利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
628 / 840
5森に住む聖人候補

817 縫合

しおりを挟む
817

原始的で最先端の縫合法。それはちょっと面白いやり方だった。

元いた世界の医療現場で縫合のときに使われるようになってきていた医療用ステープラーを使った処置法。これは患部にホッチキスの針のようなものを打ち込み、傷口を両側から挟み固定するという方法なのだ。処置が手早く行え、また直接縫合する様子や針が見えないため、怖がる子供の小さな傷を塞ぐのにもとても効果的だった。うちの双子も転んで頭を切り二針縫ったことがあるが、そのときこのやり方で治療を受けた経験がある。

そして、この現代医療に取り入れられた方法と酷似した処置法が大昔にもあったのだ。

それは顎の発達した昆虫に傷口を噛ませて患部を塞ぐというもので、噛ませた小さな昆虫の顎がホッチキスの針の役割となる。つまりやっていることは医療用ステープラーのそれと同じなのだ。

前世で調べたときの知識では、この治療法では患部を噛ませたところで昆虫の首を残して切断するとされていた。写真では患部には昆虫の首がずらずら並ぶという、なかなかグロテスクな様子が写っていたのを覚えている。

だがこちらの世界の〝オオアゴアリ〟という名の昆虫の生態ならば、この残酷さを回避できる。まさにこの治療にうってつけなのだ。

〝オオアゴアリ〟は、危機を感じると大きな顎で敵を噛み、口から酸を注入することで敵を撃退する。その際、このアリは顎を取り外し敵の体表面に残した状態で逃げるのだ。彼らの顎は再生可能なので、こういうことができるらしい。
彼らと同じような大きさの昆虫には、この噛み付かれたままの酸攻撃は大変有効なのだが、ソーヤが好んで食べていることでもわかるように、このアリの使う酸は人体には無毒でむしろ傷の消毒になる成分のため注入されても問題がない。

(便利すぎる。まさに野生の医療用ステープラーね!)

私は処置のための用意ができると横になっているお父さんに声をかけた。

「これから腕の傷口を縫うための処置を行います。これ感じますか?」

そう言いながら、消毒したピンセットを使い、先程まで湿布を貼って固定していた腕の表面をキュッとつまんだ。これに先程の安眠薬入り薬草茶の影響で少し朦朧としているお父さんは、はっきりと首を横に振った。

「何も……感じない」

実は先ほどまで患部に貼っていた湿布状のものには皮膚に使うとしびれを感じさせる薬草が混ぜてあったのだ。これらの薬草を使うと簡易的な局所麻酔のような効果が得られることはハルリリさんから学習済みだったので使ってみたのだが、想像通りの効果が表れているようだ。

(これならおそらく痛みはないはず……よし!)

「これから縫い合わせる代わりに、この〝オオアゴアリ〟を噛みつかせることで深い傷口を塞いでいこうと思います。痛みはほとんどありませんし、これをすることで針と糸で縫うのと同じ効果が得られます。格段に治りも早いでしょう。はじめてもよろしいですか?」

「あ……アリ?」

お父さんは不思議そうな顔になったが、ここまでの治療の手早さから少しは信用してくれたのだろう。傷の治りが早いという私の言葉を聞くと、直ぐに頷いてくれた。

「では、始めますね」

私にとっても初めてのことだが、今更躊躇しても仕方がない。女は度胸だ。

ソーヤが採ってきてくれた生きた〝オオアゴアリ〟を一匹ピンセットで掴むとちょうど傷を挟むような位置にそれを慎重に誘導すると、本能なのかうまく噛みついてくれる。このアリは生きたまま殺菌効果が期待できる〝ポーション〟に浸けていたので、動きがとてもいい。

(〝ポーション〟って昆虫にも効果あるのかな?)

確認すると、元気なアリの顎はがっちりと皮膚に食い込み、傷口を左右から挟み込んだ状態になっている。
そこでピンセットを上に引き上げると少し抵抗を感じたところでプチっとその顎は抜けて傷口に残り、ピンセットには顎のない〝オオアゴアリ〟が残った。

(よし、これなら行けそう)

そこからは同じ作業の繰り返しだ。傷口に置いては噛ませてという作業は十四匹目ですべての傷口を塞ぐことに成功した。

綺麗に並んだ〝オオアゴアリ〟の顎は黒いホッチキスの針のようだ。

「はい、お疲れ様でした。これで処置は終了です。ではもう一度固定しますから、なるべく動かさないようにして安静にしましょうね」

私がもう一度薬草茶をお父さんに飲ませると、安心したのかすぐにお父さんは眠ってしまった。

処置は成功、あとは片付けだ。

「ソーヤ、この子たちは逃がしてあげてね。今回の処置を可能にしてくれたんだから」
「わかってますよ。〝ポーション〟まで飲ませてもらってるんですから、自慢の顎はすぐにまた生えてくるはずですよ」
「ふふ、そうだといいわね」

少年には傷はしっかり塞がったことを伝え、おそらくお父さんは今夜はここで休ませたほうがいいと伝えた。

「もしかしたら熱が出るかもしれないけれど、ここなら私が診てあげられるから」

「ありがとうございました。村には薬師様はいませんから、あのまま村に戻っていたらこんな手厚い治療を受けることはできなかったと思います。どうお礼をしたらいいのか……」

少年の話を聞くと、彼の住む村には医療系の専門職はおらず、病気のときは何人かの薬草の知識がある村人たちが対応するらしい。それもよく知られた薬草を煎じて飲んだり塗ったりするぐらいのものだそうで、基本は自然治癒力に頼っての放置に近い状況なのだという。

「お代にいくらお支払いすればいいかわかりませんが、親父と相談してできるだけ……」

そういう少年の言葉は少し緊張が見えてた。薬師への支払いとなれば、決して裕福とは思えない彼らには大きな負担に違いない。

「……えっと、今回は緊急事態でしたのでお助けいたしましたけれど、私もまだ修行の身ですので、お金はいりません。その代わり、私のことは村の方には言わないでくださいね。いまはここで静かに研究を続けたいので……ね」

そこからは払う払わないの話でしばらく揉めたが、最終的な落とし所として、お父さんの怪我が治ったら、そのあとに狩りへ出て手に入った肉を一年間無償で必要なだけもらえるということで決着した。

「毛皮も必要ならいってもらえれば用意します!」

「あ、ありがとう……助かるわ」

(律儀な猟師さんのおかげで、どうやら、カントリー調の家に毛皮の敷物もプラスされそうね)
しおりを挟む
感想 3,006

あなたにおすすめの小説

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。