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「少しだけ、寄り道してもいい?」
ゆっくり歩きながら空を見上げていた千晃くんが、静かに足を止める。
街灯に照らされた樹木。眩しいビル明かり。
交差するヘッドライト。色とりどりののぼり旗。
湿った夜の空気。夜に溶けそうな千晃くんの声。
「…うん」
頷くと、千晃くんは私の手を引いて、表通りに向き直り、
手を上げてタクシーを停めた。
千晃くんが運転手さんに何事か告げると、タクシーは夜の街を滑るように走り出した。
対向車のライトに照らされて、千晃くんのきれいな横顔が夜に浮かぶ。
泣きたくなるほどきれいで、言葉が出ない。
ただ、手をつないでいた。
言葉よりも雄弁に体温が語る。
気持ちが一つに混ざり合う。
千晃くんがそっと私の頭を引き寄せて、肩口にもたれかからせてくれた。
千晃くんの匂いがする。
爽やかな。ほのかな。石鹸のような。
千晃くんの鼓動が聞こえる。
かすかに。だけど強く。優しく。
忘れないように。
失くさないように。
五感のすべてで千晃くんを想った。
タクシーはいつの間にか高速道路を降り、
見慣れない街を走っていた。
山道をぐんぐん登っていく頃には、
結構な寄り道のような気がしたけど、
時間の感覚はとっくになくなっていた。
だいぶ登った山道の先に小さな駐車スペースがあって、そこでタクシーが停まった。
千晃くんと一緒に車を降りると、外気が少しひんやりとしていて、一面真っ暗で何も見えなかった。
千晃くんのスマートフォンを懐中電灯にして、
真っ暗な林の中、石畳の道を歩いていくと、
突然、とても広く開けた場所に出た。
「…きれい」
山の向こうに光を散りばめたような夜景が見え、
「ここ。上見て」
言われて見上げた空には、満天の星が降っていた。
「…すごい」
無数に星が流れる宇宙の端っこに、千晃くんと2人ぼっちで立っている。
壮大で果てしなくて夢みたいで、無意識のうちに涙が出た。
「ここ」
頬に千晃くんの滑らかな手が触れる。
優しい指がそっと涙をぬぐう。
「…ありがとう」
千晃くんの甘くかすれた声が、静かに優しく心に満ちて、涙が止まらなくなった。
「もしもいつか、時間を超えられる未来が来たら、…」
千晃くんがささやいて、涙に濡れた私の頬に誓いのようなキスをした。
帰りのタクシーの中で、
傍らに千晃くんの温もりを感じながら、
しっかりと手をつないだまま、
いつしか泣き疲れて眠りに落ちていた。
そんなつもりはなかったのに、激動の一日に身体が限界を超えたらしい。
『…逢いにいく』
無数の星が降る丘の上で、千晃くんは確かにそう言った。
ゆらゆら揺れる意識の中で、その言葉を抱きしめていた。
夢と現実のはざまを漂いながら、身体全部で千晃くんを感じる。
千晃くんが滑らかな指で優しく私の髪を撫でて。
千晃くんが愛しさだけを浮かべた瞳で私を見ている。
何も知らずに千晃くんに溺れていた頃と、
同じ柔らかな吐息で。同じ潤んだ唇で。
あの頃よりも。もっとずっと。
甘やかな声で。愛しい温度で。
胸が痛くなるくらい、愛情のこもったまなざしで。
愛でる。慈しむ。
満ちる。溢れる。
『もしもいつか、時間を超えられる未来が来たら、逢いにいく』
千晃くんは約束をしない。
ずっと、も、将来、も、永遠、も存在しないって
分かっているから。
だから、千晃くんがくれた約束は。
「…愛してる」
千晃くんの心そのものだった。
「…行くのか?」
「お世話になりました」
ぼんやりと一枚膜がかかったような意識の向こうで、話し声が聞こえる。
「…いいのか?」
「俺は、また、…忘れてしまうから」
行かなきゃ。早く起きなきゃ。
焦りながら、夢の中では、
どんなに頑張っても手も足も動かなくて、声も出なくて、
膜の向こう側に進めない。
「お前、やっぱり記憶戻って、…」
「ここには、幸せでいてほしい」
夢だけど、夢じゃなくて。
目が覚める前から予感があった。
「あんたと一緒なら、きっと。どんな高いところからも飛べる」
重い瞼を無理やりに開けると、
チーフのマンションの部屋の中で寝かされていて、
千晃くんはもう、どこにもいなかった。
ゆっくり歩きながら空を見上げていた千晃くんが、静かに足を止める。
街灯に照らされた樹木。眩しいビル明かり。
交差するヘッドライト。色とりどりののぼり旗。
湿った夜の空気。夜に溶けそうな千晃くんの声。
「…うん」
頷くと、千晃くんは私の手を引いて、表通りに向き直り、
手を上げてタクシーを停めた。
千晃くんが運転手さんに何事か告げると、タクシーは夜の街を滑るように走り出した。
対向車のライトに照らされて、千晃くんのきれいな横顔が夜に浮かぶ。
泣きたくなるほどきれいで、言葉が出ない。
ただ、手をつないでいた。
言葉よりも雄弁に体温が語る。
気持ちが一つに混ざり合う。
千晃くんがそっと私の頭を引き寄せて、肩口にもたれかからせてくれた。
千晃くんの匂いがする。
爽やかな。ほのかな。石鹸のような。
千晃くんの鼓動が聞こえる。
かすかに。だけど強く。優しく。
忘れないように。
失くさないように。
五感のすべてで千晃くんを想った。
タクシーはいつの間にか高速道路を降り、
見慣れない街を走っていた。
山道をぐんぐん登っていく頃には、
結構な寄り道のような気がしたけど、
時間の感覚はとっくになくなっていた。
だいぶ登った山道の先に小さな駐車スペースがあって、そこでタクシーが停まった。
千晃くんと一緒に車を降りると、外気が少しひんやりとしていて、一面真っ暗で何も見えなかった。
千晃くんのスマートフォンを懐中電灯にして、
真っ暗な林の中、石畳の道を歩いていくと、
突然、とても広く開けた場所に出た。
「…きれい」
山の向こうに光を散りばめたような夜景が見え、
「ここ。上見て」
言われて見上げた空には、満天の星が降っていた。
「…すごい」
無数に星が流れる宇宙の端っこに、千晃くんと2人ぼっちで立っている。
壮大で果てしなくて夢みたいで、無意識のうちに涙が出た。
「ここ」
頬に千晃くんの滑らかな手が触れる。
優しい指がそっと涙をぬぐう。
「…ありがとう」
千晃くんの甘くかすれた声が、静かに優しく心に満ちて、涙が止まらなくなった。
「もしもいつか、時間を超えられる未来が来たら、…」
千晃くんがささやいて、涙に濡れた私の頬に誓いのようなキスをした。
帰りのタクシーの中で、
傍らに千晃くんの温もりを感じながら、
しっかりと手をつないだまま、
いつしか泣き疲れて眠りに落ちていた。
そんなつもりはなかったのに、激動の一日に身体が限界を超えたらしい。
『…逢いにいく』
無数の星が降る丘の上で、千晃くんは確かにそう言った。
ゆらゆら揺れる意識の中で、その言葉を抱きしめていた。
夢と現実のはざまを漂いながら、身体全部で千晃くんを感じる。
千晃くんが滑らかな指で優しく私の髪を撫でて。
千晃くんが愛しさだけを浮かべた瞳で私を見ている。
何も知らずに千晃くんに溺れていた頃と、
同じ柔らかな吐息で。同じ潤んだ唇で。
あの頃よりも。もっとずっと。
甘やかな声で。愛しい温度で。
胸が痛くなるくらい、愛情のこもったまなざしで。
愛でる。慈しむ。
満ちる。溢れる。
『もしもいつか、時間を超えられる未来が来たら、逢いにいく』
千晃くんは約束をしない。
ずっと、も、将来、も、永遠、も存在しないって
分かっているから。
だから、千晃くんがくれた約束は。
「…愛してる」
千晃くんの心そのものだった。
「…行くのか?」
「お世話になりました」
ぼんやりと一枚膜がかかったような意識の向こうで、話し声が聞こえる。
「…いいのか?」
「俺は、また、…忘れてしまうから」
行かなきゃ。早く起きなきゃ。
焦りながら、夢の中では、
どんなに頑張っても手も足も動かなくて、声も出なくて、
膜の向こう側に進めない。
「お前、やっぱり記憶戻って、…」
「ここには、幸せでいてほしい」
夢だけど、夢じゃなくて。
目が覚める前から予感があった。
「あんたと一緒なら、きっと。どんな高いところからも飛べる」
重い瞼を無理やりに開けると、
チーフのマンションの部屋の中で寝かされていて、
千晃くんはもう、どこにもいなかった。
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