが別々の場所で生涯幽閉されることになった。
 それが十三年前、カミーユがわずか五歳のときの出来事だ。

「カミーユ様。お薬をお持ちしました」
 小柄でずんぐりとした侍女が恭しく入ってきた。カミーユのただ一人の侍女バルバラだ。今年六十二歳になるというけれど、キビキビとした動きは年齢を感じさせない。
「薬……?」
「そろそろ打ち身が熱を持って痛むのではないかと思いまして」
「打ち身の原因がそれを言う?」
 カミーユがそう言い返すと、バルバラはニッと口元に笑みを浮かべる。
「おやおや、ご自分の未熟を棚に上げてそのようなことをおっしゃるなんて、婆は悲しゅうございます。これでもカミーユ様の玉の肌に傷をつけぬよう手加減いたしましたのに」
「……」
 カミーユは口を引き結んだ。身体のあちこちにできた痣は今朝バルバラと体術の稽古をしていてできたものだ。
 何故かこの小柄な年嵩の侍女はたいそう腕が立つ。カミーユは体術でも剣術でも歯が立たない。勝負を挑むたびに完膚なきまで負かされた。
 おかしい。わたしだって背も伸びたし身体も大きくなったのにバルバラに全然勝てないってどういうこと? 釈然としない。
 しかもその稽古の勝ち負けでわがままを一つ言える約束になっている。午後の予定でも欲しいものでも何でもいいということになっている。
 けれどカミーユは一度も勝てたことがないので、したくもない行儀作法などの淑女教育だけが増えていく。
 誰かに会うこともないのにコルセット付きのドレスを着せられて、長い髪も隙なく綺麗に結い上げられている。そして連日の勉強と刺繍と詩歌のレッスン……。
 とにかくこの侍女は厳しい。一日ゴロゴロだらだらなんてさせてくれない。
 ……けど、ここまでする必要ある? どうせこの先も社交の予定も何もないんだから囚人らしく(?)過ごしてもいいじゃないか。そうしたらバルバラだって楽ができるのに。
 そんな不満が顔に出ていたのか、老侍女の目が鋭く光った。
「婆はシモーヌ様にくれぐれもカミーユ様を立派な大人に育ててほしいと頼まれたのです。すから何一つ手をぬくことはいたしません。彼岸に渡ったとき、シモーヌ様にお顔向けができませんから」
 カミーユの母シモーヌは先代国王の側妃だった。生後半年の時に亡くなったので全く覚えていない。バルバラは母が幼い頃から仕えてきた侍女だと聞いていた。
「それに、シモーヌ様はいつもおっしゃっていました。『幸運の神様は準備ができている人を選ぶのよ』と。今の状況が変わった時、あなた様がただの自堕落な囚人では目も当てられません」
 厳格な顔つきの侍女は淡々と正論を突きつけてくる。確かに自分の出自は変えられないし、先のことなどわからない。
 だけど幸運って何? わたしにとっての幸せは……。
「……わたしは一生外に出ないほうがいい。ここで朽ち果てるのが最善の幸せだもの」
 カミーユはそう呟いた。
「だって、先代国王の王子が生きてるなんて、あってはならないことだから」
「カミーユ様……」
 カミーユはドレスの袖から見える自分の腕のたくましさに小さく息を吐いた。
 そう、先代国王マルクの末子カミーユは王女ではない。王子なのだ。
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