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拾い物
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この世界には、魔法という概念が存在する。
元の世界で三十年を平穏に生きた自分の瞳にも、この世界は新鮮に映った。
木々には足が生え、落とす果実には眩い光が宿る。それを主食とする鳥や魚は図体がデカく、夜になると発光する不思議な世界だ。
だが、世界の理が変わろうと、本質的に争いを好む人間の性質は変わらなかった。
──争い、侵略、隷属。そういった反吐の出る悪習は、僻地の鬱蒼としたこの森にまで影響を及ぼしていた。
至近の国で変革があったとかで、ここ数日はずっと土地に落ち着きがない。いつ何時その余波がこの森を焼くかも分からないんだ。
そう、例えば今日のような最高の快晴であっても気は抜けない。俺はマイホームへと向かう最中に、それを再認識した。
『なんか落ちてる』
俺の安息地である安らぎの森に、見覚えのない布の塊が、べしょっと落ちていたのだ。
興味本位で近寄れば、重なった布が息をするように上下しているのが見えた。
『あちゃ~、もしかして捨て子か』
森に捨てれば、子を自ら手に掛けるという罪悪感から逃げられると考えたのか。
こうやって目にしてしまう人間のことも考えてくれ、と愚痴を溢しかけて「ああ、ここに住む人間なんていなかったな」と自虐的に微笑んだ。
まあ、まだ息をしているのだから、せめて花で囲って葬ってやろう。そう思い立って布を剥ぐと、中の熱がびくりと飛び跳ねた。
こちらを認識したらしい小さな生命と視線が交わる。痩せこけた子供は、空の青さを鏡写しにしたような、美しい瞳をしていた。
布に隠れた細く小さな身体は、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに不安定だった。
「……ちかづくな」
『あれ、目算違いか。発話できる年齢だとは思わなかった』
「なんなんだ、おまえ」
『知る必要はないよ。君は今から天に召されるのだから』
「……?なにをする」
震える身体を抱き上げると、花が咲き誇る丘を目指して歩き出す。
確か、この子の瞳と同じ色をした花が咲いている場所があったはずだ。同じ色を持つ者として、心が救われるといい。
子供は警戒する様子をみせながらも、歴然とした力の差を感じているのだろう。抵抗もせず、大人しく腕の中に収まっている。
腕の中にある存在をどことなく面白く感じて、機嫌良く鼻歌を歌ってみる。
そんな俺をじっと見ていた子供が、独り言を溢し始めた。
「……わたしは、すてられたのだろうか」
「ははうえは、せんちへいってしまわれたのか」
「おまえは、わたしをどこへつれていってくれるんだ」
聞き耳を立てていたわけではないが、話の内容は強制的に理解してしまった。
体付きのわりに妙に落ちついた子供だと思っていたが、高貴な身分だとしたら得心がいく。
そんな子供でさえ、ひどく痩せ細ってしまっているのだから、人間同士の争いとは恐ろしいものだ。
「おしえてくれないか、まぞくよ」
『…………』
「こたえては、くれないか」
──魔族。そう、俺は今世では魔族なのだ。
人の姿形をしながらも、人を襲い、喰らい、生き延びる忌むべき魔族、魔人と呼ばれる種族だ。
人に紛れて生きる為に出立ちや顔立ちも人間に近いが、決定的に異なる点がある。瞳の色が、血を啜ったような赤色をしているのだ。
「ははうえは、このもりにぬしがいると」
それがおまえか?と問う子供の瞳は、初めて遭遇するであろう攻撃性を持たない魔人への好奇心で煌めいていた。
人語を解さず、発される言葉も人語と異なるのが魔人と知っていながらも、懸命に語り掛ける様は滑稽だ。
……そう。俺が、本物の魔人であったなら、彼の行為は何の意味も為さないはずだった。
だが、こちとら順当に世界を生き抜いて奇跡の転生を果たした、元成人男性だ。
実のところ、俺は転生前の記憶のおかげか、この世界の人語も発話ができる。
言葉を交わしてしまった途端、この生命を屠るという選択が出来なくなりそうで、それをしなかっただけだ。
そうやって普通の魔人を演じていたわけだが、こうして歩み寄られると、少しは情が湧くというものだ。
どうしたものかと対応を迷っていると、腕の中の子供がもぞりと動き出した。
「……わたしは、ひとりなのか」
爪が肌に食い込むほどの力で握りしめられた拳。震える指先が、俺の服をぎゅっと掴んでいる。
いたいけな子供の追い詰められた表情に、遠い昔に置いてきたはずの人らしい感情が騒ぎ出す。
「はぁ、分かった分かった。根負けしたよ、君しつこいって言われない?」
「しゃ、しゃべっ……!?」
「君が言ったんでしょ、話してくれって」
「なんか、おもってたのとちがう……」
先程とは打って変わって、ペラペラと話し出した俺に返って恐怖を抱いたらしい。不遜なガキンチョは俺のフレンドリーな態度に引いていた。
その言動に少々イラつきながらも、子供には優しくしてやろうと、魔人らしく厳かな雰囲気で語り掛けた。
「そうだ、私は変異種……人語を解す魔人だ」
「すまない、ふつうにしゃべってくれ。いわかんしかない」
「ちょっと我儘が過ぎるよ、坊ちゃん……ねぇ、君。選択肢があるとしたら、どうしたい?」
「せんたくし?」
「ああ。俺の手から離れてこの綺麗な青の花をずうぅっと見ているか、忌み嫌われる魔人の使いっ走りになるか。どっちがいい?」
幼い子供へ提示する可能性としては、あまりに酷だろう。だが、今この瞬間に自分自身で人生を選び取る必要がある。
問われた子供は無垢な瞳で真っ直ぐに俺を見る。
足元に広がる青一色の美しい丘に目もくれず、ただ俺だけを見ていた。
交わる視線から何を感じ取ったのだろう。しっかりとした口調で、自身の命運を口にした。
「おまえといきるなら、それがいい。うでにいだいてくれるなら、それがいい」
「……本当に、我儘でめっぽう運がいい子供だわ」
とんだお荷物を拾ってしまった、そうぼやいて踵を返す。
今度の目的地は、手狭になってしまうだろうマイホームだ。
「これからの日々を考えると気が滅入るなぁ……」
守るものが増えてしまったという事実に、眩暈がした。
元の世界で三十年を平穏に生きた自分の瞳にも、この世界は新鮮に映った。
木々には足が生え、落とす果実には眩い光が宿る。それを主食とする鳥や魚は図体がデカく、夜になると発光する不思議な世界だ。
だが、世界の理が変わろうと、本質的に争いを好む人間の性質は変わらなかった。
──争い、侵略、隷属。そういった反吐の出る悪習は、僻地の鬱蒼としたこの森にまで影響を及ぼしていた。
至近の国で変革があったとかで、ここ数日はずっと土地に落ち着きがない。いつ何時その余波がこの森を焼くかも分からないんだ。
そう、例えば今日のような最高の快晴であっても気は抜けない。俺はマイホームへと向かう最中に、それを再認識した。
『なんか落ちてる』
俺の安息地である安らぎの森に、見覚えのない布の塊が、べしょっと落ちていたのだ。
興味本位で近寄れば、重なった布が息をするように上下しているのが見えた。
『あちゃ~、もしかして捨て子か』
森に捨てれば、子を自ら手に掛けるという罪悪感から逃げられると考えたのか。
こうやって目にしてしまう人間のことも考えてくれ、と愚痴を溢しかけて「ああ、ここに住む人間なんていなかったな」と自虐的に微笑んだ。
まあ、まだ息をしているのだから、せめて花で囲って葬ってやろう。そう思い立って布を剥ぐと、中の熱がびくりと飛び跳ねた。
こちらを認識したらしい小さな生命と視線が交わる。痩せこけた子供は、空の青さを鏡写しにしたような、美しい瞳をしていた。
布に隠れた細く小さな身体は、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに不安定だった。
「……ちかづくな」
『あれ、目算違いか。発話できる年齢だとは思わなかった』
「なんなんだ、おまえ」
『知る必要はないよ。君は今から天に召されるのだから』
「……?なにをする」
震える身体を抱き上げると、花が咲き誇る丘を目指して歩き出す。
確か、この子の瞳と同じ色をした花が咲いている場所があったはずだ。同じ色を持つ者として、心が救われるといい。
子供は警戒する様子をみせながらも、歴然とした力の差を感じているのだろう。抵抗もせず、大人しく腕の中に収まっている。
腕の中にある存在をどことなく面白く感じて、機嫌良く鼻歌を歌ってみる。
そんな俺をじっと見ていた子供が、独り言を溢し始めた。
「……わたしは、すてられたのだろうか」
「ははうえは、せんちへいってしまわれたのか」
「おまえは、わたしをどこへつれていってくれるんだ」
聞き耳を立てていたわけではないが、話の内容は強制的に理解してしまった。
体付きのわりに妙に落ちついた子供だと思っていたが、高貴な身分だとしたら得心がいく。
そんな子供でさえ、ひどく痩せ細ってしまっているのだから、人間同士の争いとは恐ろしいものだ。
「おしえてくれないか、まぞくよ」
『…………』
「こたえては、くれないか」
──魔族。そう、俺は今世では魔族なのだ。
人の姿形をしながらも、人を襲い、喰らい、生き延びる忌むべき魔族、魔人と呼ばれる種族だ。
人に紛れて生きる為に出立ちや顔立ちも人間に近いが、決定的に異なる点がある。瞳の色が、血を啜ったような赤色をしているのだ。
「ははうえは、このもりにぬしがいると」
それがおまえか?と問う子供の瞳は、初めて遭遇するであろう攻撃性を持たない魔人への好奇心で煌めいていた。
人語を解さず、発される言葉も人語と異なるのが魔人と知っていながらも、懸命に語り掛ける様は滑稽だ。
……そう。俺が、本物の魔人であったなら、彼の行為は何の意味も為さないはずだった。
だが、こちとら順当に世界を生き抜いて奇跡の転生を果たした、元成人男性だ。
実のところ、俺は転生前の記憶のおかげか、この世界の人語も発話ができる。
言葉を交わしてしまった途端、この生命を屠るという選択が出来なくなりそうで、それをしなかっただけだ。
そうやって普通の魔人を演じていたわけだが、こうして歩み寄られると、少しは情が湧くというものだ。
どうしたものかと対応を迷っていると、腕の中の子供がもぞりと動き出した。
「……わたしは、ひとりなのか」
爪が肌に食い込むほどの力で握りしめられた拳。震える指先が、俺の服をぎゅっと掴んでいる。
いたいけな子供の追い詰められた表情に、遠い昔に置いてきたはずの人らしい感情が騒ぎ出す。
「はぁ、分かった分かった。根負けしたよ、君しつこいって言われない?」
「しゃ、しゃべっ……!?」
「君が言ったんでしょ、話してくれって」
「なんか、おもってたのとちがう……」
先程とは打って変わって、ペラペラと話し出した俺に返って恐怖を抱いたらしい。不遜なガキンチョは俺のフレンドリーな態度に引いていた。
その言動に少々イラつきながらも、子供には優しくしてやろうと、魔人らしく厳かな雰囲気で語り掛けた。
「そうだ、私は変異種……人語を解す魔人だ」
「すまない、ふつうにしゃべってくれ。いわかんしかない」
「ちょっと我儘が過ぎるよ、坊ちゃん……ねぇ、君。選択肢があるとしたら、どうしたい?」
「せんたくし?」
「ああ。俺の手から離れてこの綺麗な青の花をずうぅっと見ているか、忌み嫌われる魔人の使いっ走りになるか。どっちがいい?」
幼い子供へ提示する可能性としては、あまりに酷だろう。だが、今この瞬間に自分自身で人生を選び取る必要がある。
問われた子供は無垢な瞳で真っ直ぐに俺を見る。
足元に広がる青一色の美しい丘に目もくれず、ただ俺だけを見ていた。
交わる視線から何を感じ取ったのだろう。しっかりとした口調で、自身の命運を口にした。
「おまえといきるなら、それがいい。うでにいだいてくれるなら、それがいい」
「……本当に、我儘でめっぽう運がいい子供だわ」
とんだお荷物を拾ってしまった、そうぼやいて踵を返す。
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