10 / 27
10
しおりを挟む
「それにしても……往生際が悪いよな。囚人を使って……反乱でも起こすつもりなのか、閣下は???」
「まあ、かつての威厳が染みついているのでしょう。それに靡く囚人たちもまた、滑稽ですがね……」
「全くだ。大人しく牢屋に入っていれば、命だけはつないでやるって言うのにな……」
「命知らずな輩が多いですな……」
「いつから、人間はバカになったのかな……」
****************************************
グリニッジ男爵主催の夜会がお開きになり、招待された客人はみな、仕事場へ帰っていった。私はとりあえず、閣下の正体を突き止めようと思った。グリニッジ男爵の部屋に資料があることを確信した私は、彼の目を盗んで執務室に侵入した。男爵が閣下とわざわざ敬称を付けて呼ぶのだから、それなりに地位のある人物だと思った。そんな人物に関する書類……探しても出てくるのは名もない囚人のものばかりだった。
「お探しのもの……そこにはございませんよ」
不意に後方から声がした。全てが終わったと思った。いくら私でも、他人の執務室に侵入して粗探しをしているところを見られてしまったら……立場がないと思った。
「カレン様……あなた様が知りたいのは閣下……ミクリッツ様のことでしょう???」
声の主は侍女の一人で、ベテランのルミナだった。彼女は閣下のことをミクリッツと言った。
ミクリッツ……どこかで聞いたことのある名前だと思った。
「カレン様……恐らく、あなた様もお知り合いのはずですよ。なにせ、皇帝陛下の血を引き……一時は次期皇帝の候補にもなった方ですからね……」
ルミナの話を聞いて、私は全てを思い出した。ミクリッツ様……そう、私もまた、幼い頃彼の姿をどこか遠くで見たことがあるのだ。
そして、彼はいつしか私に微笑んだのだ。あの時の笑顔を、私はどうしてだか覚えていたのだ。
「カレン……君はカレンと言うのか……」
ミクリッツ様はあの時、私のことを名前で呼んでくれた……どうしてだか分からない。でも、そのことだけしっかりと覚えている。あれはお花畑……今はもうどこかに消えてしまったお花畑での出来事だった……。
「明日、ミクリッツ様の死刑が執行されるのですね……。カレン様、あなたがサインしてしまえば……」
ルミナは、ミクリッツ様の死刑執行にどうやら消極的なようだった。
「ねえ、ルミナさん。どうにかして、ミクリッツ様にお会いすることはできませんか???」
彼女なら、何かしらの方法を与えてくれるのではないかと期待した。そして、この期待はやはり、現実になるのだった。
「あなた様がそうおっしゃるのを待っておりましたわ」
そう言って、ルミナはこの屋敷の中で唯一閉ざされた部屋に私を案内した。
「まあ、かつての威厳が染みついているのでしょう。それに靡く囚人たちもまた、滑稽ですがね……」
「全くだ。大人しく牢屋に入っていれば、命だけはつないでやるって言うのにな……」
「命知らずな輩が多いですな……」
「いつから、人間はバカになったのかな……」
****************************************
グリニッジ男爵主催の夜会がお開きになり、招待された客人はみな、仕事場へ帰っていった。私はとりあえず、閣下の正体を突き止めようと思った。グリニッジ男爵の部屋に資料があることを確信した私は、彼の目を盗んで執務室に侵入した。男爵が閣下とわざわざ敬称を付けて呼ぶのだから、それなりに地位のある人物だと思った。そんな人物に関する書類……探しても出てくるのは名もない囚人のものばかりだった。
「お探しのもの……そこにはございませんよ」
不意に後方から声がした。全てが終わったと思った。いくら私でも、他人の執務室に侵入して粗探しをしているところを見られてしまったら……立場がないと思った。
「カレン様……あなた様が知りたいのは閣下……ミクリッツ様のことでしょう???」
声の主は侍女の一人で、ベテランのルミナだった。彼女は閣下のことをミクリッツと言った。
ミクリッツ……どこかで聞いたことのある名前だと思った。
「カレン様……恐らく、あなた様もお知り合いのはずですよ。なにせ、皇帝陛下の血を引き……一時は次期皇帝の候補にもなった方ですからね……」
ルミナの話を聞いて、私は全てを思い出した。ミクリッツ様……そう、私もまた、幼い頃彼の姿をどこか遠くで見たことがあるのだ。
そして、彼はいつしか私に微笑んだのだ。あの時の笑顔を、私はどうしてだか覚えていたのだ。
「カレン……君はカレンと言うのか……」
ミクリッツ様はあの時、私のことを名前で呼んでくれた……どうしてだか分からない。でも、そのことだけしっかりと覚えている。あれはお花畑……今はもうどこかに消えてしまったお花畑での出来事だった……。
「明日、ミクリッツ様の死刑が執行されるのですね……。カレン様、あなたがサインしてしまえば……」
ルミナは、ミクリッツ様の死刑執行にどうやら消極的なようだった。
「ねえ、ルミナさん。どうにかして、ミクリッツ様にお会いすることはできませんか???」
彼女なら、何かしらの方法を与えてくれるのではないかと期待した。そして、この期待はやはり、現実になるのだった。
「あなた様がそうおっしゃるのを待っておりましたわ」
そう言って、ルミナはこの屋敷の中で唯一閉ざされた部屋に私を案内した。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
カナリア姫の婚約破棄
里見知美
恋愛
「レニー・フローレスとの婚約をここに破棄する!」
登場するや否や、拡声魔道具を使用して第三王子のフランシス・コロネルが婚約破棄の意思を声明した。
レニー・フローレスは『カナリア姫』との二つ名を持つ音楽家で有名なフローレス侯爵家の長女で、彼女自身も歌にバイオリン、ヴィオラ、ピアノにハープとさまざまな楽器を使いこなす歌姫だ。少々ふくよかではあるが、カナリア色の巻毛にけぶるような長いまつ毛、瑞々しい唇が独身男性を虜にした。鳩胸にたわわな二つの山も視線を集め、清楚な中にも女性らしさを身につけ背筋を伸ばして佇むその姿は、まさに王子妃として相応しいと誰もが思っていたのだが。
どうやら婚約者である第三王子は違ったらしい。
この婚約破棄から、国は存亡の危機に陥っていくのだが。
※他サイトでも投稿しています。
婚約破棄された私。大嫌いなアイツと婚約することに。大嫌い!だったはずなのに……。
さくしゃ
恋愛
「婚約破棄だ!」
素直であるが故に嘘と見栄で塗り固められた貴族社会で嫌われ孤立していた"主人公「セシル」"は、そんな自分を初めて受け入れてくれた婚約者から捨てられた。
唯一自分を照らしてくれた光を失い絶望感に苛まれるセシルだったが、家の繁栄のためには次の婚約相手を見つけなければならず……しかし断られ続ける日々。
そんなある日、ようやく縁談が決まり乗り気ではなかったが指定されたレストランへ行くとそこには、、、
「れ、レント!」
「せ、セシル!」
大嫌いなアイツがいた。抵抗するが半ば強制的に婚約することになってしまい不服だった。不服だったのに……この気持ちはなんなの?
大嫌いから始まるかなり笑いが入っている不器用なヒロインと王子による恋物語。
15歳という子供から大人へ変わり始める時期は素直になりたいけど大人に見られたいが故に背伸びをして強がったりして素直になれないものーーそんな感じの物語です^_^
私の婚約を母上が勝手に破棄してしまいました
桜井ことり
恋愛
「娘から、手を引け」
「……は?」
破天荒な婚約破棄成立。
ーーーーー
今回は需要とかテンプレートとかに縛られず自由に書きました。
ジャンルは『ギャグ恋愛』だけど描写もしっかり意識して背景が分かりやすいです。
特に作中のスパイスとなる悪役母上『フリンダ』の破壊力は凄まじく、
お淑やかで可憐な本作の主人公『フウカ』との相性がとても良いです。
内容に関しては
とにかく1話と2話を見てください。
【完結】夫が愛人と一緒に夜逃げしたので、王子と協力して徹底的に逃げ道を塞ぎます
よどら文鳥
恋愛
夫のザグレームは、シャーラという女と愛人関係だと知ります。
離婚裁判の末、慰謝料を貰い解決のはずでした。
ですが、予想していたとおりザグレームとシャーラは、私(メアリーナ)のお金と金色の塊を奪って夜逃げしたのです。
私はすぐに友人として仲良くしていただいている第一王子のレオン殿下の元へ向かいました。
強力な助っ人が加わります。
さぁて、ザグレーム達が捕まったら、おそらく処刑になるであろう鬼ごっこの始まりです。
【完結】女王と婚約破棄して義妹を選んだ公爵には、痛い目を見てもらいます。女王の私は田舎でのんびりするので、よろしくお願いしますね。
五月ふう
恋愛
「シアラ。お前とは婚約破棄させてもらう。」
オークリィ公爵がシアラ女王に婚約破棄を要求したのは、結婚式の一週間前のことだった。
シアラからオークリィを奪ったのは、妹のボニー。彼女はシアラが苦しんでいる姿を見て、楽しそうに笑う。
ここは南の小国ルカドル国。シアラは御年25歳。
彼女には前世の記憶があった。
(どうなってるのよ?!)
ルカドル国は現在、崩壊の危機にある。女王にも関わらず、彼女に使える使用人は二人だけ。賃金が払えないからと、他のものは皆解雇されていた。
(貧乏女王に転生するなんて、、、。)
婚約破棄された女王シアラは、頭を抱えた。前世で散々な目にあった彼女は、今回こそは幸せになりたいと強く望んでいる。
(ひどすぎるよ、、、神様。金髪碧眼の、誰からも愛されるお姫様に転生させてって言ったじゃないですか、、、。)
幸せになれなかった前世の分を取り返すため、女王シアラは全力でのんびりしようと心に決めた。
最低な元婚約者も、継妹も知ったこっちゃない。
(もう婚約破棄なんてされずに、幸せに過ごすんだーー。)
弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!
冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。
しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。
話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。
スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。
そこから、話しは急展開を迎える……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる