利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
585 / 840
4 聖人候補の領地経営

774 素朴な疑問

しおりを挟む
774

「ではマリス伯爵は……」

「いませんわ。私もこれから出かけてしまうし、伯爵のお相手はできないの」

マリス領の領主館にやってきたマーゴット伯爵は、彼女の言葉に呆然としていた。もちろん先触れは数日前に出して、返事は〝歓迎はいたしますが、領主メイロード・マリスは多忙につき、必ずお会いできるとは限りませんことをご了承ください〟というものだったが、有力な貴族の訪問は地方貴族にとっては、それだけで中央とのパイプがあることを内外に示すことができる大事な機会だ。

社交界で名を馳せ、これまでも避暑に行った各地で大接待を受けてきた〝パレスの貴公子〟マーゴット伯爵は、そういった待遇を当然と考えていたし、先触れも彼らに準備の時間を与えるためのものぐらいに考えていた。そのためマリス領からの《伝令》の丁寧ではあるがそっけない文面もまったく意に返すことなく、予定通り避暑の旅の道すがらという態度で、意気揚々とマリス領第五区カングンの街にある領主館にやってきたのだった。

領主館があるとはいえ貧しい北東部の田舎町と侮っていたカングンは、想像に反してとても美しかった。

街全体が活気に満ちていて、人々の往来が多いことにも驚いたが、それ以上に驚いたのは街の整備の素晴らしさだった。道路は大都市にも引けを取らないほど完璧に整えられており、日差しを防ぐ街路樹や美しい花々もきちんと手入れされている。行き届いた清掃も、ここが北東部最果ての領地だということを忘れさせるほどだ。

(なんとも気持ちの良い街だな。これは避暑に向いた街のようだ)

だが到着した領主のいる建物は、カングンの繁栄ぶりから考えると、なんとも地味なものだった。建物は立派だが、その様式は古めかしく、だいぶ古い作りのまま使い続けているという雰囲気で、あちこちに補修した跡もみられる。

(これだけ街の整備にかける金があるなら、普通はまず領主館の建て替えだろう? なんだってこんな古い建物のままなんだ?)

不思議に思うマーゴット伯爵を出迎えた家令らしき初老の男は、実に洗練された挨拶でマーゴット伯爵一行に歓迎の口上を述べ、旅の疲れをねぎらい、極上の茶やパレスでも品薄の最高級の菓子でもてなした。

だが、一向に領主からの挨拶がない。

(まさか、本当にいないのか?)

「旦那様、やはりマリス伯爵様はいま、こちらのお屋敷にはいらっしゃらないようでございます」

家令のドーソンが状況を確認してきたところによると、やはり先触れの返事の通り急な用事でマリス伯爵は外出しているとのことだった。

「なんてことだ。この私に挨拶もしないとは……」
「いえ、旦那様、それは先触れで……」
「わかってる! それでもいいからと来たのはこちら側だ! だが、まさか会えもしないとは……さてどうするか」

そこへドアがノックされる音がした。

パレス風のメイド服を着た召使いの女性は、当地に逗留中のアリーシア・ドール侯爵令嬢がご挨拶を差し上げたいといらしていると告げた。

(ドール家の御令嬢か……そういえば、パーティーでもやけにマリス伯爵と親しそうな口ぶりだったな。ここに逗留していたのか)

「それは恐れ入る。お通ししてくれ」

召使いたちとともに現れたアリーシアは、避暑地らしい明るい色をし軽快で動きやすそうなドレス姿をし、笑顔で現れた。その姿はマーゴット伯爵にはパレスでみたときよりも健康的で明るい雰囲気にみえた。

マーゴット伯爵の印象では、この少女は典型的な高い地位にある貴族の姫らしい人物で、パーティーでも召使いたちのガードが硬く、なかなか近くには寄れなかった。親しく話したことはなかったが、それでも夢見る年頃の令嬢らしくマーゴット伯爵には興味津々という雰囲気は感じられた。

「お久しぶりですね。マーゴット伯爵」

「これはアリーシア様、こちらにご逗留中と知っておりましたら私からご挨拶に伺いましたのに、ご足労をおかけし申し訳ございません。いつもお美しいですが、本日の避暑地らしい明るいお召し物姿も実に可憐でいらっしゃいます」

「ありがとう、伯爵。いえ、メイロードからもしあなたがいらしたら、ご挨拶だけでもしておいてと頼まれましたものですから……私もこれから出かけてしまいますので、ともかく歓迎の言葉をお伝えしなければと思いましたの」

「そ……そ、それは、恐縮でございます」

マリス伯爵が、アリーシア・ドール嬢と仲がいいらしいということは、パーティーでのアリーシアの言動から察しはついていたものの、公爵令嬢を格下の爵位のマリス伯爵が、自分の名代として挨拶させるなど、普通は考えられないことだった。

「これは、あくまでも引き受けたことですから、お気になさらないで。メイロードが、お客様に挨拶もできないことを気にしていたから、私から、挨拶しておくと言ってあげたの」

アリーシアは楽しそうに笑っている。そこには、いつもの高価なドレスと煌びやかな宝石で武装した気位の高い侯爵令嬢の姿はなく、貴族的な駆け引きや回りくどいやりとりもまるでなかった。

「メイロードはね、本当に忙しいの。私もここへ来てびっくりしたわ。領主ってものすごく忙しいのよ。この領主館にも一日中誰かが問題や厄介ごとを持ち込んでくるし、メイロードのやることはみんな初めてのことばかりらしくて、質問やら報告やらも一日中。この領主館の人たちはものすごく有能だけど、メイロードは長く外遊に出ていたらしくて、仕事が滞っていたみたいなのよね」

アリーシアは、ここに逗留しながらメイロードの生活をみることで、自分の祖父や父もまた領地のために多くの時間を割いているのだと改めて感じたという。そして、より領地のためにと新しいことを試し続けているマリス領、そしてその領主であるメイロードが、大変な激務をこなしていることを知ったのだ。

アリーシアはイタズラっぽく笑いながらこう言った。

「私……ずっとマーゴット伯爵をとても尊敬できる、素敵な殿方だと思っていたのですよ。だから、ひとつお聞きしたいのですけれど、伯爵のご領地では、どんな施策をされているのかしら? お忙しいのではないのかしら?」
しおりを挟む
感想 3,006

あなたにおすすめの小説

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。