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第二章 【過去編】イザベル・ランドール

生きてきた世界の違い

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「ユリウスって何歳?」
「…………五歳」
「んーと、誕生日は?」
「……四の月」

 髪を切り終わり、イザークが席を外している間、イザベルは次々質問を投げかける。

「四の月かあ。わたしはね、八の月なの! それで今、六歳!」

 足をぶらぶらさせながら言う。

「……夏真っ盛りなんだね」
「うん、もう少ししたら七歳。ユリウスは五歳になったばかり?」
「……そのはず」

 小さく頷いた。

「じゃあ、四の月のいつ?」
「…………一昨日、かな」
「えっ」

 驚愕の事実にイザベルはわなわな震える。

(一昨日!? おとと……い!?)

「もうちょっと早く出会えたらお祝い出来たのに……!!!」

 何だか悔しい。大声を出すイザベルをユリウスは不思議そうに見つめていた。
 そうしてこれまたイザベルにとって驚きの発言をする。

「お祝いって? 何を祝うの?」
「そりゃあ決まってるわ。誕生日よ」
「…………?」
 
 ユリウスの首がぐいーっと傾ぐ。その反応に、イザベルは違和を覚えた。テーブルに置かれたジュースを口にしながらその正体に辿り着く前に、彼は自ら決定打となる一言を言い放った。


「──誰の誕生日を祝うの? 公爵様の?」


 手からコップが滑り落ちる。幸いなことにコップの中にジュースは残っておらず、周りに零さずに済んだが、イザベルは動けない。

「落ちちゃったね」

 ユリウスが立ち上がりイザベルの代わりにコップを拾う。

(どう、して。自分のことだって……)

 まるで自分には関係ないことのような。

 イザベルにとっての誕生日は、忙しいはずのイザークが一日中そばに居てくれて。朝から晩まですれ違う使用人達に「おめでとうございます」と祝われて。祖父母から贈られるプレゼントの数々をイザークに見守られ、わくわくしながら開ける日だ。

 一年の中で一番幸せな日と言っても過言ではない。

 皆が心待ちにする日だ。なのに何故、目の前の彼は自分の世界に存在しないような反応をするのだろうか。

「お父様ではなくて、ユリウスの誕生日を祝う……のよ」

 掠れながらようやく伝えれば、ユリウスは目を丸くしている。

「僕の?」
「そう」
「…………いらないと思うな」

 興味無さげに座り直してしまった。そんな淡々とした反応に、くちびるを噛む。

(…………過ぎちゃったけどお父様に頼んでやってもらおう)

 賢いとは言えないイザベルでも、彼の反応を見るにまともに祝われたことがないのは明白だった。一度でも祝われたことがあれば、絶対にこんな冷めた反応をしないに決まっている。

(祝われないなんてそんな悲しいこと……ぜったいダメだもの)

 何だか気分が沈んでしまった。当事者ではないのにイザベルの心臓がぎゅうぎゅう締め付けられ、泣きたくなってしまう。
 そこでようやくイザークが帰ってきた。イザベルはたまらず父に抱きついた。

「ベル、どうした?」

 様子がおかしい娘を抱き上げれば、うるうると瞳を潤ませていた。

「……お父様」
「ん?」
「ユリウスの誕生日……祝ってください」
「今日は無理だけどそのつもりだよ。だからそんな顔しないで」
「だって」

(無性に悲しい)

 本人はちっとも気にしていないのに。お門違いなのに。涙が溢れないよう、父のシャツに顔を擦り付ける。 

 イザークはそんな娘の背中をさすり、おでこに軽くキスをした。するといつの間にかやってきたユリウスが裾を引っ張る。

「僕のせいですか?」

 おろおろとしている。どうやらイザベルの様子が変わったことに自分が関係あると思ったらしい。

「そうなら……ごめんなさい」
「違うわ! あなたのせいなんてそんなこと絶対にありえないんだから!」

 泣きそうだったのも忘れて即座にイザベルは否定した。これは自分の心の持ちようであってけっして彼のせいではない。ごしごし目元を拭い、床に下ろしてもらう。

「……だけど」

 疑っているのか、探るような目付きだった。

「君ではないよ。大丈夫」

 イザベルの意思を感じ取りイザークも口添える。そこでノックがかかった。

「旦那様、お医者様がご到着されました」
「ここに連れてきてくれ」
「はい」

 しばらくして白衣を着た眼鏡の男性が部屋にやってきた。見知らぬ人の登場に、ユリウスは怯え、ソファの後ろへ隠れてしまった。

「ランドール公爵お久しぶりです。お呼びだと聞き、馳せ参じました」
「わざわざ出向いてもらって申し訳ないね。今日は休みの日だったのだろう?」
「公爵様の頼みですから」

 にこやかにイザークと握手を交えるのはランドール公爵家のお抱え医者であるシリルだった。

「おや、あの子は……」

  上手く隠れきれなかったユリウスにシリルが気づく。イザークはユリウスに近づき、抵抗を許さず抱き上げた。

「今回はこの子を診察して欲しい」

 ユリウスは癖でつい髪で顔を隠そうとするが、短く切られた後ではそれも叶わない。顕になる痣と顔の左側の状態に、シリルの表情が僅かながら険しくなる。

「…………公爵様、もしや厄介なことに首を突っ込まれました?」

 その言葉にユリウスが身を縮こませた。

「いいや、私は厄介だと思ってないよ。可愛いだろう? ユリウスと言うんだ」

 誤魔化しながらちゅっと軽く頬にキスをする。ユリウスは目をぱちぱちさせ、唇が触れた箇所に手を持っていく。

「い、ま」
「ああ、キスした。もう一回しようか?」
「っ!」

 間髪を入れずぶんぶん首を横に振られ、イザークは眉尻を下げた。

「そんなに拒否されると悲しいな」
「えっあのっ! 嫌でも、か、悲しませたい……わけでも無くて。ぼく、は……その、」

 口をイザークの指が塞ぐ。

「続く言葉は要らないよ」
「……わかり、ました」
「よし、いい子だ。では、シリル先生よろしくお願いしますね」
 
 イザークはユリウスを下ろし、シリルの前に立たせた。

「──公爵様ひとつお願いしてもいいですか」

 ユリウスは様子を窺ってシリルとイザークを交互に見る。

「気にせず言ってごらん」

 促せば、勇気を出して小さな望みを口にした。



「…………診察は、一人で受けてもいいですか」


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