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2 海の国の聖人候補
286 魔法使いと喧嘩はするな
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286
バンハランの目を見れば、彼が何かに追い詰められていることは分かる。
イライラした雰囲気に刺々しい態度……かなり切羽詰まっている印象だ。
(それにしても……)
魔法使いに剣で真正面から対峙し脅しをかけるなど、まったく意味のないことだ。
今は魔法使いの端くれになっている私にはよく分かっている。
そして今のバンハランのやり方は、いくら魔法使いについて疎い沿海州の人とはいえ、武人にあるまじき最低の対応と言える。
相手が悪ければ、即死させられる可能性も高い危険度MAXの愚策だ。
(相手がどんな魔法の使い手か全く分からないのに、突撃って……無謀を通り越してバカなの?
仮にも将軍、相手の力量が全く分からないなんてコトないと思うんだけど……こちらに情報が漏れることを極端に気にしてるし、いろいろ怪しいなぁ)
〝セイ〟ことセイリュウも美しい顔の眉間にしわを寄せ、困惑顔だ。
「困りましたね。いくら体調が優れないとはいえ、私はそれなりに強い力を持った魔法使いですよ。あなたに私が捕まえられるとは思えません……お引き下さい」
冷静に告げるその声には、一切の震えも怒気もなく、そのことがいかにも百戦錬磨の実力を感じさせた。
だがバンハランは相変わらず、剣を振りかざしたまま、強硬に連行しようとする様子を崩さない。
「いや!たとえこの身に何が起ころうと、ここで引くことはできない。絶対に一緒に来てもらう!!
ただあるものの汚れを取り去って欲しいだけだ。
報酬は思いのままに払おう。ただ、なにも聞かず仕事をしてもらいたい。それがお互いのためなのだ!」
すっかり冷静さを欠いたバンハランの様子に私が呆れていると、セイリュウからの目配せを受けた。
私は小さく頷いて、予定通りそっと後ろの方に退き皆に見えない場所から《迷彩魔法》をかけた。
ありがたいことに、この緊迫した遣り取りの中では、子供の私には誰も注目していなかったので、下がるのも隠れるのも簡単だった。
今にも飛びかかろうとする勢いのバンハランの目の前で、椅子に座ったまま魔法使い〝セイ〟の姿は一瞬で消えた。
そして、魔法使いの美しい声だけが響いた。
「この店のご主人とは今日初めてお会いしただけで、彼は私について名前以外何も知りませんよ。問い詰めても無駄です。では、ごきげんよう」
そして声が消えると沈黙の中、バンハランが崩れるように膝をついた。
そして唸り声を上げ始めたかと思うと、手に血が滲むほど何度も手を床に叩きつけた。
「魔法使い!魔法使いよ!!力を持つ者よ!
お前には何の関わりもない話なのは百も承知だ。
私のしていることは、到底許されない暴挙だということも判っている。
だが、これは我が家の問題に止まらぬ、極めて深刻な話なのだ。
できるなら、誰にも悟らせず秘密裏に解決したかった」
どうやらバンハランは、彼の抱える問題が外部に漏れることを極端に恐れているようだ。
詳細を知らせず、とにかく〝元に戻し〟て解決したかったらしい。
バンハランの様子に何かを感じたらしいラーヤさんが問う。
「一体どうされたのです。
この所の貴方は明らかにおかしいです。貴方様は、こんな強硬にしかも礼を失した行動をなさるような方ではないはずだ。一体、そんなにも性急にしかも隠密裏にしなければならない何が起こったと言うのですか?
もう、それを語らずには何一つ進みませんよ!」
すでに魔法使いとの交渉に絶望しつつあったバンハランだったが、ラーヤさんの言葉に、それでもどこかで聞いているかもしれないと語り始めた。
「もう無理なのだろう……死にゆく妹の恥になること、そしてこの国の安泰を脅かすこの状況、何とか水面下で誰にも知られず隠密裏に終わらせたかった。
だが、もうそれは諦めよう……そして私は全てを話し乞うしかない。
我が妹の今生の願いをどうか、叶えてはくれないか!そしてこの地の平穏を、どうか守ってくれ!
私のしたことが許せないと言うなら、この命を差し出そう。
この願い叶えてもらうためならば、私はどんな苦痛でも受ける!私の命と引き換えても構わない!
この地には、貴方以外の誰も、救えるものはないのだ!」
バンハランの言葉に、ラーヤさんが驚きの声を上げた。
「巫女様に、キヌサ様に何かあったのですか!?」
ラーヤさんの問いに、苦しそうにバンハランは言葉を絞り出す。
「厳重に箝口令を敷いているが、キヌサは魔獣に襲われて重傷を負い明日をも知れぬ状態なのだ。
にも関わらず、自責の念にかられて、全ての治療を拒み泣き暮らしている……」
バンハランはそこから厳重な人払いを始めた。
私は唯一魔法使いを知るものとして残され、部屋にはバンハラン将軍、ラーヤさん、私、そして見えなくなっているセイリュウとセーヤだけになった。
「事の起こりは、小さなシミだったのだ」
ラーヤさんの解説とバンハラン将軍の話をまとめると、こういう事のようだ。
この街、というよりこの国は〝ヌノビキの大神〟の庇護の元にある。
〝ヌノビキの祭〟も〝ヌノビキヒメ〟を選ぶ事も、全てはその後の神事のためなのだそうだ。
それは一昼夜行われる奉納舞で、その中でも〝ヌノビキの大神〟がこの地に残されたとされる神聖な衣装〝神の衣〟での神楽は、最も大切なものなのだという。
「わが妹キヌサは、最高のお針子でもあったため、この〝神の衣〟の管理を任されていた。今年も近づいてきた祭に備えて、古い糸を解き、新しいものに変える作業をしていたそうだ。だが、妹には滅多にないことに手が滑り指を刺し、衣装に小さな血の点がついてしまったのだ……」
キヌサさんは、大慌てで処置したが完全には跡が消えず、悩んだ末に〝魔法屋〟のことを思い出し、コッソリと〝神の衣〟を持ち出し、なんとか綺麗にしてもらうことに成功した。
だが、〝神の衣〟をヌノビキ大社へ戻すその帰り道、さらなる悲劇が彼女に襲いかかった。
バンハランの目を見れば、彼が何かに追い詰められていることは分かる。
イライラした雰囲気に刺々しい態度……かなり切羽詰まっている印象だ。
(それにしても……)
魔法使いに剣で真正面から対峙し脅しをかけるなど、まったく意味のないことだ。
今は魔法使いの端くれになっている私にはよく分かっている。
そして今のバンハランのやり方は、いくら魔法使いについて疎い沿海州の人とはいえ、武人にあるまじき最低の対応と言える。
相手が悪ければ、即死させられる可能性も高い危険度MAXの愚策だ。
(相手がどんな魔法の使い手か全く分からないのに、突撃って……無謀を通り越してバカなの?
仮にも将軍、相手の力量が全く分からないなんてコトないと思うんだけど……こちらに情報が漏れることを極端に気にしてるし、いろいろ怪しいなぁ)
〝セイ〟ことセイリュウも美しい顔の眉間にしわを寄せ、困惑顔だ。
「困りましたね。いくら体調が優れないとはいえ、私はそれなりに強い力を持った魔法使いですよ。あなたに私が捕まえられるとは思えません……お引き下さい」
冷静に告げるその声には、一切の震えも怒気もなく、そのことがいかにも百戦錬磨の実力を感じさせた。
だがバンハランは相変わらず、剣を振りかざしたまま、強硬に連行しようとする様子を崩さない。
「いや!たとえこの身に何が起ころうと、ここで引くことはできない。絶対に一緒に来てもらう!!
ただあるものの汚れを取り去って欲しいだけだ。
報酬は思いのままに払おう。ただ、なにも聞かず仕事をしてもらいたい。それがお互いのためなのだ!」
すっかり冷静さを欠いたバンハランの様子に私が呆れていると、セイリュウからの目配せを受けた。
私は小さく頷いて、予定通りそっと後ろの方に退き皆に見えない場所から《迷彩魔法》をかけた。
ありがたいことに、この緊迫した遣り取りの中では、子供の私には誰も注目していなかったので、下がるのも隠れるのも簡単だった。
今にも飛びかかろうとする勢いのバンハランの目の前で、椅子に座ったまま魔法使い〝セイ〟の姿は一瞬で消えた。
そして、魔法使いの美しい声だけが響いた。
「この店のご主人とは今日初めてお会いしただけで、彼は私について名前以外何も知りませんよ。問い詰めても無駄です。では、ごきげんよう」
そして声が消えると沈黙の中、バンハランが崩れるように膝をついた。
そして唸り声を上げ始めたかと思うと、手に血が滲むほど何度も手を床に叩きつけた。
「魔法使い!魔法使いよ!!力を持つ者よ!
お前には何の関わりもない話なのは百も承知だ。
私のしていることは、到底許されない暴挙だということも判っている。
だが、これは我が家の問題に止まらぬ、極めて深刻な話なのだ。
できるなら、誰にも悟らせず秘密裏に解決したかった」
どうやらバンハランは、彼の抱える問題が外部に漏れることを極端に恐れているようだ。
詳細を知らせず、とにかく〝元に戻し〟て解決したかったらしい。
バンハランの様子に何かを感じたらしいラーヤさんが問う。
「一体どうされたのです。
この所の貴方は明らかにおかしいです。貴方様は、こんな強硬にしかも礼を失した行動をなさるような方ではないはずだ。一体、そんなにも性急にしかも隠密裏にしなければならない何が起こったと言うのですか?
もう、それを語らずには何一つ進みませんよ!」
すでに魔法使いとの交渉に絶望しつつあったバンハランだったが、ラーヤさんの言葉に、それでもどこかで聞いているかもしれないと語り始めた。
「もう無理なのだろう……死にゆく妹の恥になること、そしてこの国の安泰を脅かすこの状況、何とか水面下で誰にも知られず隠密裏に終わらせたかった。
だが、もうそれは諦めよう……そして私は全てを話し乞うしかない。
我が妹の今生の願いをどうか、叶えてはくれないか!そしてこの地の平穏を、どうか守ってくれ!
私のしたことが許せないと言うなら、この命を差し出そう。
この願い叶えてもらうためならば、私はどんな苦痛でも受ける!私の命と引き換えても構わない!
この地には、貴方以外の誰も、救えるものはないのだ!」
バンハランの言葉に、ラーヤさんが驚きの声を上げた。
「巫女様に、キヌサ様に何かあったのですか!?」
ラーヤさんの問いに、苦しそうにバンハランは言葉を絞り出す。
「厳重に箝口令を敷いているが、キヌサは魔獣に襲われて重傷を負い明日をも知れぬ状態なのだ。
にも関わらず、自責の念にかられて、全ての治療を拒み泣き暮らしている……」
バンハランはそこから厳重な人払いを始めた。
私は唯一魔法使いを知るものとして残され、部屋にはバンハラン将軍、ラーヤさん、私、そして見えなくなっているセイリュウとセーヤだけになった。
「事の起こりは、小さなシミだったのだ」
ラーヤさんの解説とバンハラン将軍の話をまとめると、こういう事のようだ。
この街、というよりこの国は〝ヌノビキの大神〟の庇護の元にある。
〝ヌノビキの祭〟も〝ヌノビキヒメ〟を選ぶ事も、全てはその後の神事のためなのだそうだ。
それは一昼夜行われる奉納舞で、その中でも〝ヌノビキの大神〟がこの地に残されたとされる神聖な衣装〝神の衣〟での神楽は、最も大切なものなのだという。
「わが妹キヌサは、最高のお針子でもあったため、この〝神の衣〟の管理を任されていた。今年も近づいてきた祭に備えて、古い糸を解き、新しいものに変える作業をしていたそうだ。だが、妹には滅多にないことに手が滑り指を刺し、衣装に小さな血の点がついてしまったのだ……」
キヌサさんは、大慌てで処置したが完全には跡が消えず、悩んだ末に〝魔法屋〟のことを思い出し、コッソリと〝神の衣〟を持ち出し、なんとか綺麗にしてもらうことに成功した。
だが、〝神の衣〟をヌノビキ大社へ戻すその帰り道、さらなる悲劇が彼女に襲いかかった。
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