1 / 2
第1話 好奇心は花屋で咲く
しおりを挟む
――不安のニオイがする。
クロウは静かに息を吸い込んだ。
ここ「フランジュア」は花屋らしく様々なニオイで溢れている。
甘く華やかなバラ、甘酸っぱく爽やかなフリージア、スパイシーなクローブに似たカーネーション、やわらかなバニラの香りのヘリオトロープブライドブルーなど。ある花は強く堂々と、ある花はたおやかに控えめに、様々なニオイを纏ってこの空間を満たしている。
「お嬢さんみたいな可憐な方にはこのガーベラなんかどうかな。ほら、側にあるだけで明るくなる。すごいな、まるであなたのために生まれてきた花のようだ。センスの女神も嫉妬しそうだよ」
「やだ、マシロ様ったら。でもそうね、それじゃあそちらを包んでもらおうかしら」
「マシロ様、あたしにもオススメの花はありますか?」
「君は色彩感覚が素晴らしいね! トレンドを取り入れるのが上手かつ大胆。あまり派手な花だとケンカしてしまうかな……? カスミソウでバランスを取って……そうだな、カーネーションは何色が好き?」
「わ、どれもキレイ。でも、うーん、……この中だと黄色です」
「いいね、元気で明るくなる色だ。それじゃあこの花を中心にもう少し好きな花を足していこう」
「はい!」
「おっと、そこの殿方はもしかしてこれからデートかな?」
「な、何でわかったんですか!?」
「顔に緊張が出ているよ。そんなに緊張してるってことは、プロポーズも考えていたり?」
「そ、そうなんです……せっかくなのでバラでも買ってみようかなと……」
「ヒュウ! 素晴らしい! もちろん優雅で懐の広いバラは君を裏切らないだろう……だけどもう少し彼女のことも聞かせてもらえるかい? 彼女らしい花も添えてみたいと思わない?」
「……! お願いします……!」
「いいね、その顔。さっきよりぐっと男らしくて僕まで心を掴まれそうだ」
「ひぇ……」
フランジュアは花屋の割に賑やかだ。それもこの店主であるマシロがことあるごとに客を口説いているからに違いない。しかもマシロという男は、十八という若さで、タチの悪いことに背も高く顔も整っている。背中まで伸び緩く結われたブロンドの髪はサラサラだし、青みがかった瞳は掴みどころのない深い海を思わせる。
スン、とクロウはカウンターの奥で鼻を鳴らした。
――嘘のニオイは、しない。
マシロという男には嘘がほとんどないのだ。大袈裟なきらいはあれど。驚くことに、彼は浮かれた言葉の数々を心から口にしている。ここに来る多くの客も、花が目当てなのかマシロが目当てなのかわかったものではない。
しかしおかげさまでこの店は今のところ閉店の兆しもなかった。カレノルド帝国にある数多くの花屋の中でフランジュアが生き残っていられるのは、そんな彼の魅力の賜物なのかもしれない。
とはいえチャラチャラしているだけの男でもない。マシロの対応はあれでいてスピーディーだ。開店当初に押し寄せていた客は、次々と満足そうに帰っていく。
それにしてもやはり……。
「におうな」
「え?」
ぼそりと呟くと、マシロがくるりと振り返った。しまった。地獄耳め。
勝手ながらも嘆息し、クロウはちょうどマシロの対応を受けている女性へ目を向けた。
花屋には色々な人が来る。デートの相手を喜ばせようとワクワクしている人、プロポーズをするのだと緊張している人、故人を偲ぶ人、見舞い相手の病態を憂えている人。
彼女から立ち上る『ニオイ』は、そのどれでもない。不安や焦りでありながら、心がここにないような――ポツネンとしたニオイだった。
「あの……」
彼女も自分が言われたのだと気付いたのだろう。困惑したように眉を下げ、自身の腕や服に鼻を近づける。
ああ、とマシロが笑った。スルリと彼女の手を取る。白くほっそりとした手が驚きに硬直したようだった。
「もしかしてお嬢さん、何か悩み事?」
「えっ」
「ここフランジュアでそんな不安そうな表情は似合わないよ。どう? 良かったら隣のカフェで話を聞かせてくれない?」
――また始まった。
マシロのそれは、悪癖だ。少なくともクロウはそう思う。お節介などと呼ぶのは好意的解釈すぎる。彼がこうやって他人の領域にズケズケと入っていくのはほとんどが好奇心だろう。
それでも、色男の誘いというのはいつだって強いらしい。それともよほど相手も切羽詰まっていたのか。
後者だろうな、とクロウは思った。彼女の発するニオイは、決してマシロに惑わされていない。
彼女はおずおずとマシロを見上げた。遠慮がちにクロウのことも。
「実は、困っていて……。花屋さんで言うことでもないでしょうが、聞くだけ聞いてもらってもよろしいですか……?」
クロウは静かに息を吸い込んだ。
ここ「フランジュア」は花屋らしく様々なニオイで溢れている。
甘く華やかなバラ、甘酸っぱく爽やかなフリージア、スパイシーなクローブに似たカーネーション、やわらかなバニラの香りのヘリオトロープブライドブルーなど。ある花は強く堂々と、ある花はたおやかに控えめに、様々なニオイを纏ってこの空間を満たしている。
「お嬢さんみたいな可憐な方にはこのガーベラなんかどうかな。ほら、側にあるだけで明るくなる。すごいな、まるであなたのために生まれてきた花のようだ。センスの女神も嫉妬しそうだよ」
「やだ、マシロ様ったら。でもそうね、それじゃあそちらを包んでもらおうかしら」
「マシロ様、あたしにもオススメの花はありますか?」
「君は色彩感覚が素晴らしいね! トレンドを取り入れるのが上手かつ大胆。あまり派手な花だとケンカしてしまうかな……? カスミソウでバランスを取って……そうだな、カーネーションは何色が好き?」
「わ、どれもキレイ。でも、うーん、……この中だと黄色です」
「いいね、元気で明るくなる色だ。それじゃあこの花を中心にもう少し好きな花を足していこう」
「はい!」
「おっと、そこの殿方はもしかしてこれからデートかな?」
「な、何でわかったんですか!?」
「顔に緊張が出ているよ。そんなに緊張してるってことは、プロポーズも考えていたり?」
「そ、そうなんです……せっかくなのでバラでも買ってみようかなと……」
「ヒュウ! 素晴らしい! もちろん優雅で懐の広いバラは君を裏切らないだろう……だけどもう少し彼女のことも聞かせてもらえるかい? 彼女らしい花も添えてみたいと思わない?」
「……! お願いします……!」
「いいね、その顔。さっきよりぐっと男らしくて僕まで心を掴まれそうだ」
「ひぇ……」
フランジュアは花屋の割に賑やかだ。それもこの店主であるマシロがことあるごとに客を口説いているからに違いない。しかもマシロという男は、十八という若さで、タチの悪いことに背も高く顔も整っている。背中まで伸び緩く結われたブロンドの髪はサラサラだし、青みがかった瞳は掴みどころのない深い海を思わせる。
スン、とクロウはカウンターの奥で鼻を鳴らした。
――嘘のニオイは、しない。
マシロという男には嘘がほとんどないのだ。大袈裟なきらいはあれど。驚くことに、彼は浮かれた言葉の数々を心から口にしている。ここに来る多くの客も、花が目当てなのかマシロが目当てなのかわかったものではない。
しかしおかげさまでこの店は今のところ閉店の兆しもなかった。カレノルド帝国にある数多くの花屋の中でフランジュアが生き残っていられるのは、そんな彼の魅力の賜物なのかもしれない。
とはいえチャラチャラしているだけの男でもない。マシロの対応はあれでいてスピーディーだ。開店当初に押し寄せていた客は、次々と満足そうに帰っていく。
それにしてもやはり……。
「におうな」
「え?」
ぼそりと呟くと、マシロがくるりと振り返った。しまった。地獄耳め。
勝手ながらも嘆息し、クロウはちょうどマシロの対応を受けている女性へ目を向けた。
花屋には色々な人が来る。デートの相手を喜ばせようとワクワクしている人、プロポーズをするのだと緊張している人、故人を偲ぶ人、見舞い相手の病態を憂えている人。
彼女から立ち上る『ニオイ』は、そのどれでもない。不安や焦りでありながら、心がここにないような――ポツネンとしたニオイだった。
「あの……」
彼女も自分が言われたのだと気付いたのだろう。困惑したように眉を下げ、自身の腕や服に鼻を近づける。
ああ、とマシロが笑った。スルリと彼女の手を取る。白くほっそりとした手が驚きに硬直したようだった。
「もしかしてお嬢さん、何か悩み事?」
「えっ」
「ここフランジュアでそんな不安そうな表情は似合わないよ。どう? 良かったら隣のカフェで話を聞かせてくれない?」
――また始まった。
マシロのそれは、悪癖だ。少なくともクロウはそう思う。お節介などと呼ぶのは好意的解釈すぎる。彼がこうやって他人の領域にズケズケと入っていくのはほとんどが好奇心だろう。
それでも、色男の誘いというのはいつだって強いらしい。それともよほど相手も切羽詰まっていたのか。
後者だろうな、とクロウは思った。彼女の発するニオイは、決してマシロに惑わされていない。
彼女はおずおずとマシロを見上げた。遠慮がちにクロウのことも。
「実は、困っていて……。花屋さんで言うことでもないでしょうが、聞くだけ聞いてもらってもよろしいですか……?」
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる