差し出された毒杯

しろねこ。

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侵攻開始

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ガードナー領の結界の内側から突然現れたアドガルムの大軍に、リンドール兵は怯んだ。

その大軍を割って現れたのはアドガルムの第二王子だ。

「リンドール兵に告ぐ!」
ティタンは馬上にて声を張り上げた。

「我が名はティタン=ウィズフォード、アドガルムの第二王子だ! 我らはアドガルムより参った! 王妃の悪政に心を痛めたミューズ王女の嘆願により、この度の戦を起こした! そしてガードナー公への一方的且つ理不尽な断罪、断じて見過ごす事は出来ず、こちらに馳せ参じたのだが」
一拍、呼吸を置く。

「戦いたくない者がいたら退け! 我らは命を奪いたいわけではない! 引かぬならば、我が剣で屠られる覚悟を持つが良い!」
手にした大剣をティタンは軽々と片手で掲げた。

馬上にいることとティタンの元々の体格の良さ。

そして分厚い大剣。

尋常じゃない威圧感を醸し出している。

リンドール側の動揺は激しい。

ティタンの威圧と、そしてその後ろには一人の女性。

フード付きのローブを纏った、およそ戦場には相応しくない格好の者。

ミューズ王女の名をティタンは口に出していた。

であるならば、彼女はミューズ王女なのだと推測出来る。

マオと共に馬に乗るミューズはマオに頼む。

「私も前に行けますか?呼びかけたいのです」
少しでも言葉と想いを届けたい。

マオはティタンの少し後ろまで馬を進める。

これくらいなら何かあればティタンが守れる範囲だ。

「リンドールの者よ。私はミューズ=スフォリアです」
マオの拡声魔法にてミューズの声が遠くまで響く。

「私は国王である父に毒を盛ろうとなんてしていません。冤罪にて、王妃に殺されかけました、信じてくれるかはわかりませんが」
冤罪への釈明と、自身の境遇を語る。

息を深く吸い込んだ。

「私はこの国を、王妃の手から守りたいのです。その為にアドガルムの方々は、私に力を貸してくれた。皆は疑問に思いませんでしたか? この国の現状を、王城の様子を!」
ミューズの説得で止まってくれれば、余計な血は流れないはずだ。

ティタンは油断なく、リンドール兵を見る。

「お願いです、私達を通して下さい! けしてあなた達の不利益になるような事には…」
ミューズの言葉を遮り、矢が飛んでくる。

ティタンは直様手にした大剣で矢を弾く。

「これが、答えか…」
ティタンが弾かずともマオが守っただろうが、敢えて行動した。

ミューズは第二王子が手ずから守るものだということ。

弓をひいてはいけない者に引いたこと。

それを示したかった。

「ミューズ、すまないな。どこまで約束が守れるかわからん。下がっていてくれ」
矢を放ったのは王妃の手の者だろうが、ティタンの前に出るならば切り捨てるつもりだ。

「構え!」
アドガルムの兵達が各々武器を手に取った。

「マオ、頼んだ」
ミューズの守りをお願いすると、マオはすぐに後方へと下がった。

リンドールの兵も剣を構える。

「最後通告だ!逃げたい者は逃げろ!!」
そう言ったティタンのもとへは無数の矢が放たれる。

ミューズは悲鳴を押さえるため、口元を手で押さえた。

アドガルムの魔術師団によって、それらは全て燃やされてしまったが、これが返事かとティタンはため息をついた。

最後通告も尽きたティタンは覚悟を決める。

「もう、覆らんぞ!」
手綱を握り、駆け出した。

ティタンは自身に身体強化と防御壁の魔法を掛けている。

重いはずの大剣を簡単に扱えるのはそのためだ。

だかそれに驕らず、万が一の魔力切れも考慮し、普段から鍛えるのを怠ったりはしていない。

ティタンが簡単に振った大剣は、馬上にいる敵兵を鎧ごと叩き斬った。

軽々と振られるそれは、時には家の壁や地面を削りつつ、人を切り捨てていく。

盾や鎧で防げるようなものではなさそうだ。

ルドとライカも己が剣に魔法で火を纏わせ、兵達をどんどん払っていく。

ついてきたキールも双剣を操り、兵を切り刻んでいく。

自国の者と対立するのはつらそうだが、剣に迷いはない。

ミューズはマオにしがみつき、その光景から目を離せないでいた。

みるみる顔は青褪め、こみ上げる吐き気に口元を押さえる。

「無理なさらずに」
マオが背中を擦ってくれる。

「……無理に見ることはないですよ」
人が死ぬところなんて、見なくていいものだ。

ミューズは普通の人なのだから。

このような残虐な場面を目にさせることはさせたくなかったのだが、再三のティタンの促しにも投降する兵は少なかった。

結果、アドガルムがリンドール兵を蹂躙するような戦いになってしまった。

ただ、死ぬのではない。

千切れる腕や、飛び散る内臓、むせ返るほどの血の匂いは嗅いだことないほど、濃い。

ミューズは自然と涙が出てくる。

恐怖心か嫌悪感か、ミューズの体はカタカタと震えていた。

覚悟したつもりなのに、実際の人の死に、体が拒絶してしまう。

今にも気を失いそうになる。

「マオ進め、このまま王城まで行く!!」

「ミューズ様、耐えてください」
ティタンの言葉にマオは馬を走らせる。

「目を閉じてるです、開けてはダメなのです」
マオは後ろからミューズを支え、ティタンの元まで駆けた。

「辛いよな、すまん。しかし行くぞ!」
薄っすら目を開ければ、ティタンは血塗れだった。

「怪我は……ないですか?」
恐る恐る声を掛ける。

「ない…全て、返り血だ」
少しだけ申し訳無さそうだ。

ティタンは約束を果たせなかった。

逃げる者はいたが、ティタンの大剣の犠牲になったものもかなりいる。

アドガルム兵もやむを得ず切り捨てる者もいた。

命を失くす前に、剣を捨てた者を殺すことはなかったが、剣を捨てられなかったものは残念だが、黄泉への旅路を歩むこととなってしまった。

「いえ、いいのです。ティタン様が無事でよかった……」
全てを手に出来るわけはない。

善処してくれたし、ティタンが生きてるだけでも充分だ。

「怪我したもの、負傷したものは、すぐに治癒を。捕虜として拘束した兵達は見張りをつけ、一箇所に集めろ。ここで隊を分ける、第一隊は俺と共に来い、他の隊はここの後始末、捕虜の見張りと、周囲への警戒を怠るな。ロキ殿の結界もそろそろ解除の運びとなる。残党が来たらロキ殿と協力して、倒していてくれ」

「ミューズ大丈夫か?つらいとは思うのだが、ここからは一気に駆け抜ける。俺の馬に乗せてやりたいが、この格好では無理だなぁ……」
血塗れであった。

「だめです、ティタン様はまだ敵を切るから危ないです。ミューズ様を汚してしまいます」

「すみません……」
それ以上に今は血の匂いで咽そうだ。

せめてと、ティタンへと浄化の魔法を掛ける。

「これくらいしか出来ませんが」
他にもミューズは広範囲の回復魔法を掛け、戦いで傷ついたアドガルム兵を癒やしていった。






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