デネブが死んだ

ありがとうございました。さようなら

文字の大きさ
6 / 7

6

しおりを挟む


 その日から、アルビレオは私に声をかけてくるようになった。
 理由はわからない。

「最近、園芸をするようになって」

 アルビレオは、庭で育てているのだろう、花を何本か私のところへと持って来てくれた。

「家庭菜園も始めて、野菜が大きくなったら持っていきます」

 白い肌が浅黒くなり精悍さが増したように見える。
 花を渡される度に、私はどんな顔をしたらいいのかわからなくなる。

 きっと、デネブの友人として認めてくれているのだと思うのだけれど、自分で育てた花を渡されるのは少し気が引ける。

「ありがとうございます。その、野菜はありがたく受け取ります」

 お礼を言うと、アルビレオが柔らかく微笑んだ。
 その笑顔がどこかデネブと重なり、夫婦が似るという話は本当なのだとぼんやりと思った。

「今日もお世話になりますね」

 アルビレオが、長期間不在になるのでデネブが私の屋敷へとやって来た。

「ねえ、このお花綺麗ね」

 デネブは、アルビレオからもらった花を見てそう言った。
 自分の屋敷にあるのなら、彼女のことだから話題に出すはずだ。

「ありがとう」

 それについてあえて触れずに返事だけした。

「そういえば、デネブの屋敷にもお庭があるんでしょう?花は満開なの?」

「うちにはないわよ。アルビレオが家庭菜園をするって言ってやってるけど、そのくらい」

 無邪気なデネブの返しに、違和感がした。
 庭がないのになぜアルビレオは私に花なんかを渡したのだろう。

「そうなの」

「ごめんなさい。少し疲れちゃったの、寝ててもいい?」

 デネブは元気がなさそうだった。
 いや、実際に彼女の身体は日に日に弱っていっているように見える。
 それが、アークの姿と重なるのだ。

「ええ、もちろん。何かあったら呼んでね」

 じくりと胸が痛む。アークの事を思い出したせいか。

 一度、アルビレオと話し合った方がいいかもしれない。
 デネブは、ベッドで臥せがちに過ごしていた。

 それが、更に不安感を駆り立てた。

「いつもありがとうございます」

 アルビレオがデネブを迎えにやって来た。
 アルビレオは以前に比べて警戒心が見られなくなった気がする。
 けれど、まるで私を監視するかのように、じっと見つめる事が増えたような気がする。
 好意の裏側を探ろうとしているのかもしれない。
 デネブから聞いた話が事実なら、気持ちはよくわかる。

「いえ、私も楽しく過ごせましたので」

 あくまでデネブと過ごすのが楽しいから、と、アピールするしか本当の意味で信用はされないような気がした。
 屋敷に庭はないらしい。それなのに、なぜ、私に花などを渡すのだろう。
 もしかしたら、彼は私を試しているのかもしれない。

 それは、傲慢であまりにも自意識過剰だと思う。

 その理由を知るきっかけはすぐに起きた。
 
 不意にバルコニーから見える浜辺を歩きたいと思うようになった。
 なぜわからないけれど、アークとの思い出の痕跡を感じたかったのかもしれない。

 浜辺は風が強くて、おろしたままの黒い髪が乱れる。
 
「アデラインさん」

 背後から名前を呼ばれて振り返ると、そこにはアルビレオがたっていた。

「こんにちは」

「……」

 挨拶をすると、アルビレオは悩ましげな顔で黙り込んでいた。

「どうかしましたか?」

「あの時、失礼な事を言って申し訳ありません」

 どうやら、初対面の時の無礼を謝りたくて、そんな顔をしていてようだ。
 過去のことだし、警戒する理由もわかるから気になどしていないのに。
 律儀に謝るなんて、彼は真面目なのだろう。

「気にしてませんよ。デネブさんから色々と聞きましたから」

「好きです」

 頭を殴られたような衝撃を受けた。
 アルビレオは何を言っているのか。

「貴女の事が好きなんです」

 二度目の告白で、その意味をちゃんと理解した。
 彼を真面目で誠実な人だと思っていたが、とんでもなく不誠実で最低の男だと理解した。
 妻がいるのに、私を好きだと言うだなんて。

「あ、貴方、何を言っているんですか!?不誠実にも程があるでしょう!?」

「僕を受け入れてくれませんか?」

 懇願するような目。もしも、彼に相手がいなければ私は頷いていたと思う。

「あ、ありえません。そんな事、許されません」

 私はその場から走り去った。
 その日からアルビレオを意識するようになった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

強いお姉さんが好きでした

中田カナ
恋愛
旅の護衛に就いてくれた女冒険者さんに惹かれた僕はプロポーズした。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

婚約破棄されたと思ったら結婚を申し込まれました

恋愛
「リッカ・ウィンターベル!貴様との婚約を破棄する!」 「あ、はい」 リッカがあっさりと承諾すると、思っていた反応とは違ったので殿下は困惑した。 だが、さらに困惑する展開が待ち受けているのだった。

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

2回目の逃亡

158
恋愛
エラは王子の婚約者になりたくなくて1度目の人生で思い切りよく逃亡し、その後幸福な生活を送った。だが目覚めるとまた同じ人生が始まっていて・・・

駄犬の話

毒島醜女
恋愛
駄犬がいた。 不幸な場所から拾って愛情を与えたのに裏切った畜生が。 もう思い出すことはない二匹の事を、令嬢は語る。 ※かわいそうな過去を持った不幸な人間がみんな善人というわけじゃないし、何でも許されるわけじゃねえぞという話。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

逆ハーエンドということは。

竹 美津
恋愛
乙女ゲームの逆ハーレムエンドの、真のエンディングはこれだ!と思いました。 攻略対象者の家族が黙ってないよね、って。

【完結】遅いのですなにもかも

砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。 王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。 数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。

処理中です...