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本編
8. では、俺は国王には……
しおりを挟む「そう、内定の段階で、そして、君が受け入れるかどうかという話でもない。正式に婚約した相手はまだいないけれど、王宮の判断によりレオナルド・ステファント王弟殿下の婚約者にもうすぐなる予定と言うだけ」
アルバートから新たな登場人物、叔父の名前が出てきたことにスティーブ王子は目を見開いた。
「は? えっ? ……だ、だが、オリヴィアは皇太子の婚約者なんだろう?」
王位継承権の第一位は、皇太子になるのは国王の息子である自分のはず。
「そうだよ、だからレオナルド王弟殿下の婚約者に内定していると言ったわけだ」
「スティーブ殿下の婚約者になるかもしれないなんて、一度も耳にしたことございませんわ」
「なぜ? いや、ええ……?」
自分の婚約者だったはずだろうと、顔を歪めたスティーブ王子が嘘を教えたのかとカトレアを睨み始めた。
お前が言っていたことは間違いだらけだったではないかと、恥を掻かされた彼の中で責任転嫁が始まったのだ。
ちなみに、国王陛下が息子の大事な卒業式に列席されていない理由に、この辺りも関係がある。
国家として優先しなければならない行事として、皇太子の選定、それから任命式が迫っているから忙しいのだ。
「王族の婚約者になるはずだという噂話から勘違いしたのかもしれないが、ステファント王国の制度では新たな国王が即位した際、同時に皇太子の婚約者、即ち王妃継承の資格を与えられる令嬢の選抜が始まる」
「なんだ、それは……?」
そんなこと聞いたことがないとスティーブ王子が正面へ顔を戻した。
そして、残念なことに彼の後ろに並ぶ令息達も、殿下がそのまま皇太子になるのではないのかと顔を見合わせている。勝ち馬に乗ることで、出世街道をひた走れるはずではと。
「そして、王妃継承者となった令嬢が中心となって婚約者を、次代となるべき皇太子を選び出すという制度があるのだよ」
ステファント王国では、アルバートが述べたように国王の代替わりに伴い、一年間の喪服期間を経て、速やかに王妃という立場を継承する令嬢の選定に入る。そして、継承者として一人の令嬢が選ばれたのち、皇太子に据えられる王族と婚約する決まりとなっている。
そのような迂遠な制度となった理由は、第一子が王の器を育める賢者ばかりであるとは限らなかったから。
王位継承権を与えられた王族は、その中で健全に切磋琢磨し、王妃継承者と親交を深めなければならない。もし後ろ暗い報告が上げられれば、王妃継承者や国王陛下、王妃殿下、宰相閣下といった国家運営に関わる者達から認められない可能性が高くなるから。
だから、オリヴィアの婚約者となれる候補は、独身ということも加味してほぼレオナルド王弟殿下とスティーブ王子に限られていた。
「では、俺は国王には……」
そんな状況にありながら、彼は自らその権利を手放していたようなものなのだ。
自分の方こそ真摯に向き合うべきだったことに今更気が付いても、時すでに遅し、なのである。
悪評として広まってはいないが、婚約者という間柄になるかもしれないという段階で、身体を開けと迫る相手を選ぼうとする可能性は低いだろう。カトレアの思い込みから唆されていたとしても、情報を確認していれば避けられたことなのだから。
無知とは、それだけで人生を左右するかもしれないし、運命を掴み損ねることにもなる。
「元々、マークシア侯爵家の令嬢であるオリヴィアは、王妃継承者に選ばれるだろうと予想されていましたし、評判の良いレオナルド王弟殿下と信頼関係も築けていました」
「国王陛下と王弟殿下の仲は良好。当然の帰結として、早々に二人が後継ぎに指名されるだろうとも予想されていたよ」
裏表がなさ過ぎて腹芸が苦手そうという評価も知っているが、目の前の王子が評価を覆せるほどの短所とはアルバートも思わない。
先代国王も認めるほど、とうの昔に内々定が出ている出来レースだったわけだが、それでも候補から外したスティーブ王子を構えるほど暇にはならない。急逝だったこともあり、引き継ぎなど隙を見せないように慌ただしく動き続けた三年間だったのだから。
そんな事情もあり、不出来な状態が見逃され続けていたとも言えるのだ。
「――……それから、ここまでと少々趣が違う話になってしまうのだけど、もう一点ほど聞いてくれるかな」
「まだ、何か……」
組んでいた腕は放して、こいつ使えないと距離を空けたカトレアと、騙されたという思いを強くしたスティーブ王子が醜い睨み合いを始めていた。
放置していれば取っ組み合いの喧嘩に突入しそうなところへ、腕を引いたエミリアが向けた視線の意図を理解したアルバートが口を挟んだ。
「君達が立つ舞台を飾る紫紺に金模様の緞帳や垂れ幕は、ステファント王国において特別な空間であることを表している。そういうことを、君達は知らないかな?」
スティーブ王子達が立ち続けている、一段高くしてあるフロアはステファント王国の国王陛下と王妃殿下、それから国賓のみが立ち入ることを許される特別な空間だ。
開幕を告げる祝辞を述べる予定だった学院長も、建物を所有するマークシア侯爵も、恐れ多いと公に立ち入ることのない場所である。貴族の教育を受けているならば、知っていて当然の規則となる。
「つまりだ、スティーブ殿下は僅かながら大目に見てもらえる可能性もあるかもしれないが、その他の貴族関係者が立ち入って良い場所であるとは思えない。どのような理由があろうと、それだけで処罰される行動を取っていると言える」
「普通に、ご実家の爵位を下げられるくらいの問題行動なのですよ」
アルバートに続いたエミリアの補足により、青ざめていた取り巻き達の顔からさらに血の気が引いていく。
ただの貴族子弟がふんぞり返って良い場所でないと、玉座に等しい場所を侵し国王陛下に無礼を働いているようなものだと理解できたらしい。
「もはや手遅れかもしれないが、素早く下りた方が賢明な判断だと思うがね」
目撃者が多すぎて、誤魔化せるような些事ではなくなっている。
告げ口するつもりのないアルバートですら、必ずどこかへ漏れると考えるくらいに。
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