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第三部
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「あの人がマーガレット嬢?」
カミーユは結った髪を手鏡で確認しながら隣にいたアレクに問いかけた。
「そう。武門で名高いエルムズ侯爵のご息女。ちなみに熊の亜人」
カミーユより上背があって横幅も筋肉質でがっしりしている強そうな女性が派手なまっ赤なドレスを纏って、決闘場を挟んで向かい側に座っている。ヴェール越しでもギラギラとした敵対的な視線が感じ取れる。
「……普通に本人でもわたしより強そうなんだけど、代理人が出てくるんだよね?」
この国は亜人がほとんどで、種族によってはカミーユより大柄な女性が大勢いる。彼女たちから見ればカミーユはか細い人族の小娘でしかないのかもしれない。
そんな頼りない人族が将来の王妃ということが気に入らない婦人方がカミーユに決闘を申し込んできた。
要求は向こうが勝てばカミーユに正妃の称号を与えないことと、公式の場では末席に就くこと。
さすがにそれは王家に対する過度な要求なのだけれど、エドガー王はどういうつもりかその条件で決闘を許可した。
カミーユ側からの要求は、謝罪のみ。
そんな条件での決闘が行われるのは立王太子式の前日。
「というか、決まってから早すぎない? 立王太子式の前日にするようなことなの? 行事を後ろ倒しにして?」
「この国は三度の食事より決闘が最優先だからね。血の気が多い人多いから、サクッと解決しないと私闘に発展しかねないから。……ホントごめんね。それに結果次第では王太子妃の戴冠がなくなるかもしれないからって、準備の方もピリピリしてる」
アレクが苦笑いしている。
いやそれは笑い事ではない。そんなはた迷惑な決闘をしてくる方もそうだけれど、決闘を認めてしまうエドガー王もどうなのか。
「カミーユ様、こちらを」
バルバラが一振りの長剣を差し出した。
「……どうしたの、これ」
「さすがに晴れの場でいつもの練習用の剣というわけにはまいりません。王太子殿下より賜りました」
あまり飾り気はないけれど、鞘から少し抜いて刀身を見れば見事なまでに美しく鍛えられたものだとわかる。
「アレクの? これ、すごくいい物ではないの?」
「どうかな? 成人の時に父上からいただいたんだけど、僕じゃ重くて振るのも無理だから、ずっと使ってなかったんだ。カミーユにあげるよ」
成人祝い? そんな大事なものをもらってしまっていいのだろうか。カミーユが刀身とアレクの顔を交互に見て迷っていると、アレクはカミーユの背中に手を回してきた。
「大丈夫大丈夫。夫のものは妻のものでしょ? 使ってあげたほうが剣も嬉しいと思うし」
アレクはにこやかにそう答えてから、カミーユの服装に気づいてか首を傾げた。
「……そういえば、軽装に着替えないの? まさかその格好で決闘するの?」
今日カミーユが纏っているのは露出の少ない若草色のデイドレスで、スカートはくるぶし丈。まるで貴婦人が散歩に出るような出で立ちだ。
「え? だめだった? 王太子妃らしく戦うって言ったじゃない?」
カミーユは被っていた長いヴェールを脱いだ。
アレクに視覚阻害の魔法を付与してもらった顔の半分を覆うレースの目隠しをつけている。きっちり結った金色の髪。ドレスの腰には剣を下げるためのベルト。これがカミーユの今日の戦闘衣装だ。
「元々バルバラとの稽古のときはパニエで膨らませたドレスだったのだから、今着ているドレスなら動きに全く支障はない。身体の線が出にくいデザインにしてもらっているから、ヴェールがなくても大丈夫だろう。そもそもマーガレット嬢のほうがわたしより大柄だし、性別を疑われる以前の問題だ。……だからこれでいいでしょ?」
自分なりに色々考えて選んだのだけれど、どこかまずかっただろうか。
カミーユが説明すると、アレクはぽかんとした顔で見つめてくる。
「……そういう意味だったの?」
そこへ立ち会い人や見届け希望の人たちが入ってきた。それを見てアレクの顔がちょっと強ばる。カミーユは目線の先を追って納得した。
「何かこの場にいていいのかどうかわからない人たちがいるような……」
「……父上と母上? それにダルトワ侯爵がいるねえ……。どうやって入ったんだろう」
カミーユとしては腕試しの試合のつもりだったのに、なんだか大事になっている。
そして最後に入ってきたのが本日のマーガレット嬢の代理人だ。
カミーユより頭二つくらい大柄な男。日に焼けた筋骨隆々の逞しい肉体を誇るように上半身は裸で防御用の肩甲とかぎ爪のついた手甲を身につけている。
厳つい顔と鋭い目が特徴的で、重い足音を立てながら決闘場に足を踏み入れる。
アレクの話では見世物として行われている格闘技の闘士だという。マーガレット嬢のおかかえらしい。
カミーユはそれを見て席を立つ。
「じゃあ、行ってくるね」
カミーユが場内に進むとその場がざわめいた。向こうはまさか王太子妃本人が出てくるとは思わなかったのだろう。しかも散歩に出るようなドレス姿で。
審判役の男性がカミーユに問いかけてきた。
「お名前をお聞きしてよろしいか?」
「王太子サミュエル・アレクサンダー殿下の妃、カミーユです」
「失礼ながら……代理人は……」
カミーユは口元に笑みを浮かべた。
「わたしに申し込まれた決闘ですから、わたしが出るのが筋でしょう」
相手の闘士が眉を吊り上げてこちらを無遠慮に見つめているのがわかった。
双方の要求を確認してから、決闘が始まるまでカミーユはその闘士と向き合って立っていた。その動きを観察する。
バルバラより大きいし、膂力もありそうだ。相手にとって不足はない。
カミーユは剣を抜いて軽く片手で振り下ろしてみた。その勢いで風が鳴るような音がする。良い剣だ。今まで自分が使っていたのは量産品の練習用の剣だったから全く感触がちがう。
大事な剣を使わせてもらえるのは気分が上がる。剣をじっくり見ていると口元に笑みが浮かぶ。
ふと、顔を上げると周囲が静まり返っていた。
「え?」
見るとカミーユが剣を振り下ろした床に細い亀裂ができていた。
相手の闘士が顔を引き攣らせて怪物でも見るような目を向けてきていた。
あれ? わたし何かしただろうか。
「……もうしわけございませんが、妃殿下。設備の破壊はほどほどに願います」
審判役の男が戸惑っているカミーユにそう告げた。
アレクの領地で過ごしていたとき、領軍の騎士や兵士たちがカミーユとバルバラの手合わせを見学に来ていた。それで胸を借りられないかと練習試合を頼んだら何故か断られてしまった。
だからカミーユはたとえ決闘だろうと自分より大柄な屈強そうな男と試合ができるのを楽しみにしていた。かぎ爪のついた手甲をつけているということは、相手は近接戦が得意なのだろう。
開始の合図とともに相手が間合いを詰めてくる。
……やっぱり遅い。
カミーユはそれに合わせて相手に突進した。まるで優雅なダンスのようにするりと男の手の下から抜けて背後から剣を振り下ろした。
『まあ、婆は身体が小さいので相手は大概自分より背丈がありましたね。ですが、大きかろうと小さかろうと、狙い所を抑えておけば動きを止めるのは簡単です』
バルバラが教えたのは骨格とそれをささえる筋肉の仕組みだ。人体の急所に至るまで覚えさせられたカミーユは、この男の身体を動けなくすることは簡単に思えた。
……でも、闘士ということは今後も格闘場で稼がなきゃいけないんだろうから、ほどほどにしないと。アレクにもみじん切りはダメって言われたし。
けれど、カミーユの剣は相手の肩にあった防御用の肩甲をたたき割って、相手が前に倒れ込んでしまう。
その威力に驚いてカミーユが慌てて数歩下がると、男がぐるりと身を起こしながら反転してかぎ爪を向けてくる。それを防ごうと刃を向けると、そのかぎ爪が短い金属音とともに折れてしまった。
……え? わたし何もしてないのに、どうしてこんなことになるの?
カミーユはそれでも試合中は相手が倒れるまで油断するなと教えられていたので、激昂した相手がもう片方のかぎ爪を振り下ろしてきたのを避けてから、相手の首筋に剣の鋒を突きつけた。
男の目が大きく瞠られて、それから両手を床に置いた。
「そこまで。勝者はカミーユ妃殿下です」
大きな声で歓声を上げているのはおそらくエルネストとアレクだろう。他の者たちは完全に固まっていた。人族が自分より大きな亜人と戦って勝つとは思ってもいなかったのだろう。
相手の闘士は肩を痛めたらしくてそのまま治療につれて行かれた。
残されたカミーユは手にした長剣を見て首を傾げた。
これ、強化魔法でも仕掛けてあるんだろうか。いや、もしかして。
カミーユは自分がやらかしてしまったのではないか、という予感に背筋がぞわっとした。
わたし、アレクの大事な剣だから大事に使わせてもらおうって思ってたけど……まさか【祝福】をつけてしまったのでは……。
アレクたちの許に戻ると、バルバラがしてやったりという笑みを浮かべていた。
「ご立派な戦いぶりでございました」
「あの……もしかして、わたし、またやってしまった?」
手加減というほどではないけれど、致命傷にはならないようにと思っていた。なのに。思った以上に攻撃力が上がっていた。
「まあ、何もなくてもカミーユ様の相手ではありませんでしたから、早く片付いてよろしかったのではありませんか?」
「それはそうだけど……」
戸惑っていたらアレクがマーガレット嬢と数人の女性を連れてやってきた。
「彼女たちがぜひ、カミーユに謝罪したいそうだよ」
ああそうか。決闘でこちらが勝ったときの条件だった。そう思ってカミーユが相手に向き直ると彼女たちは口々に謝罪の言葉を述べてから、キラキラと目を輝かせてこちらを見た。
「何という素晴らしい太刀筋でしょう。かの『血まみれ熊令嬢バルバラ』とも比肩するごとき強さでございました。たいへんお見それいたしました。今後はお姉様と呼ばせていただいてよろしいでしょうか」
「しかもドレスを乱すこともなく優雅に戦うお姿には見とれるばかりですわ」
「どうか今後はご懇意にさせてくださいませ」
「あ……はい」
カミーユは勢いに押されてうっかり承諾した。
その血まみれ令嬢は自分の側で慎ましく侍女の顔で控えているんだけど。どうやら彼女たちはバルバラの顔を知らないらしい。
どうやら強い相手に純粋な憧れを抱いてしまったらしいマーガレット嬢はうっとりとした眼差しでこちらを見つめてくる。
アレクが困ったなあ、と言わんばかりに眉を下げてこちらを見ている。
こうしてカミーユの初めての決闘は馬鹿にしていた貴族たちを黙らせ、大勢の女性の友達(?)ができる結果に終わった。
カミーユに負けた闘士もすっかり心酔したような目で「姐御と呼ばせてください」と言ってきたけれど、それは丁重にお断りした。
カミーユは結った髪を手鏡で確認しながら隣にいたアレクに問いかけた。
「そう。武門で名高いエルムズ侯爵のご息女。ちなみに熊の亜人」
カミーユより上背があって横幅も筋肉質でがっしりしている強そうな女性が派手なまっ赤なドレスを纏って、決闘場を挟んで向かい側に座っている。ヴェール越しでもギラギラとした敵対的な視線が感じ取れる。
「……普通に本人でもわたしより強そうなんだけど、代理人が出てくるんだよね?」
この国は亜人がほとんどで、種族によってはカミーユより大柄な女性が大勢いる。彼女たちから見ればカミーユはか細い人族の小娘でしかないのかもしれない。
そんな頼りない人族が将来の王妃ということが気に入らない婦人方がカミーユに決闘を申し込んできた。
要求は向こうが勝てばカミーユに正妃の称号を与えないことと、公式の場では末席に就くこと。
さすがにそれは王家に対する過度な要求なのだけれど、エドガー王はどういうつもりかその条件で決闘を許可した。
カミーユ側からの要求は、謝罪のみ。
そんな条件での決闘が行われるのは立王太子式の前日。
「というか、決まってから早すぎない? 立王太子式の前日にするようなことなの? 行事を後ろ倒しにして?」
「この国は三度の食事より決闘が最優先だからね。血の気が多い人多いから、サクッと解決しないと私闘に発展しかねないから。……ホントごめんね。それに結果次第では王太子妃の戴冠がなくなるかもしれないからって、準備の方もピリピリしてる」
アレクが苦笑いしている。
いやそれは笑い事ではない。そんなはた迷惑な決闘をしてくる方もそうだけれど、決闘を認めてしまうエドガー王もどうなのか。
「カミーユ様、こちらを」
バルバラが一振りの長剣を差し出した。
「……どうしたの、これ」
「さすがに晴れの場でいつもの練習用の剣というわけにはまいりません。王太子殿下より賜りました」
あまり飾り気はないけれど、鞘から少し抜いて刀身を見れば見事なまでに美しく鍛えられたものだとわかる。
「アレクの? これ、すごくいい物ではないの?」
「どうかな? 成人の時に父上からいただいたんだけど、僕じゃ重くて振るのも無理だから、ずっと使ってなかったんだ。カミーユにあげるよ」
成人祝い? そんな大事なものをもらってしまっていいのだろうか。カミーユが刀身とアレクの顔を交互に見て迷っていると、アレクはカミーユの背中に手を回してきた。
「大丈夫大丈夫。夫のものは妻のものでしょ? 使ってあげたほうが剣も嬉しいと思うし」
アレクはにこやかにそう答えてから、カミーユの服装に気づいてか首を傾げた。
「……そういえば、軽装に着替えないの? まさかその格好で決闘するの?」
今日カミーユが纏っているのは露出の少ない若草色のデイドレスで、スカートはくるぶし丈。まるで貴婦人が散歩に出るような出で立ちだ。
「え? だめだった? 王太子妃らしく戦うって言ったじゃない?」
カミーユは被っていた長いヴェールを脱いだ。
アレクに視覚阻害の魔法を付与してもらった顔の半分を覆うレースの目隠しをつけている。きっちり結った金色の髪。ドレスの腰には剣を下げるためのベルト。これがカミーユの今日の戦闘衣装だ。
「元々バルバラとの稽古のときはパニエで膨らませたドレスだったのだから、今着ているドレスなら動きに全く支障はない。身体の線が出にくいデザインにしてもらっているから、ヴェールがなくても大丈夫だろう。そもそもマーガレット嬢のほうがわたしより大柄だし、性別を疑われる以前の問題だ。……だからこれでいいでしょ?」
自分なりに色々考えて選んだのだけれど、どこかまずかっただろうか。
カミーユが説明すると、アレクはぽかんとした顔で見つめてくる。
「……そういう意味だったの?」
そこへ立ち会い人や見届け希望の人たちが入ってきた。それを見てアレクの顔がちょっと強ばる。カミーユは目線の先を追って納得した。
「何かこの場にいていいのかどうかわからない人たちがいるような……」
「……父上と母上? それにダルトワ侯爵がいるねえ……。どうやって入ったんだろう」
カミーユとしては腕試しの試合のつもりだったのに、なんだか大事になっている。
そして最後に入ってきたのが本日のマーガレット嬢の代理人だ。
カミーユより頭二つくらい大柄な男。日に焼けた筋骨隆々の逞しい肉体を誇るように上半身は裸で防御用の肩甲とかぎ爪のついた手甲を身につけている。
厳つい顔と鋭い目が特徴的で、重い足音を立てながら決闘場に足を踏み入れる。
アレクの話では見世物として行われている格闘技の闘士だという。マーガレット嬢のおかかえらしい。
カミーユはそれを見て席を立つ。
「じゃあ、行ってくるね」
カミーユが場内に進むとその場がざわめいた。向こうはまさか王太子妃本人が出てくるとは思わなかったのだろう。しかも散歩に出るようなドレス姿で。
審判役の男性がカミーユに問いかけてきた。
「お名前をお聞きしてよろしいか?」
「王太子サミュエル・アレクサンダー殿下の妃、カミーユです」
「失礼ながら……代理人は……」
カミーユは口元に笑みを浮かべた。
「わたしに申し込まれた決闘ですから、わたしが出るのが筋でしょう」
相手の闘士が眉を吊り上げてこちらを無遠慮に見つめているのがわかった。
双方の要求を確認してから、決闘が始まるまでカミーユはその闘士と向き合って立っていた。その動きを観察する。
バルバラより大きいし、膂力もありそうだ。相手にとって不足はない。
カミーユは剣を抜いて軽く片手で振り下ろしてみた。その勢いで風が鳴るような音がする。良い剣だ。今まで自分が使っていたのは量産品の練習用の剣だったから全く感触がちがう。
大事な剣を使わせてもらえるのは気分が上がる。剣をじっくり見ていると口元に笑みが浮かぶ。
ふと、顔を上げると周囲が静まり返っていた。
「え?」
見るとカミーユが剣を振り下ろした床に細い亀裂ができていた。
相手の闘士が顔を引き攣らせて怪物でも見るような目を向けてきていた。
あれ? わたし何かしただろうか。
「……もうしわけございませんが、妃殿下。設備の破壊はほどほどに願います」
審判役の男が戸惑っているカミーユにそう告げた。
アレクの領地で過ごしていたとき、領軍の騎士や兵士たちがカミーユとバルバラの手合わせを見学に来ていた。それで胸を借りられないかと練習試合を頼んだら何故か断られてしまった。
だからカミーユはたとえ決闘だろうと自分より大柄な屈強そうな男と試合ができるのを楽しみにしていた。かぎ爪のついた手甲をつけているということは、相手は近接戦が得意なのだろう。
開始の合図とともに相手が間合いを詰めてくる。
……やっぱり遅い。
カミーユはそれに合わせて相手に突進した。まるで優雅なダンスのようにするりと男の手の下から抜けて背後から剣を振り下ろした。
『まあ、婆は身体が小さいので相手は大概自分より背丈がありましたね。ですが、大きかろうと小さかろうと、狙い所を抑えておけば動きを止めるのは簡単です』
バルバラが教えたのは骨格とそれをささえる筋肉の仕組みだ。人体の急所に至るまで覚えさせられたカミーユは、この男の身体を動けなくすることは簡単に思えた。
……でも、闘士ということは今後も格闘場で稼がなきゃいけないんだろうから、ほどほどにしないと。アレクにもみじん切りはダメって言われたし。
けれど、カミーユの剣は相手の肩にあった防御用の肩甲をたたき割って、相手が前に倒れ込んでしまう。
その威力に驚いてカミーユが慌てて数歩下がると、男がぐるりと身を起こしながら反転してかぎ爪を向けてくる。それを防ごうと刃を向けると、そのかぎ爪が短い金属音とともに折れてしまった。
……え? わたし何もしてないのに、どうしてこんなことになるの?
カミーユはそれでも試合中は相手が倒れるまで油断するなと教えられていたので、激昂した相手がもう片方のかぎ爪を振り下ろしてきたのを避けてから、相手の首筋に剣の鋒を突きつけた。
男の目が大きく瞠られて、それから両手を床に置いた。
「そこまで。勝者はカミーユ妃殿下です」
大きな声で歓声を上げているのはおそらくエルネストとアレクだろう。他の者たちは完全に固まっていた。人族が自分より大きな亜人と戦って勝つとは思ってもいなかったのだろう。
相手の闘士は肩を痛めたらしくてそのまま治療につれて行かれた。
残されたカミーユは手にした長剣を見て首を傾げた。
これ、強化魔法でも仕掛けてあるんだろうか。いや、もしかして。
カミーユは自分がやらかしてしまったのではないか、という予感に背筋がぞわっとした。
わたし、アレクの大事な剣だから大事に使わせてもらおうって思ってたけど……まさか【祝福】をつけてしまったのでは……。
アレクたちの許に戻ると、バルバラがしてやったりという笑みを浮かべていた。
「ご立派な戦いぶりでございました」
「あの……もしかして、わたし、またやってしまった?」
手加減というほどではないけれど、致命傷にはならないようにと思っていた。なのに。思った以上に攻撃力が上がっていた。
「まあ、何もなくてもカミーユ様の相手ではありませんでしたから、早く片付いてよろしかったのではありませんか?」
「それはそうだけど……」
戸惑っていたらアレクがマーガレット嬢と数人の女性を連れてやってきた。
「彼女たちがぜひ、カミーユに謝罪したいそうだよ」
ああそうか。決闘でこちらが勝ったときの条件だった。そう思ってカミーユが相手に向き直ると彼女たちは口々に謝罪の言葉を述べてから、キラキラと目を輝かせてこちらを見た。
「何という素晴らしい太刀筋でしょう。かの『血まみれ熊令嬢バルバラ』とも比肩するごとき強さでございました。たいへんお見それいたしました。今後はお姉様と呼ばせていただいてよろしいでしょうか」
「しかもドレスを乱すこともなく優雅に戦うお姿には見とれるばかりですわ」
「どうか今後はご懇意にさせてくださいませ」
「あ……はい」
カミーユは勢いに押されてうっかり承諾した。
その血まみれ令嬢は自分の側で慎ましく侍女の顔で控えているんだけど。どうやら彼女たちはバルバラの顔を知らないらしい。
どうやら強い相手に純粋な憧れを抱いてしまったらしいマーガレット嬢はうっとりとした眼差しでこちらを見つめてくる。
アレクが困ったなあ、と言わんばかりに眉を下げてこちらを見ている。
こうしてカミーユの初めての決闘は馬鹿にしていた貴族たちを黙らせ、大勢の女性の友達(?)ができる結果に終わった。
カミーユに負けた闘士もすっかり心酔したような目で「姐御と呼ばせてください」と言ってきたけれど、それは丁重にお断りした。
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