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本編
9. あらら、遅かったかー
しおりを挟む「あらら、遅かったかー」
取り巻き達が急いで飛び降りようとした瞬間、マークシア侯爵家の精鋭騎士を率いた学院長が雪崩れ込んできた。
結局、給仕をしていた使用人によって騒動は把握されており、可愛い孫娘を辱めたスティーブ王子まできっちりと縛り上げられて連れ出されていった。
★ ★ ★
舞踏会の仕切り役まで何故か任されてしまったアルバートとエミリアは、一度王都ステファードに立ち寄って友人の婚約を祝うと、留学という旅を終えてアリストラス王国へ帰って行った。
そして、それぞれが忙しく過ごしながら、あっという間に季節は巡った。
「結局、スティーブ殿下は、一代公爵にも成れなかったわけね?」
「ええ、関係していた子弟は全員、身分を剥奪されるほどの犯罪者として扱われているわ。あの騒動以外にも、いくつか問題行動を取っていたみたいだし、神聖な場所を穢したことになるわけだから」
庭園をさわさわと撫でていくそよ風が、二人の対照的な金色と黒色のロングヘアを揺らす。
一年ぶりにステファント王国の王都を訪れたエミリアは、マークシア侯爵家の王都邸宅を訪ねて、オリヴィアと穏やかな時間を楽しんでいる。交わされる内容は、用意されたお茶菓子や二人を包む雰囲気とはかけ離れているけれど。
「じゃあ、すでにただのスティーブ?」
「そうなるわね、王家から追放されているから」
「何をしているの? 行方知れず?」
「いいえ、全員が入れ墨を施された状態で、下級兵士として輜重隊へ配属されていると聞いた気がするわ」
異教徒を退け続けている前線の地域へ様々な物資を運ぶため、令息達は生涯荷車を押し続けることになる。
両手の甲へ目立つように彫られ入れ墨は、逃げ出したところで隠しきれない。
下級兵士から昇格することもなく、腫れ物のように扱い続けられる人生になるのだろう。専用の宿舎からも逃げられず、元の身分や転げ落ちた経緯を知られて惨めに。
「王国のために働けというわけね。やらかしたことと罰則が釣り合っているのかと、考えちゃうけど……」
「元日本人の感覚だと、どうしてもね」
大問題というほど騒ぎにもなっていないし、名前を出されただけで直接的な被害はない。
魔物や盗賊の類いは滅多に遭遇しないが、補給をさせまいと異教徒達に狙われることとなる。
彼女達は知らないが、入れ墨のある下級兵士は武器を携行することも許されていない。丸裸で死地へ赴いているようなものなのだ。だから、五年以内に全員が何らかの形で亡くなることになる。
「そういえば、勘違いしていたヒロイン様も輜重隊?」
「そこはさすがに」
「さすがにね」
「父親のネモフィラ子爵が爵位を返上した上、堅調だった商店を手放した財産の大半を国庫に寄付して隠居されたらしくてね、修道院で祈りを捧げて暮らすように言い渡されていたわ」
物語としてはあった流れだとエミリアは思った。それと同時に、大人しくできるのだろうかとも。
「こっちの修道院も、かなり質素な暮らしぶりだったような気がするけど……」
「ええ、一ヶ月と我慢できずに、食料を届けた男性を誑かして逃げ出したそうよ」
「えー、マジ……?」
「マジです」
真顔で頷き合った二人は、同時にティーカップを持ち上げる。
「それで、行方は掴めているの?」
「さぁ、全く反省していないと思っていなかったそうですから」
ある意味危険思考の持ち主だ。
ノーマークなのは信じられないとエミリアは繰り返す。
「それで?」
「…………商業都市グランフィア、あそこにある大人の遊び場で、男性の相手をしているそうよ」
一週間ほどで把握された潜伏先を、続けられる監視の報告をあっさりと教えた。
ちなみに、オリヴィアの提案により、眠らされた彼女と王子には居場所が判明するアイテムが密かに埋め込まれている。簡単に逃げられるはずもない。
「そういう結末の物語もありそうね」
「ええ、落ちぶれていく表現として、ちょくちょく目にしていた気がするわね」
「しばらくは、監視を続けるくらいにするの?」
「たぶんね、日本の頃から慣れていたのか、なかなか楽しそうに過ごしているらしいわよ」
「……そうなんだ」
前世もそこそこ恵まれていたし、アルバートに愛されることに満足している自分には、初対面の相手ばかりとか考えられない境地だなとエミリアは違う話題を振ることにした。
★ ★ ★
話が弾んだお茶会から数日、オリヴィア・マークシア侯爵令嬢とレオナルド・ステファント皇太子の結婚の日を迎えて、王国の祝賀ムードは最高潮に達した。
そんな華やぎ浮かれる街の様子とは正反対、祝福の言葉が聞こえてくるたび不機嫌になっていく一人を除いて。
「まったく、あのお馬鹿王子がもっとちゃんと事情を理解していれば、今頃私が皇太子妃になっていたはずなのに」
相変わらず、自分の過ちを認めないまま。
今の彼女は外面を可憐に装い、稼いだお金は自らを磨くことに使っている。
それでも、破滅へ落とした令息達に囲まれていた学院生時代と比較すると、随分と張り艶が失われたような気がする。
皇太子妃に、王妃になることが叶えば、こんな苦労をすることもなかったと思うと、悔しさに拳に力が入ってしまう。
「ハァ、どこかのお金持ち貴族様が、愛人として贅沢させてくれないかなぁ」
彼女の中では、パパ活くらいの感覚で続けているらしい。
しかし、怪しい契約書の存在により、いつの間にか多額の借金を背負っているという状況に貶められていたカトレアは、人気のあるうちは商業都市で、年を重ねて人気が落ちてきたら港湾都市ウリヒャールで荒くれ者達の相手をさせられる生活から抜け出せない。
そして、商業都市では罹らなかった病気を移されて、鳥籠から羽ばたくことなく、苦悩と苦痛に塗れた最後を迎えることになる。
ちなみに、卒業式にて問題を起こすことがなくても、普通にスティーブ王子と結ばれることはなかったと思われる。圧倒的に努力が足りなかったから。
しかし、男爵家から婿取りをして実家で暮らしていれば、王宮とまではいかないが、かなり贅沢ができていたことを彼女は知らない。ネモフィラ子爵家が行っていた事業が、抱えていた商店がどれほど儲かっていたか興味を持つこともなかったのだから。
自らの思い込みに縛られて、誘惑した令息達を巻き込み、彼女は進んで地獄へ堕ちていったのだ。
――――――――
ここまで、ご清覧ありがとうございました。
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