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第二章 【過去編】イザベル・ランドール
包むような温かさを
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「……取り敢えず二人ともお風呂かな」
イザークはひょいっと二人を両腕にそれぞれ抱えた。
「ララはいるか」
「はい旦那様」
使用人達の輪から出てきたララはイザベルの惨状に言葉を失う。
「お、お嬢様!? 何をしでかしたのですか!?」
「えへへ……どうもー」
インクを滴らせ、イザベルは頭を掻く。お客様──ユリウスを迎えるために着たドレスは黒く染って台無しになり、洗ったとしてももう着れないだろう。
まだ片手で数える程しか着用していないドレスが駄目になり、ララはその場で卒倒しそうになる。
そんなことも知らないで、イザベルはイザークに尋ねる。
「ユリウスと一緒に入るの?」
「そんな訳ないよ。私が殿下を洗うから、ララはベルを綺麗にしてくれないか」
「かしこまりました」
「ああ、バスルームまでは私が連れてくよ」
抱き上げたことでイザークのシャツも黒く染っていた。これ以上被害を拡大せぬよう、自分が連れていった方が良いと判断したのだ。
浴室で降ろされたイザベルは、素っ裸にされてララに顔を石鹸をつけたタオルでゴシゴシ擦られる。
「お嬢様! 逃げちゃダメです」
逃げようとするがすぐに捕まる。ムスッとするイザベルをララは叱る。
「インクを被ったお嬢様が悪いのですよ!」
「だってぇ」
「だってもでも、もありません」
(……それでも、ああしないといけないって思ったんだもの)
心の中でつぶやく。
ユリウスの顔半分が真っ黒で奇妙な痣があったことに、イザベルは年相応に衝撃を受けた。
イザベルには難しいことは分からない。初対面の子が何を考えているのかも察せない。けれども、あれが普通ではないというのは分かる。
(きっとユリウスは特殊な立ち位置なのだわ)
だからあんなにも自分を責めるような言動を見せる。何も悪くないのに。
(死ねばよかっただなんて普通思わないもの)
ちょっとでもそんなことないんだよ、と伝えたくて。インクを被るという行動に出たのだ。あの行動が良いか悪いかなんて分からないけれど、イザベルはやって良かったと思っていた。
洗い終わり、新しい服に着替えたイザベルは髪を拭くのもそこそこに父とユリウスの元へ走る。
「お父様!」
「ベル、乾かしたのかい?」
「乾かしましたよ!」
銀髪からぽたぽた水が落ちているのに、自信満々に答える娘に対し、イザークは思わず笑ってしまった。
「ベルの基準だと風邪をひいてしまうよ。おいで」
大人しく父の元に行く。その横にはちょこんと椅子に座ったユリウスも居た。
こちらもまた上がったばかりなのか、黒髪には水滴が付いており、ぽたぽたと床に垂れている。それでも薄汚れていたボロきれのような服から、子供用の新しいシャツに着替えて清潔感があった。
イザークはイザベルをユリウスの隣に座らせると、持っていたタオルで長い髪を包みキュッと軽く絞る。
その様子を見ていたユリウスが口を開いた。
「…………きれいな銀髪だね」
「そうでしょ? お母様と同じ髪色なの!」
タオルからはみ出ていた銀髪を手に取る。ララの手入れのおかげでさらさらを保っている髪は艶があった。イザベルの自慢できる一つだ。
「お母様はね、毛先になるにつれくるんくるんだったんだって。わたしの髪がストレートなのはお父様から継いでるらしいの」
「へえ」
相槌を打ち、ユリウスは自分の髪を手に取った。イザークによって丁寧に洗われたとはいえ、今まで手入れも何もしてこなかった髪は枝毛が多く、傷んでいる。
「わたしの色もだけど、ユリウスの髪も珍しい色合いよね」
濡れ羽色の髪を持つ人をイザベルは初めて見た。何色にも染まらない漆黒。とても素敵だ。
けれども彼は顔を曇らせてしまう。
どうしてだろうかと聞いてみようとした矢先。イザークが遮った。
「お喋りもいいけれど、ユリウスは髪を切ろうか」
いつの間にかイザークは鋏を手にしていた。
「ユリウスはどれぐらい切りたいとかあるかい」
「特に何も」
「なら、バッサリいこうか。これから夏が来るし長いと暑いだろう」
首元にタオルを巻き、下に紙を敷いて髪が散らばらないように準備し、まずはざっくり髪を切り落としていく。
「よくここまで伸ばしたわね」
ジャキンと音がする度に黒髪が紙に落ちていく。イザベルはちょっともったいないなと思ってしまう。
「切る機会無かったから。顔も……隠したかったし」
彼にとって短いのは落ち着かないのか、そわそわしている。しきりにうなじのあたりを触っていた。
「それなら前は長めに残すかい?」
ユリウスのつぶやきを耳に入れたイザークは尋ねた。後髪の散髪は終わり、残っているのは前髪だけなのだ。
ユリウスはしばし逡巡する。
「……二人はどちらの方がいいと思いますか」
「わたしは切る方を勧めるわ! だってユリウスの瞳とっても美しいのに隠すなんてもったいない」
食い気味にイザベルは彼の説得に回る。
「私も娘の意見に賛成かな。それに、目付きや視力が悪くなる可能性もあるしね」
「…………なら、切ろう、かな」
「それがいいわ!」
無邪気に笑うイザベルに、ユリウスは表情の強ばりを崩した。
イザークが眉の辺りで揃え、整えながら刃を入れていく。はらはらと落ちていく髪の合間から深い海を思わせる、澄み切った蒼の瞳が現れる。
何だか隠されていた秘宝を見つけたようでわくわくする。
(宝石よりも綺麗なんじゃないかしら?)
心の底からそう思った。
ずっと見ていたくてじーっと見つめていると、ユリウスは少し顔を赤らめながらふいと視線を逸らしてしまった。
イザークはひょいっと二人を両腕にそれぞれ抱えた。
「ララはいるか」
「はい旦那様」
使用人達の輪から出てきたララはイザベルの惨状に言葉を失う。
「お、お嬢様!? 何をしでかしたのですか!?」
「えへへ……どうもー」
インクを滴らせ、イザベルは頭を掻く。お客様──ユリウスを迎えるために着たドレスは黒く染って台無しになり、洗ったとしてももう着れないだろう。
まだ片手で数える程しか着用していないドレスが駄目になり、ララはその場で卒倒しそうになる。
そんなことも知らないで、イザベルはイザークに尋ねる。
「ユリウスと一緒に入るの?」
「そんな訳ないよ。私が殿下を洗うから、ララはベルを綺麗にしてくれないか」
「かしこまりました」
「ああ、バスルームまでは私が連れてくよ」
抱き上げたことでイザークのシャツも黒く染っていた。これ以上被害を拡大せぬよう、自分が連れていった方が良いと判断したのだ。
浴室で降ろされたイザベルは、素っ裸にされてララに顔を石鹸をつけたタオルでゴシゴシ擦られる。
「お嬢様! 逃げちゃダメです」
逃げようとするがすぐに捕まる。ムスッとするイザベルをララは叱る。
「インクを被ったお嬢様が悪いのですよ!」
「だってぇ」
「だってもでも、もありません」
(……それでも、ああしないといけないって思ったんだもの)
心の中でつぶやく。
ユリウスの顔半分が真っ黒で奇妙な痣があったことに、イザベルは年相応に衝撃を受けた。
イザベルには難しいことは分からない。初対面の子が何を考えているのかも察せない。けれども、あれが普通ではないというのは分かる。
(きっとユリウスは特殊な立ち位置なのだわ)
だからあんなにも自分を責めるような言動を見せる。何も悪くないのに。
(死ねばよかっただなんて普通思わないもの)
ちょっとでもそんなことないんだよ、と伝えたくて。インクを被るという行動に出たのだ。あの行動が良いか悪いかなんて分からないけれど、イザベルはやって良かったと思っていた。
洗い終わり、新しい服に着替えたイザベルは髪を拭くのもそこそこに父とユリウスの元へ走る。
「お父様!」
「ベル、乾かしたのかい?」
「乾かしましたよ!」
銀髪からぽたぽた水が落ちているのに、自信満々に答える娘に対し、イザークは思わず笑ってしまった。
「ベルの基準だと風邪をひいてしまうよ。おいで」
大人しく父の元に行く。その横にはちょこんと椅子に座ったユリウスも居た。
こちらもまた上がったばかりなのか、黒髪には水滴が付いており、ぽたぽたと床に垂れている。それでも薄汚れていたボロきれのような服から、子供用の新しいシャツに着替えて清潔感があった。
イザークはイザベルをユリウスの隣に座らせると、持っていたタオルで長い髪を包みキュッと軽く絞る。
その様子を見ていたユリウスが口を開いた。
「…………きれいな銀髪だね」
「そうでしょ? お母様と同じ髪色なの!」
タオルからはみ出ていた銀髪を手に取る。ララの手入れのおかげでさらさらを保っている髪は艶があった。イザベルの自慢できる一つだ。
「お母様はね、毛先になるにつれくるんくるんだったんだって。わたしの髪がストレートなのはお父様から継いでるらしいの」
「へえ」
相槌を打ち、ユリウスは自分の髪を手に取った。イザークによって丁寧に洗われたとはいえ、今まで手入れも何もしてこなかった髪は枝毛が多く、傷んでいる。
「わたしの色もだけど、ユリウスの髪も珍しい色合いよね」
濡れ羽色の髪を持つ人をイザベルは初めて見た。何色にも染まらない漆黒。とても素敵だ。
けれども彼は顔を曇らせてしまう。
どうしてだろうかと聞いてみようとした矢先。イザークが遮った。
「お喋りもいいけれど、ユリウスは髪を切ろうか」
いつの間にかイザークは鋏を手にしていた。
「ユリウスはどれぐらい切りたいとかあるかい」
「特に何も」
「なら、バッサリいこうか。これから夏が来るし長いと暑いだろう」
首元にタオルを巻き、下に紙を敷いて髪が散らばらないように準備し、まずはざっくり髪を切り落としていく。
「よくここまで伸ばしたわね」
ジャキンと音がする度に黒髪が紙に落ちていく。イザベルはちょっともったいないなと思ってしまう。
「切る機会無かったから。顔も……隠したかったし」
彼にとって短いのは落ち着かないのか、そわそわしている。しきりにうなじのあたりを触っていた。
「それなら前は長めに残すかい?」
ユリウスのつぶやきを耳に入れたイザークは尋ねた。後髪の散髪は終わり、残っているのは前髪だけなのだ。
ユリウスはしばし逡巡する。
「……二人はどちらの方がいいと思いますか」
「わたしは切る方を勧めるわ! だってユリウスの瞳とっても美しいのに隠すなんてもったいない」
食い気味にイザベルは彼の説得に回る。
「私も娘の意見に賛成かな。それに、目付きや視力が悪くなる可能性もあるしね」
「…………なら、切ろう、かな」
「それがいいわ!」
無邪気に笑うイザベルに、ユリウスは表情の強ばりを崩した。
イザークが眉の辺りで揃え、整えながら刃を入れていく。はらはらと落ちていく髪の合間から深い海を思わせる、澄み切った蒼の瞳が現れる。
何だか隠されていた秘宝を見つけたようでわくわくする。
(宝石よりも綺麗なんじゃないかしら?)
心の底からそう思った。
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