置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも

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40話 思い出の白い箱を……

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「そんなくだらないことで、橘の告白を断ったの?あのさ、そこまでバカじゃないだろうけど、ちゃんと橘に理由は説明したんでしょうね」
 叩かれた頭を撫でつつ、私はふて腐れながら答えた。
「もちろん言ったよ。彼氏がいたことも、蓮が好きだけど、蓮を一途に想えなかった自分は汚れていて、蓮に相応しくないって、ちゃんと言ったわ」
「で、橘はなんて答えたのよ」
「っ……」
 香澄の質問に、私は答えられなかった。
 あの時、蓮は何か言いたげな雰囲気だったのに、私はそれを無視して車を降りた。

「答えを聞かずに逃げたんでしょ」
「っ!」
 図星をつかれて、思わず固まった。

「バカ。心底バカ。7年前と変わらないバカ。なんで同じことを繰り返すのよ。7年前も今回も、結局、美咲が逃げてるだけじゃん」

 『逃げてる』
 その言葉が胸をドシンと重くした。

「勝手に自己完結して、勝手にウジウジ悩んで、この先ずっと引きずって生きていくわけ?百歩譲って美咲がそうしたいならそうすればいい。だけど、橘まで道連れにするな。その恋を終わらせるなら、ちゃんと二人で終わらせろ。橘の気持ちから逃げるな。立ち向かえ」
 香澄の堂々とした姿を見つめる。

 つくづく香澄にはかなわないな。
 7年前も今回も、香澄の言葉は私の胸に響き、前を向こうと思わせてくれる。

「それにさ、『一途』って聞こえはいいけど、橘の場合は臆病な一途でしょ。そんなに美咲が好きだったなら、美咲の実家を訪ねればよかったのよ。でも、それをしなかった。お互い臆病になって、でも忘れられなくて。ずっとあの頃から動けてない。もういい加減、決着つけなよ。橘をフルなら、しっかりフッてこい。橘からフラれるなら、しっかりフラれてこい」 

 厳しい口調、表情。
 でもそこに香澄の愛情を感じた。

「……ありがとう。明日、全てに決着をつけてくる。蓮のことも、白石のことも、全部」
 私の言葉を聞いて、香澄がデコピンしてきた。
「いてっ」
「世話を焼かせるなよ。バカ」
 香澄は優しく微笑んだ。

 ありがとう、香澄。
 最高の親友だよ。


 ◇◇◇


 あの後、香澄から帰るように促され、いつもよりも早く自宅へと帰った。

 明日、蓮の練習試合は午後からだ。早く寝る必要はないのだが、私は早々に寝る準備を済ませ、22時にはベッドに潜り込んだ。
 目をつぶるが、当然ながら眠気はやってこない。
 何度か寝返りをするけど、無理だった。

 仕方なく冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、そのまま口をつける。

 冷蔵庫の光が指差すように、天音さん宅に避難した際の段ボールが見えた。
 そして、あの『白い箱』を思い出した。

 明日、蓮との恋に決着をつけるなら、『白い箱』とも決着をつけるべきだろう。
 私はミネラルウォーターを冷蔵庫に戻し、段ボールを開いた。
 そこに『白い箱』があった。

 私は箱を取り出し、テーブルにゆっくりと置く。
 一つ深呼吸をして、白い箱を開けた。
 箱はスッと開いた。
 開けるのを何度も躊躇ってきたのに、こんなにあっさり開けられた自分に驚く。
 そして中身は、少し乱雑になっていたけど、あの頃の空気が残っているように感じるほど、そのままだった。

 蓮からの『手紙』と『お守り』だ。

 中身を取り出す。
 手紙は24枚もあった。
 一番上の手紙を開く。

『美咲へ

 明日は高校最後の音楽コンクールだな。
 俺が言うのも変だが、美咲なら大丈夫だ。
 音楽のことは正直よくわからない。
でも、美咲がピアノを弾いている姿が好きだ。
 とても輝いていて、楽しそうで、見ていて気持ちが良いって、いつも思ってた。
 
 あれだけ練習していたんだ。絶対、入賞出来る!

 美咲の希望してる音大は県外で、また離ればなれになってしまうけど、俺の気持ちは変わらない。
 美咲が大好きだ。
 むしろ、俺の方が心配だよ。
 美咲は綺麗だし、可愛いし、ピアノを弾いている姿なんて魅力的過ぎて、本当は誰にも見せたくない。
 男子とはあんまりしゃべらないって言ってたけど、この前の文化祭を見に行ったら、クラスの男子と話してる姿を見て、なんか、すげー嫌だなって思った。
 恥ずかしがってる美咲の手を握って、無駄に連れ回しちゃってごめんな。
 余裕なくてさ。

 大学に入ったら余計会えなくなるから、美咲に渡したいものがあるんだ。
 コンクールが終わったら渡すから、受け取ってほしい。

 美咲、大好きだ。
 明日、絶対応援に行くから頑張れよ。

 蓮より』

 読み終わると……ダメだ。
 視界がボヤけそうになる。
 泣いちゃダメだと、天井を見上げる。

「はぁ~……、あぁ~……」
 込み上げるものを無理やり押し込める。
 泣くなんて、私には許されない。

 こんなストレートに愛を伝えてくれているのに、私は蓮を疑い、白石の言葉を信じた。
 白石に言われた 『惨め』 な女が、今さらこんな純粋な愛を前に涙を流すなんて、あまりにも安っぽい、自己満足な行為だ。 私に、蓮の優しさを前に泣く資格はない。

 気持ちを建て直し、手紙の破壊力を痛感したので、ひとまずお守りに意識をシフトした。
 これは先程の手紙と共に、蓮がプレゼントしてくれたものだ。少し離れた天満宮に、直接行って買ってきてくれたと聞いた。
 自分もサッカーの必勝祈願に買った、と言っていたと記憶している。

 不意にお守りの中が気になり、中を確認すると、護符以外に小さなメモが入っていた。
 何が書かれているか予想はできたのに、メモを確認した途端、押さえていた涙が溢れた。

『頑張れ、美咲』

 蓮の力強い筆圧も、少し下手だけど、丁寧に書こうとしているメモに、私は耐えられなかった。
 
 どうして蓮を信じられなかったのだろう。
 白石なんかの言葉に振り回され、踊らされたのだろう。
 否。
 答えはわかってる。
 私は……自信がなかった。
 誰かの顔色を伺って、『これでいいのか?』と、常に相手に答えを求めていた。
 
 蓮、ごめん。
 ごめんなさい。
 逃げてばかりで、ごめんなさい。

 ひとしきり泣いて、私は手紙を箱に戻し、蓮のくれたお守りを握りしめた。

 蓮。
 明日、全部に決着をつけるよ。
 私は蓮が好き。
 蓮と離れていた時間は、決して綺麗な時間じゃなかった。ずっと後悔してる。
 
 蓮はもう、私を好きじゃないかもしれない。
 それでもいい。
 フラれるなら、完膚なきまでにフラれるわ。
 
 でも、蓮が私と向き合ってくれるなら──
 今度は逃げない。
 真っ正面から、誠実に、あなたと向き合うわ。

 あの頃に置き去りにされた恋を、
 もう一度始めるのか、もう一度終わらせるのか。
 ──明日、決着をつけよう。
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