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「大きくなったら結婚して」と少年が手を握り語ったのは、太陽の光が燦々と降り注ぐ午後の公園だった。
ベンチに腰をかけた少年──清水心矢はキラキラとした瞳を俺に向けていた。
彼の膝には、へたくそに貼られた絆創膏がある。
それは俺がさっき貼ったもので、激しく動けばきっと剥がれてしまうだろう。なんて、そんなことをぼんやりと考えた。
先ほどまで泣きじゃくっていた心矢は、そのことを忘れたかのように、今は俺だけを一心に見つめている。
まん丸とした目に、今にも吸い込まれそうになった。
ことの始まりは、数分前。
公園に妹である真衣を連れて遊びにきた俺は、すでに戯れている子供達の群れに合流した。
妹が怪我しないようにと見守る中、派手に転んだのが心矢である。
最初は我慢していたものの、風船に針を刺したみたいに感情が破裂し、わんわんと泣きじゃくり始めた。
困り果てた俺は彼の手を引き、公園内にあるベンチへ座らせた。
近くにあった蛇口へ向かい、ポケットに入ったハンカチを湿らせる。
面識もない子供のご機嫌取りは面倒くさいなぁと思いつつ、真衣の世話になれていた俺は勝手に体が動いていた。
ベンチへ戻ると、心矢はまだ泣きじゃくっていた。
そんな彼の傷をハンカチで拭い、常備していた絆創膏で手当てをした。
「泣くなよ、ほら。痛いの痛いの、飛んでいけー」
俺は真衣にするみたいにまじないをかけた。
口にした後、ほんの少し照れが芽生えた。カッと顔が熱くなり、それを隠すように人差し指で頬を掻く。
俺を見て、心矢はポカンとした表情のまま固まった。
──何だよ、俺が恥を惜しんで慰めてやってるのに。
そう唇を尖らせた俺の手を、心矢が握りしめた。
一体何事だと思いあぐねいていると、やっと心矢が口を開いた。
「大きくなったら結婚して」
俺は何と返して良いか分からず、唇を舐めた。
結婚がなにか、分からない年齢ではなかった。
けれどそれは俺たちのような子供が行うものでもないし、ましてや知り合って間もない人間同士がするものでもないと知っていた。
だが、俺を見つめる心矢の目は、年下ながらに有無を言わせぬものを孕んでいた。
どうせ子供の戯言だ、と俺は肩を竦めた。
そして、彼の頭をくしゃくしゃに撫で回す。
「お前が高校生になっても好きな人がいなかったら、考えてやらなくもない」
微笑んだ俺に、心矢は花が咲いたように笑った。何度もこくこくと頷く。
その姿が可愛くて、俺は思わず吹き出す。
笑った俺の手を、心矢がもう一度強く握りしめた。
「約束」
心矢が小指を差し出す。細い指に、俺は小指を絡めた。
「ゆびきりげんまん」と愉快げに歌う心矢を、俺は眺めた。
いつまでこの約束を覚えているだろうか。明日には忘れるだろうか。それとも高校生になるまで覚えているのだろうか。
「お兄ちゃん、名前は?」
名前も知らないのに結婚したいだなんて改めて変なやつだなぁ、と思いながら「優希だよ」と返した。心矢は口の中で、何度も名前を咀嚼した。
「ゆうくん」
名を呼ばれ、擽ったくなった。
「お前の名前は?」と問うと彼は食い気味に「心矢」と返した。
「へぇ。よろしくな、心矢」
「もう痛くなくなったか? 遊びに行くか?」と彼の手を握り、ベンチから降ろす。
こくりと頷いた心矢は俺に腕を引かれるがまま、遠くで戯れている子供の群れへと合流した。
これが、心矢と俺の初めての出会いであった。
どうやら心矢は妹である真衣と同級生であるということをのちに知り「変な奴と同級生なんだなぁ、お前」と妹を揶揄ったりもした。
同じ小学校だった俺たちは、けれどそこまで交流がなく日々を過ごしていた。
時折「ゆうくん」と出会った頃のような声音で俺の名前を呼び、一緒に帰りたがったりもした。
俺にはきょうだいが妹しかおらず、心矢の甘えたや人懐っこさは弟みたいで、嬉しかったりもした。
「しょうがないな」と鼻の下を擦りつつ、彼の面倒を見るのは俺にとって良い時間でもあった。
しかし、そんな彼の甘えたや人懐っこさがまさか後々、悩みの種になるとは小学生の頃の俺は予想もしていなかったのだ。
ベンチに腰をかけた少年──清水心矢はキラキラとした瞳を俺に向けていた。
彼の膝には、へたくそに貼られた絆創膏がある。
それは俺がさっき貼ったもので、激しく動けばきっと剥がれてしまうだろう。なんて、そんなことをぼんやりと考えた。
先ほどまで泣きじゃくっていた心矢は、そのことを忘れたかのように、今は俺だけを一心に見つめている。
まん丸とした目に、今にも吸い込まれそうになった。
ことの始まりは、数分前。
公園に妹である真衣を連れて遊びにきた俺は、すでに戯れている子供達の群れに合流した。
妹が怪我しないようにと見守る中、派手に転んだのが心矢である。
最初は我慢していたものの、風船に針を刺したみたいに感情が破裂し、わんわんと泣きじゃくり始めた。
困り果てた俺は彼の手を引き、公園内にあるベンチへ座らせた。
近くにあった蛇口へ向かい、ポケットに入ったハンカチを湿らせる。
面識もない子供のご機嫌取りは面倒くさいなぁと思いつつ、真衣の世話になれていた俺は勝手に体が動いていた。
ベンチへ戻ると、心矢はまだ泣きじゃくっていた。
そんな彼の傷をハンカチで拭い、常備していた絆創膏で手当てをした。
「泣くなよ、ほら。痛いの痛いの、飛んでいけー」
俺は真衣にするみたいにまじないをかけた。
口にした後、ほんの少し照れが芽生えた。カッと顔が熱くなり、それを隠すように人差し指で頬を掻く。
俺を見て、心矢はポカンとした表情のまま固まった。
──何だよ、俺が恥を惜しんで慰めてやってるのに。
そう唇を尖らせた俺の手を、心矢が握りしめた。
一体何事だと思いあぐねいていると、やっと心矢が口を開いた。
「大きくなったら結婚して」
俺は何と返して良いか分からず、唇を舐めた。
結婚がなにか、分からない年齢ではなかった。
けれどそれは俺たちのような子供が行うものでもないし、ましてや知り合って間もない人間同士がするものでもないと知っていた。
だが、俺を見つめる心矢の目は、年下ながらに有無を言わせぬものを孕んでいた。
どうせ子供の戯言だ、と俺は肩を竦めた。
そして、彼の頭をくしゃくしゃに撫で回す。
「お前が高校生になっても好きな人がいなかったら、考えてやらなくもない」
微笑んだ俺に、心矢は花が咲いたように笑った。何度もこくこくと頷く。
その姿が可愛くて、俺は思わず吹き出す。
笑った俺の手を、心矢がもう一度強く握りしめた。
「約束」
心矢が小指を差し出す。細い指に、俺は小指を絡めた。
「ゆびきりげんまん」と愉快げに歌う心矢を、俺は眺めた。
いつまでこの約束を覚えているだろうか。明日には忘れるだろうか。それとも高校生になるまで覚えているのだろうか。
「お兄ちゃん、名前は?」
名前も知らないのに結婚したいだなんて改めて変なやつだなぁ、と思いながら「優希だよ」と返した。心矢は口の中で、何度も名前を咀嚼した。
「ゆうくん」
名を呼ばれ、擽ったくなった。
「お前の名前は?」と問うと彼は食い気味に「心矢」と返した。
「へぇ。よろしくな、心矢」
「もう痛くなくなったか? 遊びに行くか?」と彼の手を握り、ベンチから降ろす。
こくりと頷いた心矢は俺に腕を引かれるがまま、遠くで戯れている子供の群れへと合流した。
これが、心矢と俺の初めての出会いであった。
どうやら心矢は妹である真衣と同級生であるということをのちに知り「変な奴と同級生なんだなぁ、お前」と妹を揶揄ったりもした。
同じ小学校だった俺たちは、けれどそこまで交流がなく日々を過ごしていた。
時折「ゆうくん」と出会った頃のような声音で俺の名前を呼び、一緒に帰りたがったりもした。
俺にはきょうだいが妹しかおらず、心矢の甘えたや人懐っこさは弟みたいで、嬉しかったりもした。
「しょうがないな」と鼻の下を擦りつつ、彼の面倒を見るのは俺にとって良い時間でもあった。
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