差し出された毒杯

しろねこ。

文字の大きさ
32 / 36

リンドール王城内

しおりを挟む
「僕に聞きたい事があるとか」
リオンはジュリアに呼ばれ、大ホールへと来た。

外交官や従者、護衛を伴ってはいるが、二十人足らず。

ジュリアは見えないところで兵士や騎士を配置した。

リオンの魔力を警戒し、魔術師も配備している。

「えぇ。アドガルムが戦の準備をしているとの情報が入りました。一体どこといつ、行うのでしょう?」
ジュリアの言葉に困ってしまった。

「カレン様の前です。全ては後で、と思ったのですが」
既に戦は開始しているのに白々しいと、ジュリアはぎりっと奥歯を噛み締める。

「大事な娘との、婚約を前に懸念は無くしたいのですわ。お答えください、リオン様」

「お母様、お止めください」
カレンはこのままでは婚姻がだめになると焦ってしまった。

「そのような些事は後で良いのでは? 今日は婚約を交わす大事な日、この日をずっと楽しみにしておりましたのよ」

「戦の事よ、大事な事に決まっているじゃない」
カレンにも今の現状を伝えたのに、なぜまだ世迷い言を言うのか。

「リオン様は戦など行かない立場の人でしょ? 私の夫なる人だもの。このまま戦が終わるまで、リンドールにいてもらえればいいわ。あとはリンドールが勝てばいいだけだもの」

「カレン…!」
そういう事ではない。

婚約予定とはいえリオンは攻めてきた国の王子、関係ないわけがない。

人質として捕らえる予定ではあるが、大した兵力もなく、わざわざ敵地に乗り込んできて婚約を交わしにきたとは思えない。

何を企んでいるのか。








母娘の言い争いを見ながら、機会を待つ。

本当は城の魔法結界はリオンが解くつもりだった。

しかし、リオンの魔力の温存を考えると別な者に委ねた方が良いと判断されたのだ。

カミュは現在リオンから離れ、結界を解ける魔術師と共に行動していた。

結界を解く方が重要だと話し、何とかリオンから離れるよう説得した。

ティタン達がある程度王城へ近づくまでは、結界を維持しておかねばならなかった。

攻撃魔法を使えるようになれば、リオン達も危うい。

戦いをギリギリまで避けるため、警戒心を持たれないよう精鋭とはいえ、人数を絞っている。

母娘で口論してもらえれば労せずして時間稼ぎが出来る。

リオンとしてもありがたい。

「リオン様は私と結婚して、リンドールを治めたいですよね?!」
唐突に話がふられた。

もう少しダラダラしようとしていたのにと思っていたが、頭を捻る。

「ジュリア様、カレン様にきちんと教育は施していたのですか? 疑問だらけで笑えないのですが」
リオンは崩さぬ笑顔でカレンを見据える。

「あなたと一緒になることがリンドールを治める……何故そのようになるのでしょうか?」
リオンはずっとこの国のおかしさに、この国の者が気づかない事が、不思議だった。

「私が王女だからですわ。だからその配偶者であるあなたが次代の王になって、この国を治める。そうでしょう?」

「そのような事を許す国を、僕は聞いたことがない。だってあなたは、王家の血筋を引いたものではないのだから」
カレンはただの連れ子である。

「僕は詳しく取り決めた契約内容を知りません。仮にジュリア様が王妃となった際に、カレン様とディエス国王陛下が養子縁組したとしましょう。そうなれば、カレン様からして国王陛下は養父でしょう」
血の繋がりはなくとも義理の親子にはなれるだろう。

「しかし血の繋がりは王族であれば普通の貴族よりとても大事とされる。直系の男性として王弟殿下がいるならば、順位として王位継承者として選ばれるのはクラナッハ様となるのが道理でしょう。特別養子縁組を組んだわけではない貴女の配偶者になっても、僕は何者でもない男になるだけですよ」
こちらの婿になったらアドガルムの王子という肩書きはまず外れる。

元王子くらいは言われるだろうが。

ジュリアならばわかってるはずだ。

「国王陛下を殺した後、どうするおつもりだったのです? 血筋の偽造でもするつもりでしたか? カレン様を、貴方と陛下の子とするつもりでいたとか? それでも僕にはリンドールを治める事は出来ない。王弟殿下を殺すつもりなら、わからなくもないですが……」
人を殺すのを厭わない王妃だ、目的の為なら手段を問わないだろう。

「直系男性が誰もいなくなれば、僕は国王代理にくらいならなれたかもしれない。もしも…仮にですが、有りえないのですが、カレン様と僕の間に男児が生まれたらその子が次期国王に選ばれるのは確実だったでしょう。ただあなたの傍は危険だ。僕だろうがその子だろうが、ジュリア様がきっと裏で糸を引くのでしょうが。今みたいに」
結婚はありえないと強調しつつ、仮定を話していく。

リオンは傀儡の王になんてなりたくない。

「お得意の毒を王弟殿下にまで使用するつもりだったのかもわかりません。全て憶測ですし、証拠もない。だが今までの行いから、王妃様が疑わしいというのはあります」
黙って聞いているジュリア。

兵たちの動揺がないのを見ると、皆ジュリアに忠義を誓ったものなのだろうなと思った。

幾人か迷う素振りを見せるかと期待したが、駄目なようだ。

このままでは皆ティタンの剣に掛かるだろう。








「リオン様…」
カレンは床に座り込んだ。

リオンの口ぶり、変貌、そして、愛など感じられない言葉。

「あなたはなぜそのように被害者の顔をするのです。僕以外の男性からのアプローチも受けていたでしょう?母親が毒で邪魔者を排除していたのも知っていたでしょう……義理の姉となるミューズ様を殺した事も、知っていた」
リオンからは笑顔が消えた。

何もない無の表情。

流され、付いてきただけだとしても、カレンの罪は重い。

「ジュリア様お答え下さい。僕の仮説、間違っていますか? 一生懸命無い頭を捻って考え出しのですが、答え合わせくらい教えてもらえても?」

「間違っています」
ジュリアはきっぱりと断言した。

「陛下を殺す? そんな恐ろしい事をするはずがないでしょう。あの方はきっと元気になります。ですから、王弟殿下に王位が移ることはない。リオン様がカレンと結婚し、男児を産めば王位継承権は発生したとは思いますが、残念ながら今更リオン様が望まれたとしても、もう結婚などないでしょうが」

「望んでいないので大丈夫です」
リオンは断言した。

「王弟殿下を殺そうとしたことは認めませんか?」
アドガルムには内密でクラナッハからの相談もあった。

その事で手に入れていた情報なのだが……。

「そんな事しません」
あくまで認めない。

堂々とした姿は確かに嘘をついてないように見える。

証拠を握っているリオンには道化にしか映らないが。

「そうですか。では国王のディエス様と直接話した時に、また話させてもらいます」
何を言おうが、響かなさそうだ。

そんな王妃の表情を崩したのは、慌てて入ってきた兵士の報告だ。

「王妃様、大変です!ガードナー領よりアドガルムの大隊が現れました!」

「なんですって?!」
ここでの報告にジュリアは開いた口が塞がらなくなった。

「カミュ、お願いするよ」
その報告をリオンも聞き、合図をする。

カミュに通信石にて命を出し、一緒にいる魔術師サミュエルが魔道具へ解除の魔力を流してもらう。

「解けたな」
感覚を感じ、リオンはパチンと指を鳴らす。

アドガルムの者たちは一箇所に固まり、結界を張る。

「何を……?」
ジュリアも違和感に気づいた。

魔法結界がなくなっているのを肌で感じ、そしてリオンが魔力を集中させているのを。

リオンは無言で魔法を使用する。

その手から放たれた蝶は、魔法結界がなくなったことにより、以前のパーティーの比ではない数だった。

王城中に瞬時に広がり埋め尽くしていくが、その体や鱗粉に触れたものを次々と眠らせていく。

「あなたはやはり無事か」
リオンは剣を抜いた。

目の前の王妃とカレン、そして騎士達には効いていない。

とっさに防御魔法を張ったのだろう。


「ど、どういうことですか?リオン様」
カレンは泣きそうな声だ。

あの時と同じ蝶ではないのか?

王妃より遠い場所にいた騎士や、防御が間に合わなかった魔術師は倒れている。

他にもリオンの魔力に押し負けた者などは為すすべなく床に転がっている。

「見ての通り僕は攻撃を仕掛けました。戦の為、少しでも戦力を削ごうと思いまして」
戦いから強制排除させる為、広範囲の状態異常魔法が使用した。

これで少なくとも魔法耐性の低い者や、従者などの一般人は眠らせる事が出来たはずだ。

殺しはしない、ミューズとの約束だ。

辺境伯に送られた兵とガードナー領に送られた兵の数を考えれば、ここは少ないはずだ。

それでも国王のいる場所、それなりに残っている。

「皆、戦闘準備だ」
リオンが味方全てに身体強化を掛ける。

リオンの従者達が隠し持っていた武器を握った。

「カレン、あなたは下がっていなさい」
王妃は近衛兵に指示を出し、戦いの場からカレンを遠ざける。

「あの王子は出来たら生け捕りにしなさい。無理ならば、他の者同様殺して構わないわ」
王妃は生け捕りにし、交渉の材料にはしたいと考えていたが、難しそうだ。

「僕はあまり戦いに慣れて無いので、お手柔らかに」
数匹の蝶はリオンの周りを飛び交う。

何らかの魔法があるだろうと王妃は警戒した。

「数の上ではこちらが上よ、怯むことはない」
伝令は出している。

少しすればここに兵は集まる。

二十くらいの人数など、すぐに始末出来るはずだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 
恋愛
「わ……私と結婚してください!」と叫んだのは、男爵令嬢ミーナ プロポーズされたのは第一騎士団の団長、アークフリード・フェリックス・ブランドン公爵 アークフリードには、13年前に守りたいと思っていた紫の髪に紫の瞳をもつエリザベスを守ることができず死なせてしまったという辛い初恋の思い出があった。 そんなアークフリードの前に現れたのは、赤い髪に緑の瞳をもつミーナ 運命はふたりに不思議なめぐりあいの舞台を用意した。 ⁂がついている章は性的な場面がありますので、ご注意ください。 「なろう」でも公開しておりますが、そちらではまだ改稿が進んでおりませんので、よろしければこちらでご覧ください。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

あなたにわたくしは相応しくないようです

らがまふぃん
恋愛
物語の中だけの話だと思っていました。 現実に起こることでしたのね。 ※本編六話+幕間一話と後日談一話の全八話、ゆるゆる話。何も考えずにお読みください。 HOTランキング入りをしまして、たくさんの方の目に触れる機会を得られました。たくさんのお気に入り登録など、本当にありがとうございました。 完結表示をしようとして、タグが入っていなかったことに気付きました。何となく今更な感じがありますが、タグ入れました。

恋は雪解けのように

ミィタソ
恋愛
王国アルテリア。 公爵家の令嬢エステルは幼馴染の侯爵嫡子クロードと婚約していた。 しかし社交界デビューを目前に、突然の婚約破棄を通告される。 「貴女の瞳には野心がない。装飾品でしかない女性に、我が家の未来は託せぬ」 冷徹に宣告するクロードの手元に、安物とは思えぬ新たな指輪が光っていた。 屈辱に震えるエステルは、古びた温室で偶然出会った謎の青年に差し出された赤い薔薇を握りしめる。 「この花のように、貴女は凍てついた大地でも咲ける」 そう囁いた青年こそ、政敵である辺境伯爵家の嗣子レオンだった。 雪解けと共に芽吹く二人の恋は、王家の陰謀に巻き込まれていく――。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

侍女は婚約が内定している俺様属性の男と縁を切りたい。

彩柚月
恋愛
 リリアは侯爵令嬢。オスカーとは、婚約予定。あくまでも予定で、まだ結んでいません。オスカーは何故かリリアにだけ、威圧的な態度を取るらしい。嫌で仕方がないので、オスカーの兄とプレ婚約期のやり直し。 今が幸せなので、あなたのことは助けてあげられません。   ※ご都合主義満載 ※細かい部分はサラッと流してください。

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

処理中です...