利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
782 / 840
6 謎の事件と聖人候補

971 新作のお菓子

しおりを挟む
971

私が取り出したのは〝プレーンヨーグルト〟

「ベーキングパウダーに近い効果を生み出す素材はいくつかあるのね。お酢も選択肢のひとつなんだけど、これから作るお菓子にはこれが合うと思うの」

私は重曹とプレーンヨーグルトを混ぜた生地を作っていき、他の材料を加えながらちょうど良い比率と生地の弾力を探りながら調整していった。

(うんうん、いい感じだね。そうだ! 大量生産するんだから、薄い金属板を使った型も発注しておかないといけないな)

私は簡単にサイズをメモに書き、設計図らしきものも添えて、それをソーヤに託した。

「これを金属加工の工房に発注して欲しいの」
「はい、了解です!」

ありがたいことに、これまでの仕事のおかげで〝マリス商会〟は工房に顔が利く。
仕事は急かされるが金払いがよく、しかもその発注された仕事からさらに大きな仕事に発展することも多いという評判が広まったのだ。そしていつの間にかどの工房でも〝マリス商会〟からの依頼だと伝えると、どこもいい仕事を超特急でやってくれるようになっている。

きっと今回も超特急で仕上げてくれるに違いない。

(助かるなぁ……やっぱり誠実な対応って大事だね)

というわけで、現在のところ型はないので、寝かせておいた生地を小さく丸め、真ん中に穴をあげて広げリング状に整えていった。

すぐに戻ってきたソーヤは、テーブルに並んだ穴の空いた丸い小麦粉生地を見て不思議そうにしている。

「これをどうなさるので?」

「油で揚げるの!」

私はニンマリと笑いながら、温まった油の中にそっと生地を入れていく。
ぷっくりと膨らんだ生地が、油の中で音を立て、しばらくしてひっくり返すと美味しそうな茶色い姿を見せた。

(いいね、これこれ!)

私は鼻歌混じりに次々と生地を揚げていった。周囲には油の香ばしい匂いと甘い香りが満ちていく。

「なんでしょう……ものすごくお腹がすいた気がします」

油切りのため立てかけるようにトレイに並べられた茶色い小麦粉菓子を見ながら、ソーヤのヨダレがあふれそうになっている。

「ふふ、それじゃ、ひとつだけ味見ね」

私が許可を出すと、ソーヤはとても大事そうにまだあたたかな菓子をつまみ上げ、パクリと食べた。そして、次の瞬間にはすべてが口に入っていたのには驚いた。信じられない速さだ。

「……ふゅばらひぃ……」

「えっ? なぁに!」

「素晴らしいお味でございます、メイロード様‼︎」

「そう、気に入ったのね」

「はい! もちろん小麦粉を揚げた菓子は、この世界にも多くございますが、こんなふんわりとしたこんなにも優しいお味の菓子はみたことも食べたこともございません。これはなんというのでございますか?」

「これは〝ドーナッツ〟っていうお菓子よ」

「〝ドーナッツ〟……この穴が空いているという不思議な形状が、均一な火の通りやすさと食べやすさ、そして華やかな楽しさを与えてくれます。ひと口食べれば天上の甘さと程よい噛み応え、ああこれはたまりません。永遠に食べ続けられる気が致します」

「はいはい、一個だけよ」

私の言葉にわかりやすく肩を落とすソーヤに、私は笑いながら声をかける。

「だってこれからこの〝ドーナッツ〟にはたーくさん工夫をしなきゃいけないんだもの。さぁ、いろいろな味の〝ドーナッツ〟をこれから作るわよ!」

私の言葉にソーヤはパッと明るくなり、目を輝かせた。そのわかりやすい様子を見ながら、私は準備する。

「さっきソーヤが言っていたように、この世界にも小麦粉系の揚げ菓子はすでにあるじゃない? だから、この〝ドーナッツ〟はかなり早いうちに類似商品が出てくると思うの」
「確かに……ですが、この生地はそう簡単に真似できるものではございませんよ」
「そうね、食べれば明らかに差があるうちは、先発のウチに有利かもしれないわね。でも、それだけじゃまだ足りないわ」

ここで私は粉砂糖を取り出した。

「まずは卵の白身を用意して、ほぐしたところで粉砂糖を混ぜて、柑橘を少し絞ってさらに混ぜまーす。それをクルッと丸めて先が細くなった油紙に入れて、その紙の先端をちょんと切ると、ほら出てくるでしょう?」

「面白いですね、純白の砂糖の糸が……なんと美しい!」

「これ〝アイシング〟っていうの。これで線を引くだけで、ほら綺麗!」

細い線で表面を飾られた〝ドーナッツ〟は、さらに甘さをそして華やかさを増す。だが、まだこれからだ。

「ここにオーブンでローストしたあと細かく砕いたウォナの実やバヴァの実みたいな木の実を振りかけるとひと味加わって、見た目も変わるでしょ? 色の綺麗な果物を乾燥させてから砕いて振ってもいいわね。できるだけ味も色も増やしたいから、いろいろ試しましょう」

私がいうが早いかソーヤは〝無限回廊の扉〟へダッシュし、保存してあった木の実や果物を大量に抱えて戻ってきた。まさに阿吽の呼吸というやつだ。

「ありがとう、ソーヤ。それじゃ、やりますか」

私たちはその日の午後、たくさんの創作ドーナッツ作りを心ゆくまで楽しんだ。
そしてもちろん、出来上がった大量の新作ドーナッツのほとんどは、ソーヤのおやつになったのだった。

(まぁ、一度作ったものは〝生産の陣〟で複製できるからいいんだけどね……それにしても百二十個はいくらなんでも食べ過ぎじゃない?)
しおりを挟む
感想 3,006

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス
恋愛
 結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。  また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。  大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。  かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。  国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。  スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。  ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。  後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。  翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。  価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。