塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

文字の大きさ
35 / 80
第三部

3

しおりを挟む
「……何か滅茶苦茶疲れたんだけど……君のお母さんの家って何なんだ?」
「バルバラに聞いたら教えてくれるかもしれないけど……」
 控えの間に戻ってから二人で大きな溜め息をついた。エルネストの後も面談をいくつかこなしてきたけれど、やはり疲労の最大の原因は彼だろう。
 お茶を運んできたバルバラにエルネストの話をすると、そうでございましょうね、と頷かれた。
「ダルトワ侯爵家はシモーヌ様のことを非常に溺愛なさっていましたから。十三年前カミーユ様の赦免を訴えたのを却下されて、王宮の役職を全て放り出して領地に籠もってしまったほどです。エルネスト様もどうやらその薫陶を受けておいでだったようで」
 アレクが眉を寄せて、嫌な薫陶だなあ、と呟いた。
 カミーユは母が溺愛されていたとは知っていたけれど、自分のことは母を召し上げた王の子だから嫌っていると思っていた。赦免を願ってくれていたとは知らなかった。
「つまりあれはシモーヌお嬢様の忘れ形見が嫁いだ相手がどんな奴か確かめたかったから鑑定しようとしたということなのか……。記録媒体は晴れ姿を映して先代にでも見せたかったと……?」
「左様でございます。あの家の方々は良くも悪くも正直で密偵のような真似ができるとも思えません。陛下からは今までカミーユ様に接触を禁じられていたはずですから、今回の使者に選ばれたことで有頂天になってはしゃいでいたのでしょう」
 アレクは口元に手をやって少し考え込む仕草をした。
「ということは、肉親を寄越したと見せかけて、祝いの品のほうに仕掛けがあるかな。一応隔離させてるよ。もし位置とかを示すものが仕掛けられていたら困るから」
 確かに、部屋に持ち込んでカミーユの居室の場所が知れれば、何をされるかわからない。
 けれど、それよりも気になったのは、母が欺されたという一言だった。
「ドミニク陛下が母を欺していたというのはどういう意味? 本当なの?」
 バルバラはきゅっと口元を引き結ぶと首を縦に振った。
「ですが、今この場でそれを詳しくお話することはいたしかねます」
 たしかに、晩餐会の時間も迫っている。アレクがバルバラに問いかけた。
「カミーユはドミニク三世の若い頃に似ていると言っていたけれど、それはどういう意味なのか訊いてもいいかな?」
 バルバラは頷いた。
「ただし、ドミニク三世陛下とマルク陛下の父君であるレアンドル陛下に似ているとでも言い換えたほうがよろしいでしょう」
「え?」
 レアンドル王はカミーユにとって祖父に当たる。たとえドミニク三世とマルクのどちらがカミーユの父親であろうと確実に繋がる人だ。
「誰が何と言おうとカミーユ様はマルク王の御子です」
 バルバラはまっすぐにカミーユに目を向けてそう強く断言した。

 晩餐会の後で新床の儀……つまり初夜があるわけだが、人払いをしてからカミーユとアレクはバルバラを寝室に引き入れた。
 普段なら侍従やら護衛やらがどこかしらに控えているが、王太子夫妻が床を共にしているときは、隣室に記録係の侍従と侍女が控えているだけで、近くにはほとんど人がいない。
 妃が疲れているので今宵はそのまま休む、と記録係も下がらせてある。
「……バルバラ。わたしが知らないことはまだ沢山あるのだろうか」
 カミーユはアレクとの会話で自分の出自についてよくわからないことが多いとは理解していた。
 バルバラはカミーユに知識や技能を叩き込むことには熱心だが、余計な事は口にしない。母に長く仕えていたのだから事情は一番よく知っているはずなのに。
「婆とて全てのことを存じているわけではないのです。ただ、世間に広がっているシモーヌ様とドミニク三世陛下の関係性はでっち上げられた架空の恋物語にすぎないのです」
 バルバラはそう言ってから、静かに目を伏せた。

 カミーユの母の実家は家系から二人の聖女を輩出していた。魔力持ちが多く、魔法使いも多いが、侯爵家とは名ばかりに華やかさとは縁遠く、王都から遠い所領に籠もってもっぱら魔法の研究をしている変わり者の一族だと言われていた。
 そして、シモーヌは先代侯爵の長女として生まれた。病気がちであまり外に出なかったが、唯一の趣味が詩歌だった。気に入った詩の作者に手紙を書いたり、自分でも詩を書いたりしていた。
 中でも「アジュール」という人物の詩が気に入っていたのだという。その筆名のアジュールとは紺青……王家の瞳と称される色のことだった。
 たまたま父の共で王都に赴いたとき、詩作の友人に誘われて詩のサロンに出席することになった。そこで出会ったのが当時はまだ王弟だったドミニク王子。
 「アジュール」の正体は明かされていなかった。けれど、彼の瞳の色から彼がそうではないかと噂されていたのだという。
 そして、ドミニクの方から積極的にシモーヌに近づいてきたのだ。

「……彼はアジュールは自分だとほのめかすようなことを言っていたようです。共通の話題もある友人ができたことをシモーヌ様は喜んでいましたが、その頃から社交界ではドミニク王子とシモーヌ様が恋仲で婚約も間近だという噂が立ちました。しかも、否定しても否定してもどこかからあることないこと言われるように。これではシモーヌ様にまともな縁談は望めません。そんな頃にドミニク王子がシモーヌ様に求婚してきたのです」
 バルバラはそう言ってから一通の手紙を差し出した。
『紺青はそれを持てなかった私の夢ゆえに、それを名とした』
 お手本のようなきっちりした美しい文字。署名も何もないそれがその頃届いたのだという。
 ……王家の瞳の色を持つことができなかったから、それをかりそめの名前にした?
「……アジュールというのは……マルク王の筆名だったのか」
 アレクが呟いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。

竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。 自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。 番外編はおまけです。 特に番外編2はある意味蛇足です。

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

処理中です...