観客席のモブは、恋をする予定じゃなかった

しろうさぎ

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出会い

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「アイリス、この花束をアルベルト家までお願い」

ママが差し出したのは、いつもより少し豪華な包みだった。

「うん」

アルベルト家――この町で一番のお金持ちの家。
平民だけれど、代々続く商家で、大きな屋敷を構えている。
奥様がお花好きで、週に何度かお花の配達をさせていただいているお得意様だ。

籠を抱えて通りに出ると、朝の町はやっぱり賑やかだった。

「アイリス!」

名前を呼ばれて振り向くと、子どもたちが手を振っている。

「今日はどこまで?」

「アルベルト家だよ」

「お手伝い頑張ってね」

そんなやり取りをしながら、私は石畳を進む。
屋敷に近づくにつれて、建物は少しずつ大きくなる。
門の前で立ち止まると、呼び鈴を鳴らす前に中から慌てた足音が聞こえた。

「アイリス!」

勢いよく現れたのは、この家の息子。
アイリスの1つ年上の男の子で、服はいつもきちんとしているけれど、どこか落ち着きがない。

「こんにちは。お花をお届けに来ました」

そう笑顔で伝えると、彼は一気に顔を赤くした。

「……あ、あの!」

言葉を探して、男の子の視線が泳ぐ。

「き、今日は、どんな花……?」

「今日はね、奥様のリクエストにあった白と黄色のお花が多いよ。黄色いフリージアと白いスズランは奥様の好きな組み合わせだよね」

籠の中を少し見せると、彼は嬉しそうに覗き込んだ。

「やっぱり、花はアイリスが持ってるのが一番いいな」

そう言って、照れたように笑う男の子の後ろから、屋敷の使用人が出てきて、花を受け取ろうとする。

「あの、よろしければ裏口までお運びします。母から花が長く綺麗に咲く方法を教わっているんです」

水の量、茎の切り方、置き場所。
ほんの少しの工夫で花は見違える。

使用人の方にそう申し出れば、笑顔で「いつもありがとうございます、ではこちらへどうぞ」と案内してくれる。

男の子に向かって「失礼します」と笑顔で会釈してから、私は使用人の後をついて行く。

「ア、アイリス!ありがとう!またお花注文するね!」

後ろで彼がブンブン音が鳴りそうなくらい大きく手を振り、私は小さく振り返した。



アルベルト家を出て、通りを戻ろうとした、その時だった。
少し離れた路地の方から、馬鹿にしたような笑い声が聞こえる。

「おい、顔を上げろよ」

「お前よそ者か?気味の悪い顔でうろついて、気持ち悪いんだよ」

「お前みたいなのが歩いてたら、目障りなんだ」

路地の角で、数人の男の子が一人を囲み、容姿を嘲笑い罵っていた。
中心にいるのは、ぼさぼさの髪、服もくたびれていて、俯く横顔からしても、顔立ちは……正直、整っていない。
見慣れないその姿は、この町の子ではないのだろう。
けれど、俯いたまま何も言い返さない姿は、悪い人には見えなかった。

「――やめなよ」

声を出してから、私はようやく気づいた。
囲んでいる男の子の中に、見覚えのある顔があることに。
俯く男の子の前に立っているのは、さっき別れたばかりの、アルベルト家の息子だった。

「ア……アイリス?!」

彼はばつが悪そうに視線を逸らす。
けれどすぐに、取り繕うように胸を張った。

「違うんだ、これは――僕は町の安全のために―」

「その子、嫌がってる」

アルベルト家の息子は、一瞬で表情を変えた。

私は、はっきり言った。
「人を笑うのは、よくないよ」

俯いていた男の子は、驚いたように私を見る。
一瞬、交わったその目は、とても澄んでいた。

「アイリス、君は優しすぎるんだ」
アルベルト家の息子は、少し不満そうに言う。
「こんな、どこの誰かも分からない薄汚い奴、アイリスが庇う必要なんてない」

路地の空気が、わずかに揺れた。

「どうして?その子が何か悪い事でもしたの?」

自分でも分かるくらい、声のトーンが冷ややかだった。

「どうしてって……」
彼は言葉に詰まり、少しだけ声を落とす。
「……アイリスは、もっとちゃんとした人と一緒にいるべきだ。そうだ…、こんな不細工な奴、アイリスに似合わないだろ?」

その言い方が、どこか必死で、同意を求めるように一歩前ににじり寄る。

私は小さく首を傾げた。
「ちゃんとしてるかどうかって、外見で決まるの?私はそんな事で友達を選んだりしないよ」

その言葉に、彼の表情が揺れる。

「……アイリス」
静かにそう言うと、彼は唇を噛んだ。
「……行くぞ」
吐き捨てるように言って、仲間たちを連れて去っていく。

去り際、一度だけ振り返った目は、
怒っているというより――傷ついたように見えた。


路地に残ったのは、私と、囲まれていた男の子だけ。

「……大丈夫?」

そう声をかけると、男の子はゆっくり顔を上げ、またすぐに視線を外した。

手は出されていないようで、怪我の無い姿にほっと息をつく。
男の子は近くで見ると、やっぱり不格好で――
でも、琥珀色の瞳だけが、不思議なくらい澄んでいた。

「……ありがとう」

少し戸惑うようにこちらを伺いながら、男の子は一歩後ろに距離をとる。

「私は、アイリス」
ゆっくり、微笑みながら伝える。

少し間を置いて、男の子は答える。
「……ルカ」

またしばらく、やわらかな沈黙の後、
「……ありがとう」
小さな彼の声が、路地に響いた。

私は、ふるりと首を振った。
「当たり前のことだよ」

その時、彼は初めてちゃんと私の顔を見て、笑った。
ぎこちなくて、でも、どこか大人びた笑顔だった。

(……綺麗な子)

なぜか、そう思った。

それが、私とルカの最初の出会いだった。


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