置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも

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25話 玲奈への断罪2

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「神崎社長。勘違いをされていますが、そこの二人はノーブル管弦楽団の楽団員ではありません」
 玲奈が顔をひきつらせながら言った。
 後ろの楽団員の数人が大きく頷いている。
「あぁ、そうなのか。すまない。無駄に呼び出してしまったな」
 うわっ。『無駄に』を強調した。
 楽団員の顔に怒りが見える。
「わっ、私たちをお呼びになったのは、その二人が楽団員だと思われたからということですよね?でしたら、私たちはこの場に相応しくないので退室を──」
「それは困るな。これからが本題なんだ」
 神崎社長の静かな声が、空気を切り裂く。
「浅野玲奈さん。君がここにいる水城香澄さんを、故意に怪我させた疑いがある。それについて話し合おう」
 室内が「えっ!?」っとざわめいた。

「誤解です!」
 玲奈が叫ぶ。その表情はひどく焦っていた。
「あれは事故です。私はちょっとよろめいて、ウェイターに軽く触った程度です。故意だというなら、派手に転んだウェイターの方ではありませんか」
「ほう……。あくまで、少し触った程度だと言うのだな?」
「そうです!」
 神崎社長はウェイターに目線を送った。

「少しの力ではありません。私は明確に背中を押されました」
 ウェイターは強い瞳で玲奈を見つめ、はっきりした口調で言った。
「ひどい……。自分の失敗を人のせいにするなんて、最低よ。どうしてそんな嘘をつくの?」
 玲奈は弱々しく泣き声を出す。
 周りの楽団員が同情して「玲奈先輩」と駆け寄る。
 そしてウェイターを睨み「嘘をつくなんて最低!どうせ、こんな失態をしてクビになりそうだから、玲奈先輩のせいにしようとしてるんでしょ!」と罵った。
 他の楽団員も「そうよ、そうよ」とウェイターを悪く言った。
 みんな玲奈に踊らされているわ。
 ウェイターが可哀想だ……。
 上司がウェイターを気遣うように背中に手を当てている。

「静粛に!」
 神崎社長の強い声で、部屋が沈黙した。
「では、浅野さん。君がウェイターさんからワインを受け取ったあと、なぜかウェイターさんの後に着いていったと目撃情報があるが、それはどう答える?」
 全員の視線が玲奈に集まった。
「あのときは……」
 玲奈は涙を拭い、風間団長の方を見て、「風間団長の居る方へ行こうとしてました」と答えた。

「ほう。風間団長」
 神崎社長に名前を呼ばれて、風間団長はピクリと肩を震わせた。
「あのとき、君はどこに居たんだ」
 突然話を振られて、風間団長は視線を激しく揺らし「たっ、確か……中央に居たと思います」と答えた。
「そこで何を?」
「わっ、ワインのおつまみにチーズをよそっていたと思います」
 ひきつった笑顔だ。
 逆に玲奈はホッとした顔をしている。

「最後に一つ確認したい。ウェイターさんが君にワインを渡したあと、君から『あちらに、手を上げてワインを待っている方がいる』と言われたらしいが、君はどのタイミングでその人を見たのかな?」
 玲奈は少し考えてから「ワインを受け取った直後です」と答えた。
「親切心で教えたのですが、こんなことになってしまって……」
 すかさず悲しそうな表情をする。
 事情を知らなければ、同情してしまうほどの名演技だ。この人、音楽家より役者の方が向いてるのではないかしら?
「そうか、わかった。君の言っていることに嘘はないんだね?」
「はい!」
 玲奈は自信満々に答えた。
 逃げられたと確信したようだ。
「では、今の証言を踏まえて、防犯カメラの映像を見てみよう」

 瞬間。自信満々だった玲奈の顔が一瞬で青ざめた。

「田中さん。スクリーンに防犯カメラの映像を流してくれ」
「畏まりました」
 ウェイターの背中に手を当てていた上司の方が動いた。今さらながら、上司の方の名前が田中さんだと知ったわ。
 田中さんは部屋の電気を薄暗くし、リモコンでプロジェクターの電源を入れた。隣の北条さんがタブレットを操作すると、スクリーンに防犯カメラ映像が映し出された。

「ちょっと待ってください!」
 玲奈が叫んだ。
「私、嘘は言ってません。わざわざ確認することはないじゃないですか」
「君が嘘をついていないと証明するために確認をするんだ。嘘じゃないなら、慌てる必要はないだろう」
 神崎社長は「君のためにやっているんだよ」と言わんばかりに明るく笑っている。
  
「さあ、映像を」
 スクリーンに、香澄が会場中央へ向かう場面が映し出された。玲奈が香澄の方向を見ている。
「じっと香澄さんを見ているね」
 神崎社長に話しかけられ、玲奈は面白いくらい肩を跳ね上げさせた。
「……」
 玲奈は何も言えずにいる。

 玲奈がウェイターに話しかけて、ワイングラスを受け取ると、香澄の進行方向を指差した。
「おや?今の映像を戻してくれ」
 北条さんが戻す。
「ストップ。浅野さん。君がみたと言う『手を上げてワインを待っている方』はどこにもいないが、どう言うことだろうか?」
 玲奈は「あら。見間違えたのかもしれませんね。誰でも勘違いはするものですから」と苦笑いを浮かべた。
 そして「あー!あそこに団長も映ってますね!」と、嬉しそうにスクリーンを指差した。
「私の言った通りでしょ。私は団長に話があって歩いていただけなんです」
 必死に自分の言った通りに団長がいると強調している。おそらく、自分は嘘をついていないとアピールしたいのだろうが、それがかえって嘘臭い。 
 
「映像の続きを流してくれ」
 神崎社長の号令で防犯カメラ映像が再度流れる。
 ウェイターの後ろをピッタリ着いていく玲奈。
 途中のテーブルに、一口も飲んでいないワイングラスを置き、人を押し退けて、足早に再度ウェイターの真後ろに着く。そして──。
「あっ!」
 玲奈がよろめいてウエイターにぶつかり、その拍子に香澄を巻き込んで倒れる映像が流れた。
「ほらっ!ほらっ!」
 玲奈は興奮気味に囃し立てた。
「私は足がよろめいて、前のウエイターにぶつかっただけですよ」
 玲奈のむなしい声が部屋に響く。
 防犯カメラに映る不自然な玲奈の行動に、楽団員たちも不審に思っているようだ。
 先程まで同情した顔で玲奈を見ていた後輩も、玲奈から少し距離を取った。
 
「浅野さん。どうして受け取ったばかりのワイングラスをテーブルに置いたのかな?」
「えっと……。ワインの気分ではなくなったので……」
「なら、どうして足早にウェイターさんの後ろについたのかな?しかも人を押し退けてまで」
「団長に話があって、急いでました」
「それなら、さっさとウェイターさんを追い越して行くのではないかな?」
「えっと……。ワインをウェイターが持ってるから、追い越すに追い越せなかったんですよ」
 
「本当にそうかな?誰か。少し実験をするから手伝ってくれないか?そうだな。君」
 神崎社長は先程、玲奈を庇い、ウェイターに「最低!」と言葉を浴びせた女性を指差した。
「名前は?」
「山田です……」
「山田さん。防犯カメラの映像と同じように、ウエイターの後ろを歩いてもらえるか?」
「えっ、あっ、はい……」
 困惑している山田さん。
「松田君。防犯カメラの映像のようにトレーを持って山田さんと一緒に私たちの前を歩いてくれるか?」
「はい」
 ウェイターの名前は松田さんなんだ……。
 二人は左の壁側から一列になって歩いてくる。
「山田さん、そこでグラスをテーブルに置く動作をして」
「はい」
「少し距離の開いた松田君の後ろについて」
「はい」
 山田さんは足早に松田さんの後を追った。
 その時、北条さんが山田さんの足に足を引っ掻けた。
「あっ!」
 山田さんは体勢を崩し、目の前の松田さんの服を掴んで踏みとどまった。
「何するんですか!」
 山田さんは、わざと足を引っ掻けた北条さんに怒りをぶつけた。
 北条さんは満足げに「ごめんなさいね。足を痛めてない?治療費が必要なら言ってちょうだいね」と微笑んだ。
「みんな、気付いたか?」
 神崎社長は楽団員に話しかけた。
「山田さんは転びそうになったとき、松田君の服を掴んで倒れないようにした。これは『防御伸展反応』といい、倒れそうになったとき、手を前方に伸ばして【支える】【掴む】などの行動をする。これは乳児期に発達し、生涯にわたって維持される重要な反射だと専門家から聞いた。それを踏まえたうえで、もう一度先程の映像を見て欲しい」
 神崎社長は北条さんを見ると、彼女が防犯カメラの映像を流した。そして、決定的なシーンになるとスローモーションにし、さらに玲奈の姿を拡大にして流した。
 玲奈がよろめいた瞬間、彼女は松田さんの背中を手の平で押しているのが、ハッキリと映っていた。
「木下弁護士」
「はい。映像には明確な押圧動作が記録されています。
したがって、裁判では故意の行為として判断される可能性が極めて高いでしょう。また、このような事案は報道等を通じて社会的影響が及ぶことも少なくありません。
そうなれば、浅野様ご本人のみならず、所属楽団の信用にも重大な損害が生じる恐れがあります」
 楽団員に動揺が走った。
「浅野さん。どうする?ここで真実を話せば傷は浅くすむぞ」
 玲奈は助けを求めるように、風間団長や楽団員を見たが、誰も目を合わせなかった。
 玲奈は力なく、その場で崩れ落ちた。
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