利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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2 海の国の聖人候補

272 安宿の若君

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272

〝逃げるなら人が多い場所がいい〟

借金取りにも領地の人間からも追われている私は、そんなおぼろげな知識で、マホロまで逃げ延びてきた。
金は日々出て行くばかりで、宿の質も下げざるを得ず、今では食事さえ出ない最下級の商人宿の払いにさえ困る有様だ。

(父上が財産らしい財産を残していなかったのが悪いのだ。何もかも売り払っても、借金は返せなかったし、母上が私に残した宝石を切り売りしてきた生活ももう限界だ……)

飲むと気分の悪くなる何からできているのかも判然としない安酒だけを慰めに、私は彼女を思う。

「サビーナ!なぜここに君はいないんだ」

ーーーーー

サビーナは、他領の領主の娘だった。その領は我が領地に比べれば、全く平凡で豊かでもなかったようだ。

だが、わが家とは、曽祖母の遠縁に当たる血筋とかで、昔から交流が続いていた。

近隣に比べればかなり恵まれていた我が領地には、時々借金の申し込みにきたりする困った親類は多かった。彼らもそんな親類のひとつであったのだが、子供の私は夏に遊びに来る親戚という認識しかなかった。

実際、サビーナの一家は、十数人で大挙して我が家にやってきて、夏中豪勢に飲み食いし遊び倒して帰って行くのが通例だった。

そして、あまりの傍若無人ぶりに、数年後には、怒った父によって子供以外は出入り禁止になり、ほぼ絶縁されてしまった。子供たちが除外されたのは、私が母に頼み、父を説得してもらったからだ。

私は、ひとり目の子を生まれてすぐ亡くした母によって、呆れるほど過保護に育てられたせいで、召使と家族以外との接触がほとんどない子供時代を過ごしていた。

そのことで父と母は度々喧嘩をしていたようだが、母は頑として譲らず、しかも喧嘩は母の体調を悪くしてしまうため父も強引にはできず、私は母の背に隠れるようにして生きていた。

そんな生活の中で、夏だけ訪れる一番下のサビーナを含む5人の子供たちは、私の子供時代からの唯一の遊び相手と言ってよかった。

上の兄たちは少し怖かったが、サビーナは病弱で気の弱い私にも優しくて、そして……とても美しかった。

幼い頃から、サビーナの両親は私たちを婚約させようと必死だった。
まぁ、彼等の目的が金なのだろうということは、さすがの私にも想像がついたが、それでもサビーナとの婚約は私には魅力的だった。
私の中では、彼女はすでに婚約者も同然だったのだ。

15歳を超えると、女性貴族は気軽に他領を訪ねることが難しくなる。

私は家族以外で唯一心を許せる最愛のサビーナのいない夏に耐えられず、会いたい思いを書き綴った手紙を送り続けた。
彼女からも美しい文字で綴られた〝私も会えなくて寂しい〟という手紙が届く。
私が贈ったプレゼントを大事に身につけて寂しさを慰めているという言葉に、胸を締めつけられる。

母が亡くなり、父が体調を崩し始めたのもその頃だった。私は父に隠れ借金して、会えない遠くのサビーナに高価なプレゼントを贈り始めた。

そして、婚約指輪が欲しいという彼女のために、もう借金も難しくなっていた私は森の木を切りそれを売り、そこにサビーナを迎えるための城を築くことを思いついた。
彼女と会うためには、彼女を妻として迎えるほかないのだ。

〝今、君のための美しい城を建てているよ。早く、君に会いたい〟
〝嬉しいわ。私も早くお側で、そのお城からの美しい景色を見てみたい〟

手紙のやり取りで有頂天になった私は、計画を強引に開始した。

(あのバンダッタ湾が一望に見下ろせる場所の新しい城で、サビーナとふたり幸せに暮らそう)

借金など、私が領主になって、もっと漁師たちを働かせ漁獲量を増やせば、すぐに取り戻せるはずだ。
山守のことなど知ったことではない。
この領地は山だらけなのだから、木など他で育てればいいだろう。

山守たちが誰も協力しないので、外から雇った者を使ってなんとか城作りを始めたが、運び出した木は傷ついたものが多く高値で売れず、地面はぬかるんだ上傾斜がきつく、整地すら難しい状態で、しばらく放置せざるを得なかった。

そんな時、家令が告げ口でもしたのか、私がアカツキ山にしたことが父に知れた。

病床で起き上がることさえ難しくなっていた父に、その話は本当で、間違ったとは思っていない、と告げた時の父の顔は、今でも忘れられない。

その表情は〝無〟と言ってよかった。
そしてその口から発せられたのは、抑揚も感情もなにも持たない、冷たい氷のような言葉……

「この地を守る意思がないのであれば、お前は領主たり得ない。お前は勘当だ。もう当家の名を名乗ることは許さない」

いつも優しく慈悲深い父が発した言葉とはとても思えなかった。

だが、父の目の暗さは見たことがないもので、その言葉は胸に突き刺さり言い訳する言葉も出ず、耐えきれなくなった私は部屋を出て走り去った。

そして、それから半日と経たず父は亡くなった。

あの時の言葉を知るのも父と私だけだ。

私はこれからサビーナとふたりこの領地を盛り立てていけば、父は許してくれるだろうと考えていた。
だが、私の気持ちとは裏腹に、サビーナへの贈り物どころか、税金さえ払えないほどに、領内の景気は急激に悪くなっていった。

貝も魚も、何もかも取れなくなってしまったのだ。
それは瞬く間の出来事で、何が起こったのか訳がわからない速度だった。

まだ喪中で正式な領主でもない私なのに、山のような陳情と、決定を望み判断を仰ぐ人々が毎日やってきた。
あれこれ言う家令の言葉もよく分からない。
もちろん私の借金の取り立ても日を追って厳しい催促をしてくる。

なすすべない私は、自分に〝領主〟は無理だと悟った。

そして自分が生きて行くための資金が必要だと考えを全て売ることにした。

「知ったことか!私は元々されたのだ!領主でもなんでもない!!」

夜、ガウラム家所有の船でバンダッタを出る。この船も、着いた港で売るつもりだ。

新天地からサビーナへ手紙を書こう。そして二人でやり直すのだ!


……なのに、なぜ私はこんなところにいるのだ!!

グラスを壁に投げつける音だけが、狭い部屋に虚しく響いた。
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