【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。

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第65話 最期

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「ローシュ……」

 罪人であるならば、もう敬語はいらないだろう。

 しかしこうして彼を見ると、会いたかったような会いたくなかったような、不思議な気持ちになる。

 立ち会いたいと、最期を見たいと言ったのは自分なのに。




 彼がいたのは周囲から隔絶された牢で、とても静かな場所であった。

 話にしか聞いたことはなかったが、国家に仇なした凶悪犯が入る所で、逃げられないように強固な造りとなっている。

 ただ静かなのではなく、他の人の気配もなく、生活音も聞こえない、まさに無音な所だ。

(結構精神に来るものね……)

 日も差し込まず、魔道具の灯りだけが頼りなんて、時間の感覚もなくなりそうだ。

(誰とも話せないし、音もない。時間もわからないなんて、気が狂いそうね)

 こんな所に居て彼は正気を保てているのだろうか?

 仄かな灯りの中、牢にはローシュらしき人がいるのは見えている。こちらにはまだ気づいていないようだ。

 微かに見えるその顔には以前の面影はなく、落ち窪んだ目や痩けた頬を見るにだいぶ弱っており、神経を擦り減らしているように見える。

(それにしても、あんなに痩せる程月日は経っていたかしら)

 彼と最後に会った日からどれぐらい過ぎただろう。

 別れてすぐに入れられたわけではないはずだ。詳しい聞き取りや、裁判があったのだから。

(新聞でもローシュについて書かれていたわね、あれはいつの記事だったかしら)

 指折り数えて思い出そうとしていたら、ローシュがこちらに気づいたようで、よろけながらも駆け寄ってくる。

「兄様、エカテリーナ……お願いだから、助けて」

 しゃがれた声で必死に訴えられる。

 しばらく人と話をしていなかったのだろう、呂律もいまいちで聞き取りづらい。

 憔悴しているのはありありとわかるが、そう言われても困る。私達が来たのは全く反対の目的なのだから。

 牢越しとはいえ彼の目に映りたくない思っていたら、リヴィオが庇うように前に出てくれた。

 リヴィオの好意に甘えて彼の背中に隠れながら、ローシュの様子を窺う。

「私には何も出来ません」

 ここには魔封じの仕掛けもあるし、これでは私の魔法でも助けようがない。

(エイシャスさんと力を合わせればいけるかしら?)

 ちらりと彼女を見るが、表情すら崩さずカルロス様に付き従っている。

 ローシュへの関心は薄そうだ。

 物理的な問題以外にも、彼を助ける事は出来ないに決まっている。

 正式な判決が下っているのですもの。

「ローシュ。俺やエカテリーナ嬢は、お前に最期の挨拶をしにきたのだよ」

「最後?」

 ローシュは怪訝そうだ。

 こんな場所で一生を過ごすわけではないのだから、まだ寛大な判決よね。

「あなたに手を下すことは出来ないけれど、立ち会う事は出来ると特別に許可を得ましたの」

 強引な手ではあっただろうけど、王家より許可が貰えたのだ。

 両陛下は息子の最期を見るのは辛いと臥せっているらしい。そして、あろうことか立ち会うといったカルロス様に対しては、怒りを持っているそうだ。

(あの方々も意味がわからないわね。カルロス様は自身の務めとしてこのような辛い場にいるだけなのに)

 刑を執行するのは別な者だが、身内の不始末をこうして見届けようというのは殊勝な心掛けだと思うのだけど。

 とことん陛下達は逃げの一手しか取らないようね。

「立ち会う? 何の事だか……」

 困惑した顔から一転して恐怖に慄く表情となる。

「そんな、まさか今日が?」

 恐怖でガタガタと震え始めるローシュに憐れみは覚えるものの、助けたいとは思わない。

 今生の別れは間もなくだ。

 刑を執行するものや、見届けの為の医師などが、静かにカルロス様の元まで来た。

 辛さを抑えているのか、カルロス様の顔は何も読み取れないような無表情となっている。

「毒杯を」

 その言葉をカルロス様が口にした途端、ローシュは壁際まで勢いよく後退した。

「いやだ、何で僕がそんな目に合わなければいけないんだ!」

 本気でわからないのだろうか。

 ローシュが泣き喚くから、刑の執行がなかなか進まない。

 最期くらい潔く、なんてはいかないものね。王族としての矜持はないのかしら。

(いくら泣こうが喚こうが、刑は執行されるわ)

 侯爵家の者である私を王族が害そうとしたのだから、世間が見逃すはずはない。

 記憶を失った婚約者への無礼の数々は、他の貴族への不信感を集めるのに充分であった。

 学園でのローシュの振る舞いは、通う貴族の子息息女からその親に伝わり、静かに皆に伝播したのである。

 婚約という大事な契約を結んだ者を冷遇していたのだから、自分らもそうして冷遇され、切り捨てられるのではないかと考えられても、不思議ではない。

 その事に思い至らなかったのはローシュや下位貴族の者達だけだ。

 そしてタリフィル子爵家との繋がりもまたローシュの信頼を地に落とすものとなった。

 彼らが教団に脅されていたのは私に怪我をさせようと計画していただけではなく、違法な商売に手を染めていたのもある。

 そこを突かれ、誰にも助けを呼べず、拠点として屋敷を明け渡すようになってしまったらしい。

 知らずにとは言え、ローシュはその違法商売で手に入れた恩恵にあやかり、ラウドとの絆も深めていた。

 無知さと無力さを世間に存分に広めるものであろう。

 そんな彼らは既にいない。一族もろとももう目にすることはなくなった。

(もしも本当に私がローシュに殺されていたら、この国は戦火に見舞われたでしょうね)

 そんな事になればお父様が黙っているわけはない。派閥の者や他の貴族も王家の理不尽さに反旗を翻しただろう。

 そのような愚行を犯した第二王子を、野放しにするわけがない。





 どのみちローシュの未来は閉ざされていたのだ。

 私を手放した時点で。

 静かに昔を思い出していると苦鳴と怨嗟の声が聞こえる。

 苦しみで壁や床を引っ掻く音。

 毒により腹から込み上げてきた血の匂い。

 少しずつ物音やうめき声が小さくなっていく。

 そして数分経過したのだろうか、ようやく今、全てが終わった。











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