置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも

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37話 蓮との対峙2

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「どうしてここに?!」
「もちろん、美咲お姉ちゃんを見守るためです!」
 元気に答えるこはるちゃん。
 人の視線が集まり、仕方なく、二人も一緒の席に座ることになった。
 三人並んで座るのは狭いから、私が蓮の隣に移動して落ち着いた。

「美咲、ごめんね……」
 香澄は申し訳なさそうにした。
「邪魔するつもりはなかったの。美咲がまた蓮に傷つけられないか、見守るつもりで来たら、こはるちゃんとバッタリ会って……。私より暴走しそうな彼女を見張っていたのよ。……結局邪魔しちゃったけど」
 勝ち気な香澄が珍しくしょんぼりしている。
 本当に、乱入するつもりはなかったのだろう。

「それよりも、白石でしょ。問題は」
 こはるちゃんが、さも当然のように言った。
「いやいや!まず謝ろう。人の話を盗み聞き──」
 ???言ってて違和感がある。
 私と蓮はラインで会話をしていた。
 何でこはるちゃんは『白石さんに問題がある』とわかるの?

「二人ともスマホを見すぎだよ。ノーガードだから後ろからトーク画面を見ちゃった」
「えっ!?」
「それに、美咲お姉ちゃん。独り言多すぎ。心の声が漏れてたよ、トーク内容」
「え~……」
 そんなに喋ってた?

「確認なんだけど、この人が美咲お姉ちゃんが話してた高校時代の元カレ『橘蓮』で、あってる?」
 こはるちゃんは行儀悪く、蓮を人差し指でさした。
「こはるちゃん。人を指でささないの。それに、初対面の人なんだから、呼び捨てはダメだよ」
「は~い」
 こはるちゃんの軽い返事が不安だ。
 私はラインで蓮に『右の子が桜庭こはるちゃん。左は中学で同級生だった水城香澄だよ』と打ち込んだ。

「そのー!ずっと気になってたんですけど、文字入力って面倒じゃないですか?音声入力の方が断然早いと思う」
「あっ」
 
 音声入力!
 全然気が付かなかった。
 そうだよね。それなら文字入力より早いわ。

「さっきから出てくる白石って何なの?」
 こはるちゃんの質問に香澄が素早く反応した。
「いけすかないヤツよ」
 香澄も白石さんを嫌ってたもんね。
「白石は一見、物腰柔らかいんだけど……言葉の端々に“人を下に見てます”って空気がにじむのよ。
私がされたのはね、朝、向こうから挨拶してきたから普通に返したの。そしたらすれ違いざまに、小声で隣の子に『水城が挨拶返してきたんだけど~』って笑いながら言ってたの。ああいうのがマジでムカつく。
『あぁ、絶対裏で悪口言ってるわ』って確信したね」
「うわ~……。性格悪」
「でしょ」

『あの、申し訳ないんだが』
蓮が居た堪れなくなってトークを入れてきた。
『水城と桜庭さんという謎の女の子を紹介されただけで状況がわからない』
そして『ガールズトークが始まってるのはわかる』と苦笑いしてる……。
私は『ごめんね、すぐ説明するからちょっとだけ待ってね』と慌てて返す。

 こはるちゃんが話を続ける。
「……えっと、状況を整理するね。橘さんは7年前に突然音信不通になって、美咲お姉ちゃんの前から消えた。でもその理由は、交通事故で意識不明になっていた。二人は自然消滅」
「いや、自然消滅じゃないよ」
 香澄が話を遮った。
「橘と連絡が取れなくなって、美咲は必死に橘を探してた。で、その時、橘が美咲に何も言わないで『親の都合で引っ越した』って聞いたのよ」
「え?橘さんは交通事故にあったんですよね?誰がそんな嘘を言ったの?」
 誰って、その当時のサッカー部のマネージャーの──
「白石さんに言われた……の……」

 当時のことを思い出す。
 蓮がいないサッカー部の試合を見に行って、白石さんに蓮のことを聞いたんだ。
 白石さん、じっと私のことを見て、鼻で嗤ったのを覚えてる。そして──
『え?蓮なら親の都合で引っ越したよ。先日みんなと送別会もしたし。彼女のくせに知らなかったの?まぁ、無理もないわね。蓮、アンタのこと『勘違い女』って言ってたもん。お別れも言われないなんて、惨めね』
──と、言われたのを思い出した。

 あの瞬間、世界から音が消えた。
 私の鼓動だけが、やけにうるさく、遠く響いていた。
 
​ 勘違い女。
 
​ その四文字が、私の頭の中を何度も、何度も、木霊のように駆け巡ったのを覚えてる。
 
 卒業式の日、桜の下で彼が見せた真っ赤な顔も、甘いデートの記憶も、コンクールの練習を熱心に見守ってくれた優しい瞳も、すべてが「私の都合のいい勘違い」という名のハリボテだったと、一瞬で理解した。
​ 私だけが本気で、私だけが浮かれていた。 彼は私を嫌っていたのに、バカみたいだ。
​ 彼の送別会という大切なイベントに、私は呼ばれる価値すらなかった。その強烈な無価値感に、私の胸は張り裂けそうになった。
 
 私の情熱も、ピアノへの努力も、彼への愛情も、全てが『勘違い』に思えて仕方がなくなった。 
 あのとき、思い知った。もう二度と、何かに本気になって、こんなにも深く、自分を全否定されるような絶望を味わうのは御免だと。
 
 今ならわかる。あの傷が、7年間、私を『本気にならない』という名の臆病な檻に閉じ込めてきたのだと。

 今さら……怒りが沸いてきた。
 なんで私がこんなに振り回されなきゃいけなかったの?
 7年前も、今も、白石さんの嫉妬に付き合わされているってことよね。

 ムカツク。

「美咲」
 香澄の心配した声を聞いて、我に返った。
 そうだ。みんなが居たんだ。
 この気持ちは家に帰ってから消化しよう。

「美咲お姉ちゃん。今、なに考えてたの?」
「別に……」
「嘘。酷い顔してた」
「……」
 こはるちゃんの指摘に何も言えなかった。
 心の中がどす黒く染まっているのだから、表情だって酷いことになっていただろう。
「美咲お姉ちゃん。ちゃんと教えて」
「……」
 こんな醜い感情を晒すなんて……。

「7年前、白石に何を言われたの?」
 こはるちゃんの真剣な顔に、私は重い口を開いた
 そして──。

「白石、潰す」
 こはるちゃんが怖い……。
「いやいや、こはるちゃん。潰すじゃなくて、消すだよ。跡形もなく、ね」
 香澄が笑顔でキレてる……。
 私の隣の蓮も訳がわからず、オロオロしてる。
 ラインで『どうした?大丈夫か?』と聞いてくる。

「美咲。ライングループ作って。橘にもこのこと話す」
「え?」
「白石の所業を全部橘に話す。それから、こいつに言いたいことがあるわ」
「え?!」
「早く」
 香澄の目が座ってる……。
 私は仕方なく4人のライングループを作った。

「橘、久しぶり。水城だけど覚えてる?」
 音声入力で香澄がメッセージを送った。
『ああ。久しぶり』
 香澄の鋭い視線に、蓮は困惑している。
「あんたさ、白石とはどういう関係なの?」

『関係?友だちみたいなものかな』

「友だちみたいってなによ。あんた、アイツと仲良くしてんの」

『えっと。白石はデフサッカーチームの手話通訳者として関わりを持っている程度で、特別仲が良いわけではない』

「橘はさ、白石が自分のことを好きだって知ってるの?」
 蓮の顔がこわばった。
 返信の早い蓮が、言葉を選んでいるようだ。

『知ってる。昔、告白された。でも、ちゃんと断った。それ以降は友だちとして接してる。もちろん、特別仲良くならないように気を付けてる』

 告白されたんだ。
 ちゃんと断ったと書いてあるが、複雑な気持ちだ。

「いつ告白されたの?」

『大学生のとき。ちょうど、今のチームに入ってすぐだった。白石も同時期にボランティアでチーム活動に参加してた』

「なんで?普通、フッた女と同じチームにいたくないんじゃない?あの白石が手話好きとか、デフサッカーが好きって感じじゃないでしょ。きっと橘に未練タラタラだったはずよ」
 蓮はまた複雑な顔をして、慎重に返信してきた。

『ああ。本人もそう言ってた。諦めるように努力するってことで、友だちとして関わっていた』

「なにそれ。バカじゃないの?橘。今回のことも、7年前のことも、全部あんたに原因があるわ」

『7年前?』

 蓮と再会したとき、お互いの近況やらアニメの話やらで盛り上がった。互いの職場や、彼氏彼女の存在の有無の話はおろか、7年前にどうしてすれ違ってしまったのかの詳しい話は一切しなかった。

「7年前。美咲があんたに別れのメッセージを送ったキッカケも白石よ。白石は美咲に──」
 香澄は先程私が話した白石とのやり取りを、包み隠さず蓮に話した。その後に私が精神を病んで拒食症となり、ピアノを辞めたことも。
 蓮の顔がみるみる蒼ざめていく。
 スマホを持つ指が震えているのが、横からでもわかった。

「あんたの中途半端な態度が、白石を暴走させて、美咲からピアノを奪ったのよ」

 香澄が言い終えたとき、テーブルの上に静寂が落ちた。
 蓮は固まったように動かない。
 その表情には、驚愕と後悔と……どうしようもない罪悪感が混ざっていた。

 私はその横顔を見て、胸がざわついた。
 香澄の言い分は一理ある。
 蓮が白石さんをもっとしっかり拒絶していたら、7年前も、今回も、彼女は私に嘘の情報を教えなかったかもしれない。
 でもそれは結果論だ。
 
「蓮のせいじゃない」
 私は力強く言った。
 
 私に嘘をついたのは、白石さんだ。 
 このままでは終らない。
 この借りは絶対に返す。
 白石菜月、覚悟してなさい。
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