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第2話 花屋と調香師
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フランジュアの隣には小さなカフェが併設されている。どちらかといえば花屋はマシロが切り盛りしていて、クロウはこちらのカフェが担当だ。目立たないので客が来ることはほとんどないけれど。
マシロは日当たりの良い席に相手を座らせ、自身はその向かいにニコニコと腰掛けた。
クロウはハーブティーとクッキーを用意し、彼の隣へ座る。
「本当にいいんでしょうか。やっぱりお花屋さんに言うことでは……」
「いーのいーの。僕が誘ったんだ。聞かせてよ。君、初めてのお客様だよね」
「……はい。母におつかいを頼まれまして。リラと申します」
「僕は店主のマシロ。こっちの可愛いのが従業員のクロウだよ」
「可愛いは余計だ」
マシロに比べて小柄なクロウを揶揄っているようにしか聞こえない。マシロにその意図がないとはいえ。
「えー、仕方ないな。僕専属の調香師として働いてもらっているクロウだよ。……この説明で満足?」
「調香師……ですか?」
「香りを作るんだ。分かりやすいのは香水かな。香水はこの店では売ってないけど……あ、このカフェで作る食べ物や飲み物の香料なんかもクロウが手がけているよ。ハーブティーも彼のお手製さ」
言いながら、手本を見せるかのようにマシロがハーブティーに口をつけた。つられたようにリラもカップを手にし、そっと一口。
「これは……カモミールでしょうか」
「……そう。ミルクと蜂蜜も加えてある。少しはリラックスできるかと思って」
「ありがとうございます。美味しい……」
ほう……とリラの肩から力が抜ける。
リラは少女と言ってもいい年頃のようだった。薄い紅を引いただけの化粧っ気のなさ、編み込まれた黒髪があどけなさを際立たせている。一方で落ち着いたワンピースから香る洗剤、生地そのもの、髪の毛、下ろしたてであろう靴、そのどれもが柔らかく上品なニオイだ。何より二つほど、クロウにも覚えのあるニオイが混ざっている。
「リラ嬢。あんた、ウィスタリアさんの娘さんじゃないか?」
「え!? そ、そうです。ウィスタリアは母です」
「リービットを飼っている?」
「……! どうしてそれを?」
リラの目が驚愕に見開かれた。それに得意げに答えるのはなぜかマシロだ。
「クロウは鼻が良くてね。だいたいのことは嗅ぎ分ける」
「つまり……私から、母とリービットのニオイを嗅ぎ取ったと……?」
「そういうことだね」
「まあ……まるで女神の祝福を受けたようですね」
リラの感嘆の声は素直なものだ。
しかしクロウは目を伏せるに留めた。のんびりとマシロが続ける。
「それにしてもウィスタリアさんのところの娘さんかぁ。そりゃイイトコだ、いつも高い花を買ってくださるからね。ところでリービットって何だっけ」
「希少種の動物だよ。金持ちが飼ってることが多い」
「ああ、もしかして耳が長くて垂れてる? 黒くて小さい?」
「そう」
「クロウみたいな」
「ぶっ飛ばすぞ」
「褒めてるのに」
「余計にタチ悪いんだよ」
睨むと、やれやれと肩をすくめられた。こちらの方がやれやれだ。
「それで、リラちゃんは何を悩んでるんだい?」
「あ、はい。その……リービットが、いなくなってしまったんです……」
「いなくなった?」
リラはその可愛らしい顔を歪めた。膝の上に置いていた両手をぎゅっと握りしめる。
「散歩中、ほんの少し目を離した隙に……。急に走り出して、私も慌てて追いかけたんですが、見つからなくて……」
じわり、リラの目に涙が浮かぶ。
「わかってるんです、私が悪いのは。だからこそ悔しくて、悲しくて……。あの子がケガしてないか、お腹を空かせていないか、不安でたまらなくて……。それで塞ぎ込んでいる私を見かねて、母が花でも買ってきなさいと……」
「ふぅん。でもリラちゃん、お金持ちなんでしょ? いくらリービットが珍しいといっても、また代わりの子を飼えるんじゃない?」
――その冷たい響きに、一瞬何を言われたかわからなかったのだろう。リラは目を見開いたまま固まっていた。
やがて意味を飲み込んだのと同時に立ち上がる。令嬢らしからぬ勢いで。
「あんまりです! あの子の代わりなんて……あの子は、リーちゃんは、私の大切なお友達なんです……!」
ボロボロと瞳から雫が零れ落ちる。塩辛そうなニオイだと思った。交感神経が刺激され、怒りや悔しさに満ちたニオイだ。
ちらりとマシロがクロウを見る。クロウは溜息をついて頷いた。嘘は、ない。そう伝えるために。
――こいつは自分を嘘発見器だとでも思っているんじゃなかろうか。
ニッ、とマシロが口の端を上げる。
「オーケィ、リラちゃん。君の気持ちはよーくわかった」
「え……?」
「僕たちも探すの手伝うよ。なんせクロウの鼻は探し物にもめっぽう強い」
「お前な」
「お礼は気にしなくていいよ。レディを泣かせたお詫びさ」
「泣かせたのはお前だろうが」
「連帯責任だよクロウ」
こんな店辞めてやろうか。
そう毒づこうとしたものの、リラに見られて何も言えなくなる。涙で赤くなった目をじっとこちらに向けて、ありがとうございますと頭を下げられれば……結局頷くしかないのだ。ちくしょうめ。
マシロは日当たりの良い席に相手を座らせ、自身はその向かいにニコニコと腰掛けた。
クロウはハーブティーとクッキーを用意し、彼の隣へ座る。
「本当にいいんでしょうか。やっぱりお花屋さんに言うことでは……」
「いーのいーの。僕が誘ったんだ。聞かせてよ。君、初めてのお客様だよね」
「……はい。母におつかいを頼まれまして。リラと申します」
「僕は店主のマシロ。こっちの可愛いのが従業員のクロウだよ」
「可愛いは余計だ」
マシロに比べて小柄なクロウを揶揄っているようにしか聞こえない。マシロにその意図がないとはいえ。
「えー、仕方ないな。僕専属の調香師として働いてもらっているクロウだよ。……この説明で満足?」
「調香師……ですか?」
「香りを作るんだ。分かりやすいのは香水かな。香水はこの店では売ってないけど……あ、このカフェで作る食べ物や飲み物の香料なんかもクロウが手がけているよ。ハーブティーも彼のお手製さ」
言いながら、手本を見せるかのようにマシロがハーブティーに口をつけた。つられたようにリラもカップを手にし、そっと一口。
「これは……カモミールでしょうか」
「……そう。ミルクと蜂蜜も加えてある。少しはリラックスできるかと思って」
「ありがとうございます。美味しい……」
ほう……とリラの肩から力が抜ける。
リラは少女と言ってもいい年頃のようだった。薄い紅を引いただけの化粧っ気のなさ、編み込まれた黒髪があどけなさを際立たせている。一方で落ち着いたワンピースから香る洗剤、生地そのもの、髪の毛、下ろしたてであろう靴、そのどれもが柔らかく上品なニオイだ。何より二つほど、クロウにも覚えのあるニオイが混ざっている。
「リラ嬢。あんた、ウィスタリアさんの娘さんじゃないか?」
「え!? そ、そうです。ウィスタリアは母です」
「リービットを飼っている?」
「……! どうしてそれを?」
リラの目が驚愕に見開かれた。それに得意げに答えるのはなぜかマシロだ。
「クロウは鼻が良くてね。だいたいのことは嗅ぎ分ける」
「つまり……私から、母とリービットのニオイを嗅ぎ取ったと……?」
「そういうことだね」
「まあ……まるで女神の祝福を受けたようですね」
リラの感嘆の声は素直なものだ。
しかしクロウは目を伏せるに留めた。のんびりとマシロが続ける。
「それにしてもウィスタリアさんのところの娘さんかぁ。そりゃイイトコだ、いつも高い花を買ってくださるからね。ところでリービットって何だっけ」
「希少種の動物だよ。金持ちが飼ってることが多い」
「ああ、もしかして耳が長くて垂れてる? 黒くて小さい?」
「そう」
「クロウみたいな」
「ぶっ飛ばすぞ」
「褒めてるのに」
「余計にタチ悪いんだよ」
睨むと、やれやれと肩をすくめられた。こちらの方がやれやれだ。
「それで、リラちゃんは何を悩んでるんだい?」
「あ、はい。その……リービットが、いなくなってしまったんです……」
「いなくなった?」
リラはその可愛らしい顔を歪めた。膝の上に置いていた両手をぎゅっと握りしめる。
「散歩中、ほんの少し目を離した隙に……。急に走り出して、私も慌てて追いかけたんですが、見つからなくて……」
じわり、リラの目に涙が浮かぶ。
「わかってるんです、私が悪いのは。だからこそ悔しくて、悲しくて……。あの子がケガしてないか、お腹を空かせていないか、不安でたまらなくて……。それで塞ぎ込んでいる私を見かねて、母が花でも買ってきなさいと……」
「ふぅん。でもリラちゃん、お金持ちなんでしょ? いくらリービットが珍しいといっても、また代わりの子を飼えるんじゃない?」
――その冷たい響きに、一瞬何を言われたかわからなかったのだろう。リラは目を見開いたまま固まっていた。
やがて意味を飲み込んだのと同時に立ち上がる。令嬢らしからぬ勢いで。
「あんまりです! あの子の代わりなんて……あの子は、リーちゃんは、私の大切なお友達なんです……!」
ボロボロと瞳から雫が零れ落ちる。塩辛そうなニオイだと思った。交感神経が刺激され、怒りや悔しさに満ちたニオイだ。
ちらりとマシロがクロウを見る。クロウは溜息をついて頷いた。嘘は、ない。そう伝えるために。
――こいつは自分を嘘発見器だとでも思っているんじゃなかろうか。
ニッ、とマシロが口の端を上げる。
「オーケィ、リラちゃん。君の気持ちはよーくわかった」
「え……?」
「僕たちも探すの手伝うよ。なんせクロウの鼻は探し物にもめっぽう強い」
「お前な」
「お礼は気にしなくていいよ。レディを泣かせたお詫びさ」
「泣かせたのはお前だろうが」
「連帯責任だよクロウ」
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