4 / 47
04:罠
しおりを挟む
イスターツ帝国において成人とは十八歳以上の事を指すと知ったのは、あれからすぐ後の事だった。
それを聞いたのはイスターツ帝国の宰相を名乗るラースだ。三十台後半の帝国にしては珍しい細身の人。宰相を名乗っているので生粋の文官なのだろう。
「つまり私は十六歳なので、イスターツ帝国では結婚は出来ないと仰るのですね」
「いいえこれは国家間の取り決めですので問題はございません」
「しかし皇帝陛下は私を認めて下さりませんでした」
「今回の和平条例は我が国にも益が有ります。それはヘクトール陛下もご理解しておられますからやはり問題はございません」
何度頭の中で考えても和平と結婚には問題がないと言う意味にしか聞こえない。要するに感情はまた別の話と言うことなのだが……
しかしここで、『相手にされていないのならば辞めます』なんて選択肢がある訳もなく、ヘクトールと私の結婚式は予定通り執り行われることが決まった。
きっと一生に一度の結婚式だと言うのに……
それに参加している帝国貴族らの子供を娶るのかと言う失笑の顔と、夫となるヘクトールの仏頂面は夢に見そうなほど酷いものだった。
誓いのキスの時は、「子供に出来るか!」と大声で叫ばれたし、それを聞いた帝国貴族からはまた失笑が漏れる。
式の間、私はそれを堪えてグッと我慢した。
ひと際、体の大きいヘクトールと十六歳になりたての私では特に身長差が酷い。
履き慣れないとても歩きにくい高いヒールを履いていると言うのに、それでも私の頭はやっと彼の胸に届くか届かないかと言うところまでしかない。
まあ無理もないかと思わないでもないが、こんな辱めを受ける覚えはない。
形式だけの結婚式が終わり私は帝国の皇妃の称号を得た。ただし得たのはもちろん称号だけの話で、急に態度が改まる訳はなく、帝国貴族らの向ける瞳は侮蔑、『子供が』と如実に語っている。
そしてその日ヘクトールは私の寝所に来なかった。
しかし落胆は無い。
むしろあれだけ子供扱いしたのだから当たり前かと納得した。
それから三日間、結婚祝いと言う名目で街はお祭りになっていた。
三日目が終わる頃にライヘンベルガー王国の使者は帰っていく。つまりそこがダニエルと逢うことが出来る最後の日と言う事だ。
問題の三日目の朝。
私はダニエルから訪問を受けていた。
きっと最後の別れを言いに来たのだろうと、部屋に入れた。勿論二人きりなどではなく、私の部屋の中にはライヘンベルガー王国から来た護衛や侍女が幾人か居る。
「やあレティ」
「おはようダニエル」
「まだ来ないのかな?」
そう言いながらダニエルは部屋に居る侍女らに視線を向けた。それを受けた侍女らはコクリと頷く。
何を言っているの、などとカマトトぶるつもりは無い。
初日に続いて二日目となる昨日も、ヘクトールは私の寝所を訪ねて来なかったと言う意味だ。
「それは困ったね」
「どうして? ちゃんと約束通り私とヘクトールは結婚をしたわ。
だったら和平条約は結ばれたのでしょう」
つまり祖国ライヘンベルガー王国は安泰でしょうと問うたのだ。
しかしダニエルはそれに答えず、不思議な行動をとった。
人差し指を立てて口元に。
それは子供がやる様な『しぃ~』と言う合図だ。
喋るなと言う事?
ダニエルは胸元から一通の封書を取り出して私に差し出した。もちろんその間も、手の指は『しぃ~』のまま……
私は声を出さずにそれを受け取る。
受け取るとダニエルは読んでと声に出さずに身振りで伝えてきた。ここまでくるとこれが密書であることくらいは予想がつく。
私は慎重に封書を開いて手紙を読み始めた。
『レティーツィアへ
皇帝ヘクトールの子を懐妊せよ。
無事に懐妊した際には、ライヘンベルガー王国に戻ることを許す。
また、どうしても懐妊しない場合は、皇帝ヘクトールと関係を持った後であればライヘンベルガー王国に帰って来ても構わない。ただしその場合は別の男の子供を産むことになると思え』
「なっ!」
思わず声を漏らした所でダニエルが私の口を塞いだ。
もう大丈夫と手を離すように目で訴える。するとダニエルはすっと私から離れた。
その平然とした態度に、彼はこの手紙の内容をすべて知っているのだと解った。
もう一度手紙に目を通す。
書いてある文面の恐ろしさに、私の体が震えた。
恐ろしい手紙……
私がヘクトールの子を懐妊して国に帰れば、ヘクトールは暗殺されるだろう。
暗殺が無事に成功すれば私が生んだ子が次の皇帝だ。
その皇帝の祖父はライヘンベルガー王国国王、都合の良い様に教育するだろうから傀儡政権の出来上がりだ。
暗殺の方法は知れないがこれが一番スマートな策だろう。
問題はその次だ。
私が懐妊する必要が無い事。だが子は産めと言う。
つまり身籠ったフリをして国に帰り、別の男の子を生めば……
その後の流れが同じだとするとこの策を考えた者は狂っている。
私は祖国の平和の為に身を捨てる覚悟を決めてここに来たと言うのに、その裏では帝国を奪い取る、この様な浅ましい知恵を働かせていたのかと思えば、役目を忠実に守り真面目にここに来た私が馬鹿ではないか?
ダニエルは私から手紙をピッと奪い取ると、それを暖炉にくべて燃やした。彼は手紙が燃え尽きるのをじっと、無言で見つめていた。
すべてが燃えたのを見終えると、
「昨日までにあったら良かったのに……、レティごめんね」
小さな声だったがハッキリとそう呟いた。
ハッと思い出したのは手紙にあった別の男の一文だ。
もしも昨日までに私がヘクトールに抱かれていたのなら、ダニエルは私をここで抱くつもりだったのだろうか?
まさかこのような立場になってまで、初恋の人の子が産めるとは想像していなかったと嬉しく思ったが、すぐに冷静になる。
残念だが私はまだ生娘だ。
つまりダニエルに抱かれる資格はまだ無いのだと……
それを聞いたのはイスターツ帝国の宰相を名乗るラースだ。三十台後半の帝国にしては珍しい細身の人。宰相を名乗っているので生粋の文官なのだろう。
「つまり私は十六歳なので、イスターツ帝国では結婚は出来ないと仰るのですね」
「いいえこれは国家間の取り決めですので問題はございません」
「しかし皇帝陛下は私を認めて下さりませんでした」
「今回の和平条例は我が国にも益が有ります。それはヘクトール陛下もご理解しておられますからやはり問題はございません」
何度頭の中で考えても和平と結婚には問題がないと言う意味にしか聞こえない。要するに感情はまた別の話と言うことなのだが……
しかしここで、『相手にされていないのならば辞めます』なんて選択肢がある訳もなく、ヘクトールと私の結婚式は予定通り執り行われることが決まった。
きっと一生に一度の結婚式だと言うのに……
それに参加している帝国貴族らの子供を娶るのかと言う失笑の顔と、夫となるヘクトールの仏頂面は夢に見そうなほど酷いものだった。
誓いのキスの時は、「子供に出来るか!」と大声で叫ばれたし、それを聞いた帝国貴族からはまた失笑が漏れる。
式の間、私はそれを堪えてグッと我慢した。
ひと際、体の大きいヘクトールと十六歳になりたての私では特に身長差が酷い。
履き慣れないとても歩きにくい高いヒールを履いていると言うのに、それでも私の頭はやっと彼の胸に届くか届かないかと言うところまでしかない。
まあ無理もないかと思わないでもないが、こんな辱めを受ける覚えはない。
形式だけの結婚式が終わり私は帝国の皇妃の称号を得た。ただし得たのはもちろん称号だけの話で、急に態度が改まる訳はなく、帝国貴族らの向ける瞳は侮蔑、『子供が』と如実に語っている。
そしてその日ヘクトールは私の寝所に来なかった。
しかし落胆は無い。
むしろあれだけ子供扱いしたのだから当たり前かと納得した。
それから三日間、結婚祝いと言う名目で街はお祭りになっていた。
三日目が終わる頃にライヘンベルガー王国の使者は帰っていく。つまりそこがダニエルと逢うことが出来る最後の日と言う事だ。
問題の三日目の朝。
私はダニエルから訪問を受けていた。
きっと最後の別れを言いに来たのだろうと、部屋に入れた。勿論二人きりなどではなく、私の部屋の中にはライヘンベルガー王国から来た護衛や侍女が幾人か居る。
「やあレティ」
「おはようダニエル」
「まだ来ないのかな?」
そう言いながらダニエルは部屋に居る侍女らに視線を向けた。それを受けた侍女らはコクリと頷く。
何を言っているの、などとカマトトぶるつもりは無い。
初日に続いて二日目となる昨日も、ヘクトールは私の寝所を訪ねて来なかったと言う意味だ。
「それは困ったね」
「どうして? ちゃんと約束通り私とヘクトールは結婚をしたわ。
だったら和平条約は結ばれたのでしょう」
つまり祖国ライヘンベルガー王国は安泰でしょうと問うたのだ。
しかしダニエルはそれに答えず、不思議な行動をとった。
人差し指を立てて口元に。
それは子供がやる様な『しぃ~』と言う合図だ。
喋るなと言う事?
ダニエルは胸元から一通の封書を取り出して私に差し出した。もちろんその間も、手の指は『しぃ~』のまま……
私は声を出さずにそれを受け取る。
受け取るとダニエルは読んでと声に出さずに身振りで伝えてきた。ここまでくるとこれが密書であることくらいは予想がつく。
私は慎重に封書を開いて手紙を読み始めた。
『レティーツィアへ
皇帝ヘクトールの子を懐妊せよ。
無事に懐妊した際には、ライヘンベルガー王国に戻ることを許す。
また、どうしても懐妊しない場合は、皇帝ヘクトールと関係を持った後であればライヘンベルガー王国に帰って来ても構わない。ただしその場合は別の男の子供を産むことになると思え』
「なっ!」
思わず声を漏らした所でダニエルが私の口を塞いだ。
もう大丈夫と手を離すように目で訴える。するとダニエルはすっと私から離れた。
その平然とした態度に、彼はこの手紙の内容をすべて知っているのだと解った。
もう一度手紙に目を通す。
書いてある文面の恐ろしさに、私の体が震えた。
恐ろしい手紙……
私がヘクトールの子を懐妊して国に帰れば、ヘクトールは暗殺されるだろう。
暗殺が無事に成功すれば私が生んだ子が次の皇帝だ。
その皇帝の祖父はライヘンベルガー王国国王、都合の良い様に教育するだろうから傀儡政権の出来上がりだ。
暗殺の方法は知れないがこれが一番スマートな策だろう。
問題はその次だ。
私が懐妊する必要が無い事。だが子は産めと言う。
つまり身籠ったフリをして国に帰り、別の男の子を生めば……
その後の流れが同じだとするとこの策を考えた者は狂っている。
私は祖国の平和の為に身を捨てる覚悟を決めてここに来たと言うのに、その裏では帝国を奪い取る、この様な浅ましい知恵を働かせていたのかと思えば、役目を忠実に守り真面目にここに来た私が馬鹿ではないか?
ダニエルは私から手紙をピッと奪い取ると、それを暖炉にくべて燃やした。彼は手紙が燃え尽きるのをじっと、無言で見つめていた。
すべてが燃えたのを見終えると、
「昨日までにあったら良かったのに……、レティごめんね」
小さな声だったがハッキリとそう呟いた。
ハッと思い出したのは手紙にあった別の男の一文だ。
もしも昨日までに私がヘクトールに抱かれていたのなら、ダニエルは私をここで抱くつもりだったのだろうか?
まさかこのような立場になってまで、初恋の人の子が産めるとは想像していなかったと嬉しく思ったが、すぐに冷静になる。
残念だが私はまだ生娘だ。
つまりダニエルに抱かれる資格はまだ無いのだと……
12
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます
あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。
腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。
お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。
うんうんと頭を悩ませた結果、
この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。
聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。
だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。
早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
―――――――――――――――――――――――――
※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。
※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。
※基本21時更新(50話完結)
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる