【完結】妹に婚約者まであげちゃったけれど、あげられないものもあるのです

ムキムキゴリラ

文字の大きさ
9 / 28

7. ドーロン伯爵家の日常

しおりを挟む
 アナスタシアの妹、キャシーはドーロン伯爵邸で優雅に過ごしていた。生まれた時からここで過ごし、優しい両親に囲まれ、何不自由のない生活を送っていた。彼女がアランと結婚してから早三年。夫となったアランの魅力に飽き始めていた。
「そういえば、お姉様はどうしているのかしら」
「アナスタシアのこと?」
 そばで刺繍をしていた母親、ドーロン伯爵夫人がキャシーの声に素早く反応した。
「お金が入ってきているから、まだ働いているんじゃないかしら」
 伯爵夫人はぶっきらぼうに答えた。アナスタシアには家に給料を入れさせていたが、それは当然のことと捉えており、アナスタシア自身に関心は微塵もなかった。
「まだ働いていたのか、すぐに根を上げると思っていたのだが……」
 父親、ドーロン伯爵が嫌味ったらしい低い声音で言った。アナスタシアはアランと結婚しないとなると、すぐに、魔術研究所で働き始めたのだった。なぜ、あのような高名な研究所でアナスタシアなんぞが働いているのか、彼には甚だ疑問だった。
「あなた、何か知らない?」
 キャシーは宮殿の護衛を務めている夫のアランに声をかけた。出勤の準備に忙しくしていたが、愛しの妻の声に耳を傾けた。
「……そういえば、侯爵家の息子と親しくしているらしいよ」
「え?」
 地味で男を誘う手練手管を持ち合わせていないあんな女がどうして?とキャシーは驚いた。どうせたいしたことのないボンクラだろうと考えた。きっとうだつの上がらない冴えない男で、ついでに、だるんだるんでへどもどしているんだわと想像を膨らませた。
「ねぇ、どのような人?」
「それが、皇太子の護衛のダニエルだそうだ」
「何ですって?」
 その名には聞き覚えがあった。まっすぐな黒髪に、キリッとした緑の目に薄く形の整った唇と整った容姿で裕福な侯爵家の長男であり、おまけに超がつくほどに優秀で、人当たりも良く、非常に若い女性に人気があった。
「何でもよくアナスタシアの研究室に出入りしているらしい」
「へぇ、そうなの……」
「僕はもう出かけるよ」
 アランはいつものように愛しいキャシーの額に口付けを落として、仕事に出かけて行った。
「お父様、お母様」
 キャシーはアランが出て行ったことを確認して、いつも用意させている濡れたハンカチで額を拭った。
「あのね、お願いがあるの」
「「どうしたの、かわいいキャシー」」
「私、ダニエル様が欲しいわ!!」
 両親はキャシーの発言に驚きを隠せず、目を見張った。
「アランさんはどうするの?」
 伯爵夫人は心配そうに言った。彼女はアランの妻となる女性がアナスタシアからキャシーに変わった際に、アランの両親を説得することに一役買っていたのだ。
「私がアラン様にお話するし、それに、お姉様に突っ返せば大丈夫よ」
 そうすればアランはドーロン伯爵家の跡取りとしての地位を維持できる。
「それはつまり、あれをドーロン伯爵夫人にさせる気かな、キャシー」
 伯爵は忌々しそうに吐き捨てた。彼は昔からアナスタシアのことを疎ましく思っていた。かわいいキャシーと比べて、愛嬌のない表情や何を考えているかわからない目をしていることから、アナスタシア用の仕置き部屋を設けるほど、彼は目の敵にしていた。
「お父様、突っ返したからと言って、お姉様が伯爵夫人になるまでお元気にしているとは限らないじゃない!」
 キャシーはきゃらきゃらと邪気なく笑った。
「それもそうだな、キャシー」
 ドーロン伯爵は満足そうにうんうんと頷いた。
「アランさんもあなたが説得すればきっと大丈夫よ」
 伯爵夫人も夫と同じようになんとかなると頷いて笑った。
「ええ、そうよね!」
 キャシーは両親をいとも容易く説得した。昔から二人はやさしいと彼女は微笑んだ。
「ダニエルさんという方もあなたに会えば、アナスタシアなんてどうでもよくなるわよ」
「ふふふ、そうよね。私の方がかわいいもの!!」
 二人とも大好きとキャシーはパッと花が咲くような天真爛漫な笑顔を見せた。
 キャシーは父親と母親を愛している。なぜなら、自分の望みや願いを叶え、あらゆることを思い通りにしてくれるために、大事な存在であるからだ。
 まずはお姉様の様子を見に行こうかしらと、キャシーは両親に見えないようににんまりと笑った。どういうわけかキャシーは姉が大切にしているものや気に入っているものを見ると、より一層欲しくてたまらなくなるのだ。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

魔力量だけで選んじゃっていいんですか?

satomi
恋愛
メアリーとルアリーはビックト侯爵家に生まれた姉妹。ビックト侯爵家は代々魔力が多い家系。 特にメアリーは5歳の計測日に計測器の針が振りきれて、一周したことでかなり有名。そのことがきっかけでメアリーは王太子妃として生活することになりました。 主人公のルアリーはというと、姉のメアリーの魔力量が物凄かったんだからという期待を背負い5歳の計測日に測定。結果は針がちょびっと動いただけ。 その日からというもの、ルアリーの生活は使用人にも蔑まれるような惨めな生活を強いられるようになったのです。 しかし真実は……

全部私が悪いのです

久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。 姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。 世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。 *全18話完結となっています。 *大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。 *後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。 *この作品は他誌にも掲載中です。

見知らぬ子息に婚約破棄してくれと言われ、腹の立つ言葉を投げつけられましたが、どうやら必要ない我慢をしてしまうようです

珠宮さくら
恋愛
両親のいいとこ取りをした出来の良い兄を持ったジェンシーナ・ペデルセン。そんな兄に似ずとも、母親の家系に似ていれば、それだけでもだいぶ恵まれたことになったのだが、残念ながらジェンシーナは似ることができなかった。 だからといって家族は、それでジェンシーナを蔑ろにすることはなかったが、比べたがる人はどこにでもいるようだ。 それだけでなく、ジェンシーナは何気に厄介な人間に巻き込まれてしまうが、我慢する必要もないことに気づくのが、いつも遅いようで……。

【完結】さっさと婚約破棄してくださいませんか?

凛 伊緒
恋愛
公爵令嬢のシュレア・セルエリットは、7歳の時にガーナス王国の第2王子、ザーディヌ・フィー・ガーナスの婚約者となった。 はじめは嬉しかったが、成長するにつれてザーディヌが最低王子だったと気付く── 婚約破棄したいシュレアの、奮闘物語。

妹は病弱アピールで全てを奪い去っていく

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢マチルダには妹がいる。 妹のビヨネッタは幼い頃に病気で何度か生死の境を彷徨った事実がある。 そのために両親は過保護になりビヨネッタばかり可愛がった。 それは成長した今も変わらない。 今はもう健康なくせに病弱アピールで周囲を思い通り操るビヨネッタ。 その魔の手はマチルダに求婚したレオポルドにまで伸びていく。

【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~

ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。 長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。 心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。 そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。 そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。 レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。 毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。 レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく―― これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。 ※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!

犠牲になるのは、妹である私

木山楽斗
恋愛
男爵家の令嬢であるソフィーナは、父親から冷遇されていた。彼女は溺愛されている双子の姉の陰とみなされており、個人として認められていなかったのだ。 ソフィーナはある時、姉に代わって悪名高きボルガン公爵の元に嫁ぐことになった。 好色家として有名な彼は、離婚を繰り返しており隠し子もいる。そんな彼の元に嫁げば幸せなどないとわかっていつつも、彼女は家のために犠牲になると決めたのだった。 婚約者となってボルガン公爵家の屋敷に赴いたソフィーナだったが、彼女はそこでとある騒ぎに巻き込まれることになった。 ボルガン公爵の子供達は、彼の横暴な振る舞いに耐えかねて、公爵家の改革に取り掛かっていたのである。 結果として、ボルガン公爵はその力を失った。ソフィーナは彼に弄ばれることなく、彼の子供達と良好な関係を築くことに成功したのである。 さらにソフィーナの実家でも、同じように改革が起こっていた。彼女を冷遇する父親が、その力を失っていたのである。

処理中です...