利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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6 謎の事件と聖人候補

972 妖精さんの提案

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972

〝サイデム商会〟では、おじさまと食品部門担当の数名の職員が難しい顔をしていた。なぜこんな深刻なことになっているのかといえば……私がご機嫌で持ち込んだ新商品が原因なのだ。

おじさまからの依頼があった翌日のことだ。

出来上がった新商品〝ドーナッツ〟の商品見本を私は意気揚々と持ち込んだ。なぜだかサイデムおじさまには呆れた顔をされて、とても不本意だった。

(いいじゃん、早い方が。善は急げだよ!)

そのあと急遽招集された食品販売部門の方々と私は、厳重に音声遮断の魔法がかけられた特別な会議室に入り、商品説明をしながら試食してもらった。そこから現在担当者とおじさまがなんだか唸ったり、困り顔になったりしている。

「さすがはメイロードさま、イスの〝美食の女神〟は健在でございますね」
「ああ、この〝ドーナッツ〟食ったら絶対虜になるうまさだ。俺はたいして甘いものに執着はないが、それでもこいつは相当うまかった」

担当の皆さんも〝ドーナッツ〟の味をかなり気に入ってくださったようで、どんどん試食しながらしばらくは絶賛の嵐。どうやら商品としては十分使えそうだ。
だが、そこから少しトーンが落ちてきた。

「問題は類似品の排除でございましょうか」
「ああ、メイロードからも聞いたが、こいつは見た目だけならすぐ真似ができちまうらしいな。となると、どれがなのか定着しないうちに質の悪い似たようなものが大量に市場に出回る可能性が高い。そうなれば、この〝ドーナッツ〟という新しい菓子のうまさが知られる前に、その価値が下がってしまう……それは避けねばな」

目の前に置かれた工夫を重ね作り出した色とりどりの〝ドーナッツ〟を見つめながら、おじさまと担当者は深いため息をついた。おじさまは私の方を見て、こう言う。

「どうせお前は作り方が広まってもそれでいいと思っているんだろうが、これは売り方次第では長くイスの名物にできる味と見た目の菓子だ。うちの店が一番うまいとはっきりイス全員が認知するまでは、できれば他に下手な味のものを作られたくない」

「それは……まぁ、そうでしょうけど、そんなことできますぅ? 材料には確かに工夫をしてますから、そう簡単に同じ味にはならないと思いますけど、形は……」
「そうなんだ。こいつの見た目の斬新さを簡単に真似されるのは間違いないんだよなぁ」

ここは生き馬の目を抜く商業の街〝イス〟だ。

商売のタネになりそうなものが公の場に出てくれば、どんどん真似される。メイロード・ソースのときに真似が横行しなかったのは、おじさまが手を回してくれて発売時に〝メイロード・ソース〟という名前の〝名称登録〟をしていてくれたからだ。

この世界には、偽物を排除するための登録制度がある。

魔道具には特許に近い制度があるそうだ。だがそれ以外のものにあるのは〝命名権〟という権利だけだという。ただしその権利は厳重で、先に登録されたものの名前を無断で使えば最悪死刑もありうるほどの厳罰なのだ。

この〝命名権〟はもともと貴族の名を騙った商売をした者を裁く目的でできたので、すごく厳しい罰が設定されているという。

あっという間の有名になった〝メイロード・ソース〟という名前は〝マリス商会〟の専有となり、いまではシラン村所有の商標というわけだ。ここまで認知度が高まると、それ以外はどうしたって〝ニセモノ〟になってしまうだろう。名前を使えば厳罰、名前を変えれば売れないとなれば、劣化版を売るものはいなくなるわけだ。

「では今回も〝ドーナッツ〟という名前を登録すれば……」
「もちろん〝メイロード・ドーナッツ〟と〝ドーナッツ〟は登録申請した! だが、これは商品には刻印できんだろう?」

(登録早すぎ! えっ、やっぱり〝メイロード〟はつくの?)

だが、いまは私の名前を使わないでとか、言っている場合ではない。瓶に入ったソースと違い〝ドーナッツ〟に刻印はできないし、どうしたらいいのだろう。

「では、メイロードさまとこのドーナッツの形、そして味が一挙に頭に入るように致しましょう!」

そう言ったのは、いつの間にか〝ドーナッツ〟をしっかり食べていたソーヤだった。

私はソーヤに聞く。

「えっと、ソーヤ? それはどういうことかな?」

「大々的に売り出しの告知を出し、大試食会を開きましょう。そこにメイロードさまもご登場いただきお店の名前や意匠とともに〝これが本物だ!〟と力強く宣言いただければ、イスの認知度はすぐ上がりますよ」

ソーヤが提案してくれたのは、いわゆる〝新商品発売イベント〟の大掛かりなものだ。

「それですよ! やりましょう、サイデム様、メイロードさま‼︎」
「それなら、あっという間に噂も味も広まりますね!」
「告知は早い方がいいですな」

みなさんあっという間にこの案にノリノリだ。わいわいと相談を始める担当者の皆さんを見ながら、おじさまが小さな声で私に言った。

「〝妖精〟ってのは、主人のためにはいくらでも働けるし話せるが、基本受動的だ。自分の意思で人前に出て提案したりはできないはずだぞ?」

「ふふん、私のソーヤを甘く見ないでください。私の妖精さんはふたりとも最高なんですから」

私はみんなに混じってイベントの話をしているソーヤを見ながら、なんだかとても嬉しい気分だった。
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