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第三章 不穏な侍女生活
懐かしいお茶(3)
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それから数日ほど午後のティータイムにはユースの執務室に赴き、紅茶を淹れては退出することを繰り返していた。
すると必然的に彼の周りにいる人物もだんだん把握していくもの。出たり入ったりする文官や側近、一番驚いたのは、彼付きの侍女の中にララがいたのだ。
私がお茶を淹れている際、確認事項でもあったようで部屋に入室してきた彼女と偶然遭遇した。
鳶色のくせっ毛ロングヘアをいつもひとつに編んでいた彼女の髪型は見る影もなく、バッサリと肩の上で切りそろえられていた。にこにこと笑った顔が愛らしかった面影も一切なかった。
苦労したのか目元にはシワが刻まれ、表情は固い。何年も笑っておらず、表情筋が死んでいるようだった。
ララと最後に顔を会わせたのは皇女に呼ばれて皇宮に足を運んだあの日の朝、身支度をしたっきり。あの後仕えていた家門がいきなり取り潰しとなり、着の身着のままで路頭に迷うことになってしまったララには申し訳ないことをした。主失格だと気が気ではなかった。
生まれ変わってからララの足取りを探したのだが、一切掴めず、この世界のどこでもいいから元気に暮らしていてほしいと願っていた。
なのでユース付きとして新たな就職先を得て仕事に邁進していてくれたのはとても嬉しく、喜ぶべきことなのだけれど。
(どうしてあんなにも変わってしまったのだろう)
今日のティータイム用の茶葉を用意しながら考え込んでしまう。
ララは敬うところは敬ってくるが、物心つく前から私のお世話をしてくれていた大切な人で、お姉さんのような存在だった。
私が悪いことをすれば叱るし、褒める部分はきちんと褒めてくれる。屋敷内では堅苦しいのを取っ払って、敬語が外れることも多々あったし、喜怒哀楽がはっきりした人だったのに。
見知らぬ人物となってしまった私がそばに居たのを抜きにしても、ユースとやり取りを交わすララの声は徐々に朧げとなりながらも記憶している柔らかな声と似ても似つかなかった。
(調べないといけない対象が増えてしまったわ)
ユースと言葉を交わしたララはすぐさま退出してしまったし、話しかける余裕すら前回はなかったが、同じ職場の先輩と後輩なのだ。ユース達よりは探りやすいと思うので、積極的に接触を図っていくことを誓う。
(──何より処刑からずっとユースの近くに居たってことよね? 色々知ってそうじゃない?)
それに前々から薄々思っていたが、そろそろ確信してもいいだろう。
「絶対、私のせいで周りの人生が狂ってしまっている」
ユースやフローラ、ララだけでなく、私が知らないだけでその他大勢の人の人生に影響を与えてしまったのは確実だ。
見て見ぬふりをしたい気持ちもあるが、これは向き合わなければいけない大問題だ。
(処刑は衝撃がありすぎたかな……牢屋で自死とかの方がよかったのかも。そもそも処刑という償い方から死ぬ気であがけばよかったかな? 濡れ衣だし……陛下に謀られたとしても喚き散らせば時間稼ぎくらいできたかも)
「ううん」
(…………最良な選択肢だとあの時は思ったけれど、もしや最悪な選択肢を取ってしまった……?)
そこまで考えてふるふると首を横に振る。自分の行動を省みて反省することは次に進むために必要だが、過剰に行うのは好ましくない。
気持ちを切り替えるために軽く頬を叩き、気合いを入れ直す。
支度が完了したワゴンを押しながら見慣れ始めた執務部屋までの廊下を進む。
コンコンコンとノックをしたら返事を待たずにドアを開けた。ユースからはいちいち入室の許可を出すのが面倒臭いどのことでノックさえも不要と言われたが、癖でつい私はノックしてしまう。
「陛下、お茶をお持ちしました」
「ああ」
一瞬顔を上げ、直ぐに書類へと目を落とした。素っ気ない態度に傍に控えていた別の人物が間に入る。
さらさらな金髪に、アイスブルーの瞳が優しく眇られる。
「テレーゼさん、今日もありがとうございます。この最低な陛下に変わって私がお礼を」
「いえいえ、ヘンドリック様顔を上げてください。これが私の仕事ですから。むしろ律儀にありがとうございます」
爽やかな好青年に見える彼はヘンドリック様と言ってユースの敏腕補佐だ。イザベル時代では私が彼と対面したことはなく、ユースが戦場に赴いていた際に共に行動し、頭角を現した人物だとか。
それから今日に至るまで皇帝となったユースの最側近として手腕を振るっているらしい。
ヘンドリック様はくんくんと鼻を動かし、視線が一点に止まる。
「お菓子のような匂いがしていますが被せの下にあるものは……」
「ああ、これはパウンドケーキです。乾燥させた旬の果物を練り込んであります」
被せを取ると漏れ出ていた香りがぶわっと部屋の中に充満していく。皇宮の厨房の片隅をお借りして今朝焼いたので出来たてほやほやだ。
匂いに誘われてかユースも書類を裁く手を止めた。
「ティータイムであるのに紅茶だけでは口が寂しいですから。失礼ながらユリウス陛下は甘い物が好みではなさそうでしたのでパウンドケーキであれば甘すぎず、陛下に好ましく食して頂けるかなと考えた次第です」
「ほお。作るのは大変だったでしょう」
ズレた眼鏡をかけ直し、ヘンドリック様はしげしげとパウンドケーキを眺めている。
「はい。ですが明日から私は通常の業務に戻りますので、一時的とはいえ陛下のお茶汲みを任せていただけた感謝をお伝えしたく……ヘンドリック様?」
予想外の出来事だと言わんばかりに固まったヘンドリック様。どうしたのかしらと首を傾げてしまった。
すると必然的に彼の周りにいる人物もだんだん把握していくもの。出たり入ったりする文官や側近、一番驚いたのは、彼付きの侍女の中にララがいたのだ。
私がお茶を淹れている際、確認事項でもあったようで部屋に入室してきた彼女と偶然遭遇した。
鳶色のくせっ毛ロングヘアをいつもひとつに編んでいた彼女の髪型は見る影もなく、バッサリと肩の上で切りそろえられていた。にこにこと笑った顔が愛らしかった面影も一切なかった。
苦労したのか目元にはシワが刻まれ、表情は固い。何年も笑っておらず、表情筋が死んでいるようだった。
ララと最後に顔を会わせたのは皇女に呼ばれて皇宮に足を運んだあの日の朝、身支度をしたっきり。あの後仕えていた家門がいきなり取り潰しとなり、着の身着のままで路頭に迷うことになってしまったララには申し訳ないことをした。主失格だと気が気ではなかった。
生まれ変わってからララの足取りを探したのだが、一切掴めず、この世界のどこでもいいから元気に暮らしていてほしいと願っていた。
なのでユース付きとして新たな就職先を得て仕事に邁進していてくれたのはとても嬉しく、喜ぶべきことなのだけれど。
(どうしてあんなにも変わってしまったのだろう)
今日のティータイム用の茶葉を用意しながら考え込んでしまう。
ララは敬うところは敬ってくるが、物心つく前から私のお世話をしてくれていた大切な人で、お姉さんのような存在だった。
私が悪いことをすれば叱るし、褒める部分はきちんと褒めてくれる。屋敷内では堅苦しいのを取っ払って、敬語が外れることも多々あったし、喜怒哀楽がはっきりした人だったのに。
見知らぬ人物となってしまった私がそばに居たのを抜きにしても、ユースとやり取りを交わすララの声は徐々に朧げとなりながらも記憶している柔らかな声と似ても似つかなかった。
(調べないといけない対象が増えてしまったわ)
ユースと言葉を交わしたララはすぐさま退出してしまったし、話しかける余裕すら前回はなかったが、同じ職場の先輩と後輩なのだ。ユース達よりは探りやすいと思うので、積極的に接触を図っていくことを誓う。
(──何より処刑からずっとユースの近くに居たってことよね? 色々知ってそうじゃない?)
それに前々から薄々思っていたが、そろそろ確信してもいいだろう。
「絶対、私のせいで周りの人生が狂ってしまっている」
ユースやフローラ、ララだけでなく、私が知らないだけでその他大勢の人の人生に影響を与えてしまったのは確実だ。
見て見ぬふりをしたい気持ちもあるが、これは向き合わなければいけない大問題だ。
(処刑は衝撃がありすぎたかな……牢屋で自死とかの方がよかったのかも。そもそも処刑という償い方から死ぬ気であがけばよかったかな? 濡れ衣だし……陛下に謀られたとしても喚き散らせば時間稼ぎくらいできたかも)
「ううん」
(…………最良な選択肢だとあの時は思ったけれど、もしや最悪な選択肢を取ってしまった……?)
そこまで考えてふるふると首を横に振る。自分の行動を省みて反省することは次に進むために必要だが、過剰に行うのは好ましくない。
気持ちを切り替えるために軽く頬を叩き、気合いを入れ直す。
支度が完了したワゴンを押しながら見慣れ始めた執務部屋までの廊下を進む。
コンコンコンとノックをしたら返事を待たずにドアを開けた。ユースからはいちいち入室の許可を出すのが面倒臭いどのことでノックさえも不要と言われたが、癖でつい私はノックしてしまう。
「陛下、お茶をお持ちしました」
「ああ」
一瞬顔を上げ、直ぐに書類へと目を落とした。素っ気ない態度に傍に控えていた別の人物が間に入る。
さらさらな金髪に、アイスブルーの瞳が優しく眇られる。
「テレーゼさん、今日もありがとうございます。この最低な陛下に変わって私がお礼を」
「いえいえ、ヘンドリック様顔を上げてください。これが私の仕事ですから。むしろ律儀にありがとうございます」
爽やかな好青年に見える彼はヘンドリック様と言ってユースの敏腕補佐だ。イザベル時代では私が彼と対面したことはなく、ユースが戦場に赴いていた際に共に行動し、頭角を現した人物だとか。
それから今日に至るまで皇帝となったユースの最側近として手腕を振るっているらしい。
ヘンドリック様はくんくんと鼻を動かし、視線が一点に止まる。
「お菓子のような匂いがしていますが被せの下にあるものは……」
「ああ、これはパウンドケーキです。乾燥させた旬の果物を練り込んであります」
被せを取ると漏れ出ていた香りがぶわっと部屋の中に充満していく。皇宮の厨房の片隅をお借りして今朝焼いたので出来たてほやほやだ。
匂いに誘われてかユースも書類を裁く手を止めた。
「ティータイムであるのに紅茶だけでは口が寂しいですから。失礼ながらユリウス陛下は甘い物が好みではなさそうでしたのでパウンドケーキであれば甘すぎず、陛下に好ましく食して頂けるかなと考えた次第です」
「ほお。作るのは大変だったでしょう」
ズレた眼鏡をかけ直し、ヘンドリック様はしげしげとパウンドケーキを眺めている。
「はい。ですが明日から私は通常の業務に戻りますので、一時的とはいえ陛下のお茶汲みを任せていただけた感謝をお伝えしたく……ヘンドリック様?」
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