愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖

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不穏に揺れる

ディアナとグレイ

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シエラの祖父は、礼儀作法にとてもうるさかった。幼いシエラはそれはそれは厳しい訓練を受け続けていたために、礼を尽くす動作は王族以上の気品を漂わせる。

元々美しい容姿も相まって、その場にいる全ての人間が「ほお」と感心するように息を零した。


「相変わらず、お美しいな。シエラ殿は……。グレイ、こんなにも麗しい人が傍にいてくれるのだ。きちんと幸せにして差し上げるのだよ」

感心するように顎髭を撫でる国王の横で慈悲深き王妃が「あなたは幸せものですねぇ」とのんびり言葉を加える。2人がグレイへ向ける眼差しは慈しみに満ち溢れていた。

「勿体なきお言葉でございます」

恭しく頭を下げるグレイに対して国王夫妻は温かく微笑んでいたが、その横に立つ王子は無愛想な顔のままで何も言わない。しかしその視線はじっと、シエラを見つめていた。

その視線に気づいたシエラは、僅かに首を傾げながらもカーティスに近づき「カーティス王子に置かれましてもご機嫌麗しく」と礼儀を尽くす。

さらりと、銀の髪がシャンデリアの光に照らされて艷やかに輝いた。

「……」

カーティスは無言のままだったが、貴族令息達が令嬢達にするように、シエラの手を取ってその甲に軽く口づける。


その様子はまるで物語のひと場面、シエラを敵対視する令嬢たちからも人知れず感嘆の息が零れ出た。

(……別に、王族の方はここまでしなくても良かったはずなのだけど……)

疑問に思いながらも、シエラは特に気にし続けることもないかと、引き続き王女に挨拶をする。「王女様に挨拶を申し上げます」と美しく膝を折り曲げると、頭上から明るい声が降ってきた。

「ほんと、グレイには勿体ないくらい美人さんよね、シエラさんって」
「?」

顔をあげると、何故かディアナが見ていたのはシエラではなく、国王夫妻と王子への挨拶を済ませたグレイだった。

彼はいつもと少し違う、どこか気が緩んだようにディアナに微笑む。

ディアナがおもむろに手を差し出すと、グレイは恭しくその手の甲に口づけた。

「久しぶりだね。聞いたよ。この間の狩猟大会の話……猪を弓矢で射たんだって?その他にも鹿や兎、鳥もだってね。君と同じ年頃の貴族令息達は腰を抜かして次の日は寝込んだ者が続出したみたいじゃない。彼らは皆、君の婚約者候補だったと聞くよ。また、婚期を逃したかな?」

普通であれば、このような言葉は「不敬」と言われるのだが、グレイとディアナが昔馴染みであることは周知の事実であり、またグレイ自身も遠く王族の血を受け継ぐ者であることから、許されている。国王夫妻は彼らの会話を聞いて朗らかに笑うだけだ。

「うるさいわね。こんなことで腰を抜かす者と結婚なんてしたくないわ」

この発言にはさすがの国王も「やれやれ」と頭を振る。

「この姫は本当に、姫にしておくにはもったいないほど活発なのだよ」

呆れた風を装ってはいるが、国王の言葉には愛情が満ちている。

「私もそう思うわ、お父様。あなたもそう思うでしょう?グレイ。馬術はきっと騎士団長にだって負けない自信があるわ」

意思の強い光を宿す瞳は爛々と輝いて、シエラは目を引きつけられた。

「私も、それには同意するけどね。調子に乗って怪我をしてはいけないよ。国王陛下と王妃様が心を痛めてしまわれる」
「あら?あなたは心を痛めないの?」
「私は……どうかな。少しは心を痛めてあげてもいい」
「偉そうね」

と、いいながらディアナは屈託なく笑う。

2人だけの気安さとも言うべきか。2人の会話には誰も入れない空気感が漂っている。


シエラはそんな2人を見つめながら、少し軋んだ音を立てる心に内心で首を傾げた。
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