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8. 身内=厄介
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ダニエルと海に行った日から、アナスタシアの研究室の客室にある机の上には、ハマちゃんこと猫の置物がコージーこと犬の置物の隣に座っていた。そして、彼女の右手首にはイエローゴールドの腕輪がきらりと輝いている。
アナスタシアはるんるんで研究をじゃんじゃんしていたら、海を飲み水にする魔術が大方完成した。やっぱり実際に確認するということは大事だとアナスタシアは実感した。少なくともそのやり方は自分にあっているのだろうと満足していた。そして、魔術できたよ~の報告のためにアナスタシアは研究室を出て、魔術研究所の本局に向かった。そこに行って、魔術のお披露目を行うと、いい魔術じゃん!すごい!素晴らしい!やばすぎ~と口々に称賛され、アナスタシアはよかった~と満足して、気分よく帰り道についていた。
「お姉様、久しぶりね」
アナスタシアは妹のキャシーに待ち伏せされていたようで、気分がだいぶ曇った。そして、たしかに、本当に久しぶりだなと感じた。キャシーがアランと結婚した時以来、アナスタシアは妹夫婦にも両親にも会っていなかった。妹はこんな声、こんな顔だったかと思うほどだった。どこか懐かしさすら感じていた。
「本当にあいかわらず陰気な顔してるわね」
嫌味ったらしい妹の声を毎度のように右から左に聞き流した。妹は両親に甘やかされることで、年々傲慢さが増し、アナスタシアは鬱陶しいと煙たがっていた。キャシーは家庭教師から付きっきりで教育を受け、生まれてからこのかた、ドーロン伯爵邸で暮らしていたため、アナスタシアは12歳から学校の寮に入ることで、妹や両親と顔を合わせる機会を減らしていた。
「そういえば、最近、仲がいいらしいわね」
キャシーはずいっと距離を詰めて、わざとらしく、くすくす笑ってきた。アナスタシアはこんなに妹は滑稽だっただろうかと感じた。
「あのダニエル様と親しくしているなんてね。あなたには似合わないわよ!地味で飾り気のない女にはね。隙がなくてかわいげがぜーんぜんない、話していてつまらないし、何考えているかわからないってアラン様が言っていたわよ」
アナスタシアは矢継ぎ早に甲高い声でキャシーががなり出してげんなりした。え、アラン?誰だっけ?知らない奴に悪口言われているのかぁとわずかに悲しく思った。
「アラン様はついに王宮の護衛に出世なされたのよ。未来のドーロン伯爵として精進しているわ」
そうだった、アランはキャシーの夫で元婚約者だったということをアナスタシアは思い出した。もうどうでもよくなっていたため、アランのことなんぞすっかり忘れていたのだ。元々、アナスタシアはアランのことは好きではなかった。悪い人ではないような気がするが、流されやすく悪い意味で単純な男というのがアナスタシアの評価であった。
「アラン様を返してほしかったらやりましょうか?」
いらないなとアナスタシアは率直に思った。もう忘れかけていたのだ。アナスタシアにとってアランは結婚しろと親から言われているだけの男だった。もう顔も思い出せない存在だ。
「あら、これは?」
キャシーはめざとくアナスタシアの右手首にある腕輪を見つけ、素早く掠め取った。キャシーはこの人が装飾品をつけているなんて珍しいとしげしげ見つめた。
「……返して」
「これお姉様なんかが買ったの?」
アナスタシアは妹に何を言っても徒労に終わるとわかっているため、貝のようにぐっと口を閉ざした。
「もしかして、誰かからもらったの?まさかねぇ、あなたみたいな人にそんなことするなんて、よほどの物好きか、ボンクラかしらね」
「……いいから、返して!!」
「んふふふ、アハッ、あははは!!そーんなに返してほしいの?」
キャシーはアナスタシアから大きな反応があったため、この腕輪が大切で仕方がないもので、これにまつわる人も大切なんだとわかってしまった。キャシーはアナスタシアのことをある程度は理解していた。姉妹としての付き合いで嫌でも互いの理解が進んだのだろう。
「いーっつもどうでもよさそうにしているのにねぇ」
そーんなに大事なんだとキャシーはニヤニヤ下品な笑みを浮かべた。
「じゃあ、私に土下座しなさいよ!返してくださいってね」
キャシーは高飛車に言い放った。彼女はお姉様になら何をしてを構わないと思っている節があった。姉の持ちものを奪っても、土下座をさせても良いと感じている。だってお姉様だもの、我慢するべきじゃない!
アナスタシアは土下座ね……と頭を巡らせた。そこそこ人がいる手前でアナスタシアが土下座をして、恥をかく側はキャシーやドーロン伯爵家の方だ。妹が姉の腕輪を取り上げ、返してほしかったら土下座しろと宣い、姉がそれに従い土下座したとなれば、冗談では済まなくなり、ドーロン伯爵家の痛手となることは目に見えていた。
しかし、アナスタシアにはそのようなことはどうでもよかった。ただただその腕輪を返してほしかった。アナスタシアはその場に足をついて、土下座をした。
「お願いします。返してください」
キャシーは顔をひしゃげて笑い出した。醜い心根がそのままあらわれているような、見るに耐えない笑顔だった。
「アッハハ、嫌よ!奪われたマヌケが悪いんじゃない!!」
アナスタシアの腕輪を奪ったままキャシーはさっさとその場を立ち去った。アナスタシアは腕輪を奪われてべつにいいかとは諦めきれなかった。ダニエルと一緒に出かけ、一緒に買った思い出も奪われた気持ちだった。どうやって返してもらおうかとアナスタシアは考えを巡らしたが、答えは出なかった。今まで、もちろん、キャシーの方から自主的に返してもらったことはなかったが、アナスタシアはどうやってキャシーから取り返そうかと考えたことすらなかったのだ。
それからほどなくして、騒ぎを聞きつけたダニエルが座り込んでいるアナスタシアの元に駆け寄ってきた。
「アナスタシアさん、何かあった?」
「その、腕輪をあげてしまって」
アナスタシアはぼんやりとした口調で話した。いつも家で妹に物を奪われた時の言い訳を癖で話した。奪われた、盗られたというとひどく怒られるのだ。
「誰に?」
「……妹です」
「そっか……」
ダニエルの心配そうな視線に耐えかねて、アナスタシアはごめんなさい、失礼しますと申し訳なさげにさっと立ち去った。
アナスタシアはるんるんで研究をじゃんじゃんしていたら、海を飲み水にする魔術が大方完成した。やっぱり実際に確認するということは大事だとアナスタシアは実感した。少なくともそのやり方は自分にあっているのだろうと満足していた。そして、魔術できたよ~の報告のためにアナスタシアは研究室を出て、魔術研究所の本局に向かった。そこに行って、魔術のお披露目を行うと、いい魔術じゃん!すごい!素晴らしい!やばすぎ~と口々に称賛され、アナスタシアはよかった~と満足して、気分よく帰り道についていた。
「お姉様、久しぶりね」
アナスタシアは妹のキャシーに待ち伏せされていたようで、気分がだいぶ曇った。そして、たしかに、本当に久しぶりだなと感じた。キャシーがアランと結婚した時以来、アナスタシアは妹夫婦にも両親にも会っていなかった。妹はこんな声、こんな顔だったかと思うほどだった。どこか懐かしさすら感じていた。
「本当にあいかわらず陰気な顔してるわね」
嫌味ったらしい妹の声を毎度のように右から左に聞き流した。妹は両親に甘やかされることで、年々傲慢さが増し、アナスタシアは鬱陶しいと煙たがっていた。キャシーは家庭教師から付きっきりで教育を受け、生まれてからこのかた、ドーロン伯爵邸で暮らしていたため、アナスタシアは12歳から学校の寮に入ることで、妹や両親と顔を合わせる機会を減らしていた。
「そういえば、最近、仲がいいらしいわね」
キャシーはずいっと距離を詰めて、わざとらしく、くすくす笑ってきた。アナスタシアはこんなに妹は滑稽だっただろうかと感じた。
「あのダニエル様と親しくしているなんてね。あなたには似合わないわよ!地味で飾り気のない女にはね。隙がなくてかわいげがぜーんぜんない、話していてつまらないし、何考えているかわからないってアラン様が言っていたわよ」
アナスタシアは矢継ぎ早に甲高い声でキャシーががなり出してげんなりした。え、アラン?誰だっけ?知らない奴に悪口言われているのかぁとわずかに悲しく思った。
「アラン様はついに王宮の護衛に出世なされたのよ。未来のドーロン伯爵として精進しているわ」
そうだった、アランはキャシーの夫で元婚約者だったということをアナスタシアは思い出した。もうどうでもよくなっていたため、アランのことなんぞすっかり忘れていたのだ。元々、アナスタシアはアランのことは好きではなかった。悪い人ではないような気がするが、流されやすく悪い意味で単純な男というのがアナスタシアの評価であった。
「アラン様を返してほしかったらやりましょうか?」
いらないなとアナスタシアは率直に思った。もう忘れかけていたのだ。アナスタシアにとってアランは結婚しろと親から言われているだけの男だった。もう顔も思い出せない存在だ。
「あら、これは?」
キャシーはめざとくアナスタシアの右手首にある腕輪を見つけ、素早く掠め取った。キャシーはこの人が装飾品をつけているなんて珍しいとしげしげ見つめた。
「……返して」
「これお姉様なんかが買ったの?」
アナスタシアは妹に何を言っても徒労に終わるとわかっているため、貝のようにぐっと口を閉ざした。
「もしかして、誰かからもらったの?まさかねぇ、あなたみたいな人にそんなことするなんて、よほどの物好きか、ボンクラかしらね」
「……いいから、返して!!」
「んふふふ、アハッ、あははは!!そーんなに返してほしいの?」
キャシーはアナスタシアから大きな反応があったため、この腕輪が大切で仕方がないもので、これにまつわる人も大切なんだとわかってしまった。キャシーはアナスタシアのことをある程度は理解していた。姉妹としての付き合いで嫌でも互いの理解が進んだのだろう。
「いーっつもどうでもよさそうにしているのにねぇ」
そーんなに大事なんだとキャシーはニヤニヤ下品な笑みを浮かべた。
「じゃあ、私に土下座しなさいよ!返してくださいってね」
キャシーは高飛車に言い放った。彼女はお姉様になら何をしてを構わないと思っている節があった。姉の持ちものを奪っても、土下座をさせても良いと感じている。だってお姉様だもの、我慢するべきじゃない!
アナスタシアは土下座ね……と頭を巡らせた。そこそこ人がいる手前でアナスタシアが土下座をして、恥をかく側はキャシーやドーロン伯爵家の方だ。妹が姉の腕輪を取り上げ、返してほしかったら土下座しろと宣い、姉がそれに従い土下座したとなれば、冗談では済まなくなり、ドーロン伯爵家の痛手となることは目に見えていた。
しかし、アナスタシアにはそのようなことはどうでもよかった。ただただその腕輪を返してほしかった。アナスタシアはその場に足をついて、土下座をした。
「お願いします。返してください」
キャシーは顔をひしゃげて笑い出した。醜い心根がそのままあらわれているような、見るに耐えない笑顔だった。
「アッハハ、嫌よ!奪われたマヌケが悪いんじゃない!!」
アナスタシアの腕輪を奪ったままキャシーはさっさとその場を立ち去った。アナスタシアは腕輪を奪われてべつにいいかとは諦めきれなかった。ダニエルと一緒に出かけ、一緒に買った思い出も奪われた気持ちだった。どうやって返してもらおうかとアナスタシアは考えを巡らしたが、答えは出なかった。今まで、もちろん、キャシーの方から自主的に返してもらったことはなかったが、アナスタシアはどうやってキャシーから取り返そうかと考えたことすらなかったのだ。
それからほどなくして、騒ぎを聞きつけたダニエルが座り込んでいるアナスタシアの元に駆け寄ってきた。
「アナスタシアさん、何かあった?」
「その、腕輪をあげてしまって」
アナスタシアはぼんやりとした口調で話した。いつも家で妹に物を奪われた時の言い訳を癖で話した。奪われた、盗られたというとひどく怒られるのだ。
「誰に?」
「……妹です」
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